4-2 子爵様、助けを求める

 それは急な来客から始まったお話でございます。


 その時は安息日の昼下がりでございまして、イノテア家の名花三名が顔を揃えておりました。


 もちろん、それは私、妹分のジュリエッタ、従妹のラケスの三名でございます。


 昼食を終えたささやかなひとときで、食後の豆茶カッファを飲みながら、じきに生まれてくるラケスの子供の産着をどんな柄にしようかと、意見を交わしておりました。



「え!? プーセ子爵アルベルト様が!?」



 屋敷の召使いから告げられた急な来客。しかもそれが、アルベルト様である事に驚きました。


 アルベルト様は勝手知ったる相手。世間的には伏せている数々の秘密を存じ上げておりますし、それが関係の深さの表れだとも認識しております。


 だからこそ、急な来訪には驚くのです。



(普段は事前の予約を入れて、目立たないようにやってくるのが常。安息日とは言え、白昼堂々とやって来るなんて、余程の急用かしらね)



 らしからぬ行動だからこそ、不思議に思う私ではありますが、相手が相手ですので追い返すなど以ての外です。


 アルベルト様はジェノヴェーゼ大公フェルディナンド様の異母弟。


 まあ、これは嘘の情報でして、本当は双子の弟。


 その秘密を知る数少ない存在がこの私。


 大公国の暗部を司るプーセ子爵家のお手伝いをしておりますのが、私やディカブリオでございますから、実質的にはアルベルト様は直属の上司とも取れます。


 慌ててやってきた以上、またぞろ厄介事かと考えておりますと、今まさにそのアルベルト様が姿を現しました。


 艶のある黒髪に、顔を隠す仮面を身につけております。


 表向きな理由としましては、天然痘で顔に大きな醜い痕があるので、それを見られたくないという事にしておりますが、実際はフェルディナンド様と顔が双子と言う事で、並んで立てばどちらがどちらだと迷うほどのそっくりさん。


 そのため、それを知られないための措置でございます。


 密偵頭という職に相応しく、来ている衣服は黒を基調とした動きやすい服。


 そして、目を引くのが、右手の黒い革製の手袋でございます。


 あれにはアルベルト様の魔術である【加速する輪廻コロジオーネ・アチレラーレ】が封印されています。


 腐敗速度を超加速させ、触れたるものの全てを土塊に変えてしまう恐ろしい魔術。


 その死神の手を幾度となく見てきておりますので、その恐ろしさは重々承知しております。



(もちろん、その魔術を余すことなく使い切るアルベルト様の立ち回りもね)



 しかし、そんないつもお目にかかるアルベルト様とは、何やら様子が違います。


 仮面を被っておりますので表情自体は見えませんが、どうにも“焦り”と申しましょうか、落ち着かないご様子。


 有り体に申せば、“らしくない”のでございます。



「ジュリエッタ、ラケス、少し席を……」



「あ、いや、待て。お二人もそのままで。大公家に関する事ではなく、私個人に関わる事でな。少々、女性の意見を幅広く聞きたいのだ」



 さらに珍しい。人払いを拒否し、この二人にまで助言を求めてきますとは。


 おまけに、大公家に関わる事ではなく、御自身に関わるとは。


 ますますその“案件”の内容が気になりますが、まあお聞きする事といたしましょうかと席を勧めました。


 四人で円卓を囲み、アルベルト様にも豆茶カッファをご用意いたしました。


 贔屓のボロンゴ商会よりまた良い豆が手に入りましたので、湯気と共に湧き立つ香ばしさがその空間を満たしていきます。


 アルベルト様は舶来品である磁器の杯を掴み、一口飲まれました。


 普段、“暗殺”を恐れて、外ではほとんど食事なさらないそうですが、それでも口に運ばれましたのは、私への信頼の証という事でありますね。



「して、アルベルト様、急な御来訪の訳とは?」



「まあ、いつもの事なのだが、二日前、刺客に襲われた」



 刺客に襲われる事が“いつもの”で済まされるあたり、本当にどんな日常を送られているのか、想像するのに難くありません。


 さすがは大公家の暗部を司るプーセ子爵家の当主様。敵の数はわんさとおりましょうね。


 荒事に全く慣れていないラケスは、完全に引いておりますよ。



「二日前、少し仕事で隣町まで密かに出かけていたのだが……、おっと、仕事の内容は聞かんでくれよ」



「聞きませんし、聞きたくもありませんわ」



 ジュリエッタも露骨に壁を作っていますね。


 まあ、“プーセ子爵家の密やかな御仕事”なんて、聞いたら物騒なものか、あるいは厄介事しかございませんからね。


 好んで飛び込むのは、魔女わたしくらいなものです。


 それとて“実入りが良い”からという、現金な理由ではありますが。



「それ自体は問題なく対処した。仕事帰りの林道で待ち伏せされ、二十人ばかりに取り囲まれた。まあ、そいつら全員、あの世とやらで後悔しているだろう」



「相変わらずお強い……。しかし、それとて“いつもの事”ではありませんか?」



「そう、そこまでなら“いつもの事”で済ませられる。問題はそこからなのだ」



「何かございましたか?」



「追加で一人、林の中から出てきたのだ。全身緑の、それこそ、甲冑からマントに至るまで、緑一色の不気味な姿の騎士にな」



 森の中で緑一色の騎士。この時点で私は気付きました。


 それはどうにも現実世界のものではなく、“幽世かくりよ”に属する話であることにでございます。


 まあ、どういった話なのかは分かりませんので、そのまま話に耳を傾けました。



「まあ、私は襲ってきた刺客らの元締めかと考えてな。ご尊顔を拝んでやろうと、我が魔術にて兜を粉々に砕いてやった」



「その点は流石にお見事でございますね」



「だが、そこで予想外の事が起こった。あろうことか、その破壊した兜の下、相手の顔がなかったのだ。首から上がきれいさっぱり、な」



 甲冑の下は、首の無い化物。


 その話を聞き、私はピンと来ました。



首無騎士デュラハン……、ですか」



 ああ、やはりアルベルト様が持ち込む話は厄介な話ばかりですね。


 思った通り、幽世かくりよに属するお話でありましたか。


 おまけに伝説級の化物が相手とは。


 私の手には余る相手でございますわよ、そいつは。


 なんちゃってな魔女である私などとは比較にならない、はるか格上の相手。


 話しを聞いてしまった事を若干、どころか思い切り後悔いたしました。

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