1-16 誘拐教唆

 葬儀は無事・・に終了。


 少しばかり騒動はありましたが、棺に納められたハルト様の御遺体は色鮮やかな花束と共に土中へと入れられ、土をかけられて見えなくなりました。


 ああ、ほんの少し前まで逢瀬を交わした相手だと言うのに、今は冷たい骸になり、笑みを浮かべて永き眠りに就かれましたる事に、言い表せぬ哀愁を感じてしまうものです。


 それでも涙の一つも湧き出てきませんのは、どうにもこうにもハルト様が遺された遺言状のせいで、気が思った以上に張り詰めていたせいでしょうか。



(まあ、一歩間違えていたら、殺されていたかもしれませんものね)



 何しろ、先程まで争っていた豚野郎ヨハンさま泥棒猫ジルは、とにかく頭が悪い上に分別がない。


 勢い任せに衛兵に斬らせていたかも知れないと考えると、今更ながらに身震いを感じてしまいます。



「状況次第では、バカはお利口さんよりも強いってことなのかしらね~」



 などと向かい合っている従弟のディカブリオに、話しかけてしまいました。


 今は帰路の馬車の中。安心して密談できる状況です。


 喉元過ぎればなんとやらと言いましょうか、急に発生した面倒事も、どうにか解決の糸口を見つけ、 ついつい陽気な鼻歌なんぞが飛び出してしまいます。


 そんな私をディカブリオは真顔でジッと見つめてきます。



「随分とご機嫌なご様子で……。また何かを仕掛けられたのですか?」



 まあ、この従弟も慣れたものです。


 私の“裏の顔”を知る数少ない存在で、その手伝いにも駆り出したりしますので、いつものことだと言わんばかりの態度でございます。


 もちろん、今回も動いてもらいますとも。



「仕掛けたのは私じゃないわ。むしろ、ジルとかいうバカ女の方ね、仕掛けたと言うのであれば」



「……つまり、相手が仕掛けた動きを逆用し、落とし穴に落としてやると?」



「まあ、そうなりますね。穴を掘ったのはジルですけど、まさか自分自身がそれに落ちてしまうとは思ってもみないでしょうね」



 実に痛快ですわ。


 策を弄するのは結構ですけど、先程も彼女に言いましたが詰めが甘い・・・・・


 狙いの品をちゃんと手元に確保するまでが策であり、仕掛けなのですよ。


 獲らぬ狸のなんとやらですわ。



「とは言え、それはこちらとて同じ事。詰めは誤りたくはないのう。そこでディカブリオや、お前にもやって欲しい事がある」



「何をでしょうか?」



「なぁ~に、ごくごく簡単なものですよ。そう、“人攫い”ですよ」



 この言葉を聞いた途端、ディカブリオは目を丸くして驚きました。


 まあ、誘拐して来いと言われて、「ハイ喜んで~♪」と言えるような奴ではない事も百も承知。


 仮にも男爵に向けて発するべき言葉ではないですわね。



「……で、わざわざ犯罪の教唆をしているわけですが、それは今回の一件とどういう関係が?」



「ふむ。実はな、ヨハン様の事なのですがね」



 私はスッとディカブリオの耳元に口を近付け、私が掴んだ秘密を囁きました。


 ちなみに、ディカブリオは私の秘術【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】を知る数少ない存在。


 裏仕事で色々と動いてもらっていたりするので、知ってもらっておいた方が良いとの判断で教えておきました。



(まあ、信用するに足る者が、片手で数える程度しかいないからというのもありますけどね)



 なにしろ、私が踏み込んでいますのは、魑魅魍魎がうじゃうじゃいます社交界。


 誰も彼もが仮面をかぶり、仲良さそうに笑顔で応対する者達ばかりですが、その仮面の下は醜悪な嘘つきが揃い踏み。


 いかに出し抜いてやろうか、どう足を引っ張ってやろうか、そればかり考えている魔物の巣窟でございます。


 信用できる人材など、貴重も貴重でございます。


 従弟はその内の一人と言うわけでございます。何しろ、自他ともに認める姉上至上主義者なのですから。


 こうして美女に耳元で囁いても、劣情を一切抱かない点が良い。


 姉と嫁にはどこまでも一本気。


 その真面目さこそ、従弟の最大の長所であり、美点でございます。



「なるほど、そういう秘密があったのですか」



 私の説明を聞き、ディカブリオも納得した様子。


 理解が早く、判断もできる身内は本当に頼もしい限りです。



「では、こちらは姉上の指示通り、誘拐の手はずを整えます。まあ、状況が状況だけに、多少手荒になるかとは思いますが?」



「構いませんよ。生きて大公陛下の御前にまで引っ張り出せれば、腕の一本くらい引き千切ってしまっても構いません」



「怖い御方ですな、姉上は」



「ええ。なにしろ、私は魔女ですから」



 先程の葬儀でもそうでしたが、まあ奇異、あるいは侮蔑の視線をどれほど浴びた事か、分からないくらいですわね。


 逆に司祭様やユリウス様など、親しくお付き合いしている方々からは、熱い視線を受けました。


 極端なんですよね、私の他者からの評価は。



「ディカブリオ、準備が整い次第、標的のいる場所へ赴き、その身柄を確保しなさい。私は大公陛下に許可を取って来ますゆえ」



「陛下は動かれるでしょうか?」



「動く公算は高い。まあ、そこは“魔女の二枚舌”を信用しなさい」



 そう、私にとっての最大の武器は“情報”であり、それを材料にして繰り出す”弁舌”が剣なのですから。


 さあ、見ていなさい。


 貰えるものは全部掻っ攫っていきますわよ!

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