2-19 医聖の天啓
魔女とヤブ医者の“施術合戦”によもやの事態。
助からないと見捨てられた重体の患者を、アゾットが治療してしまいました。
私の見立てでも、これは助からないなと放置して、特に注目もせず助かる方を治療いたしましたが、アゾットは違いました。
治せない患者を“治せる”と判断し、誰もが見捨てた者を助けた。
その技術は凄い。称賛に値する。
(アゾットの魔術が目覚めたのは確定。なるほど、これは凄い力ですわね)
アゾットの眠っていた魔術、それは【
効果は、“投薬や施術の効能を上昇させる”というもの。医者としては、破格の性能と言える魔術です。
覚醒するための条件は、“医者となって一定以上の医療技術ならびに薬学の知識を習得する”というもの。
“一定以上”という条件が曲者。具体的な数字や事象が示されておりませんので、どの程度かは【
ならばと、最高の医大に行けるよう、手を回したのでございます。
基礎学力に加えて、資金面での援助。あとはお婆様時代から生きております
色々と骨が折れましたわ。出費も相当な額になりました。
しかし、結果は最高のもの。
見捨てられた重体患者すら治療してしまえるほどに、アゾットの医療技術は上昇していたのですから。
通常の施術では無理でも、“医術”と“魔術”の重ね技であれば、不可能すら可能とする。
実に素晴らしい事です。
本来は貧民街の少年として、医者になる事もなく、才能を埋もれさせるだけに終わった事でしょう。
アゾットと引き合わせた神様には、本当に感謝ですわ♪
でも、それは危うさの証明であります。
(アゾット、勉学に励み過ぎて、すっぽり抜け落ちていますね、これは。そう、場の空気を読むという“機微”について)
本当に危うい。この場にいたのが“私”でなければ、殺されていても不思議じゃありませんよ。
私はそう判断し、すぐさま台本を書き替えました。
「ヌイヴェル様、打ち捨てられていました患者を治しましてございます」
案の定、危うい状況に気付かず、嬉々として報告するアゾット。
天才はなにかしらを欠落させてしまうものだとも言いますが、目の前の医者の青年はまさにそれ。
危機意識と政治力を磨かず、その上で上流階級の巣窟に入り込んでしまったようなもの。
これは本当に危うい。
魑魅魍魎が跋扈する社交界では、長生きできないタイプですね。
(まあ、そこはそれ。医者としては完成した以上、次は政治力を磨く方向にもっていけば良いだけ。やれやれ、まだまだ手が焼けますね)
まずはこの場のざわめきを抑えるのが先。もうヤブ医者との“お遊戯”なんかには、興味はありませんわね。
なにしろ、目の前の有能な手駒を完全に支配下に置くための好機なのですから。
私は満面の笑みにて、アゾットの手を握りました。
「おお、アゾットや、アゾット。見事でございましてよ。誰もが見捨てた者を救い上げるなど、真似できるものではありませぬ。目をかけて育て上げた甲斐があったというものよ」
満面の笑みを浮かべる私。そして、褒められた事を喜ぶアゾット。
ただ、横におりますジュリエッタは“危うさ”の部分に気付いたようで、少し渋い顔になっております。
そちらは後でどうにかしますので、まずは“宣伝”でございます。
「私も満足ですわ、アゾット。こうして医者として立派になったのですから、あなたを抱えれた事はイノテア家にとっての幸運。今後とも、私やディカブリオ、それとラケスに何かあったら、あなたがしっかりと診てくださいね」
「はい、それはもう」
私は今は舞台上の役者です。誰も彼も騙して差し上げましょう。街中全てにアゾットの名が広まるよう、見事に演じて見せましょう。
心の広い主人と、確かな腕前を持つ若き医師、名声を得るのにはよい看板ではありませんか。
さて、更なる驚きと共に、群衆が作る花道を進み、待たせておいた馬車に乗り込み、颯爽と場を去る私とアゾット、そして、ジュリエッタ。
後に残るは、“本物の魔女”と、更にその上を行く“名医になった男”の名声です。
完全敗北を喫して、膝をついて頭を抱えるヤブ医者の叫びが、よい添え物になっていますね。
これで一件落着。
あとはアゾットの名を拡散させ、確固たる名声に変えていく事。
そして、“危うい部分”を修正してやる事。
これで今回の話は閉めれますね。
数年がかりの計画、“名医になる予定の男”は、本当に医者に、しかも冠絶する名医になったのですから。
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