1-7 老いたる男女と若き男女

 チロール伯爵ハルト様と腕を組み、一緒に玄関ホールに到着しますと、そこにはすでに先客がおりました。


 先方もお帰りのようで、当館の娼婦と腕を組み、帰りの馬車が来るのを待っているご様子。


 そして、その娼婦の後ろ姿から、誰であるかは一目瞭然。


 なにしろ、『楽園の扉フロンティエーラ』に務めている娼婦で、炎のように燃え盛る赤毛の持ち主など、“私の妹”以外にはおりませんので。



「ジュリエッタ!」



 私が呼びかけますと、相手の男性と一緒にすぐにこちらを振り向いて来ました。


 彼女の名前はジュリエッタ。私の妹でございます。


 と言いましても、私とジュリエッタの血の繋がりは薄いです。


 ハルト様が店に来なくなった頃を同じくして、少し離れた地方にて、流行病が蔓延した時期がございました。


 その際、ジュリエッタは家族を失い、遠い親戚筋であった祖母が孤児となった彼女を引き取ったのでございます。


 それ以来、私とジュリエッタは姉妹同然に育ち、一緒に過ごしてまいりました。


 まあ、年齢は私の方がジュリエッタより十五も上ですし、年の離れた妹分、あるいは最初の弟子、と言った方が適当でありましょうか。


 彼女は祖母の手解きも受けましたが、“娼婦”として完成する前に祖母が亡くなったため、その後は私が面倒を見て、今に至っております。


 今売り出し中の、当館の売れっ子のでございますよ。


 背丈や胸は小振りながら、炎のごとき赤毛と、闊達な性格、そして、屈託のない笑顔が魅力的な娘です。


 また、幼げな容姿に反して学識豊かであり、その落差ギャップもまた、人気を集める要素にもなっております。


 すでに幾人もの上客を掴んでおり、今隣にいる貴公子もまたその一人。



「ヴェル姉様、おはようございます!」



「おや、魔女殿ではないか。久しいな」



 二人揃って私に挨拶をしてきました。


 ジュリエッタはともかく、隣の男性は爵位持ちのお貴族様。


 それでも妙に腰が低いのは、“床の中”以外では万事控えめな性格である事と、私の“最上の上客”の縁者である事に起因します。



「お久しぶりでございます、リグル男爵ユリウス様。ご機嫌麗しゅう」



「魔女殿も息災で何よりだ。店には足を運んでも、こうして話す機会もなくてな。元気な姿を見られてなによりだ」



「恐縮でございます」



 ちなみに、私の事を“魔女”と呼ぶ方はそれなりにいますが、二種類に分類されます。悪意と蔑みを以て“魔女”と呼ぶ者と、冗談交じりの親しみを込めて“魔女殿”と呼ぶ者です。


 目の前のユリウス様、隣のハルト様は、どちらも後者の方ですね。


 まあ、当館の常連はほぼほぼ後者に含まれておりますが。



「おや? 見覚えのある小童こわっぱかと思ったら、ユリウス坊ではないか! とうとうこんな悪所に通い詰めるまでになったか!」



「これはこれは、チロール伯爵のハルト様、お久しぶりです。じきに八十に届こうかというお年ながら、娼館に足を運んで朝帰りとは、感服いたしましたぞ!」



「言いおるようになったな、小童め!」



 若年者と年配者の笑い声が玄関ホールに響き渡り、私とジュリエッタも思わず笑ってしまいました。


 この『楽園の扉フロンティエーラ』は来客の九割以上が、上流階級に属する方々です。


 そのためばったりホール等で出くわそうものなら、どうにも気恥ずかしくなるものです。


 なにしろ、ほぼほぼ全員が知己なのですから。


 まあ、こうして笑い合う場面も往々にしてございますが。


 そうこうしている内にユリウス様の馬車が門前に到着しました。


 ユリウス様がジュリエッタの手を掴み、その甲に口付けをなさって、さらに笑みのおまけ付き。


 こちらは枯れた老人との腕組だというのに、あちらは若い男女のイチャイチャっぷりでございます。


 なんと言いますか、時の流れを無常に感じてしまいます、はい。



「此度も楽しかったぞ、ジュリエッタ。また会える日を今から心待ちにしておくぞ」



「はい、ユリウス様。またのお越しをお待ち申し上げます」



 そう言って、名残惜しそうに立ち去っていくユリウス様。


 なお、あちらはジュリエッタよりもさらに二歳も若い。



(たしか、ユリウス様がここに始めて来られたのは、四年前……、で、十三歳の時だったかしら。“叔父”に連れられて、悪い遊び・・・・を覚えてしまってから、この状態ですからね~)



 おどおどしながら初来店したときは可愛らしい少年であったというのに、今となってはすでに歴戦の勇士の風格すら漂わせる当館の常連!


 いやはや、時の流れは恐ろしい限りです。



「今少し早く娼館復帰をしておれば、ワシが悪い遊びを教えてやったものを」



「ハルト様、あまりご無理をなさらないでください」



「ハッハッハッ! なぁに、魔女殿の手管のおかげで、身体はピンピンよ! 感謝するぞ!」



「はい。私が申し上げるのも差し出がましいとは思いますが、どうか家中の事をよくよくお考えなさってください。特に! 御子息の“肉”と“性根”に掣肘せいちゅうを加え、程よく引き締めておかれた方がよろしいかと」



「分かっとる! 分かっとるから!」



 などと言いつつも、どうにも腰が引けているご様子。


 元気になられたのは良しとしても、肝心のハルト様の息子に対する甘さが元のままでは、さすがに効果は薄いですね。



(ま、これ以上は突っ込み過ぎ。深入りは禁物よ)



 縁者でもない貴族の身内の揉め事を、介入する気は更々ないので、ここいらが限界でございます。


 できれば、ハルト様の健やかなる事が長続きするのを願いつつ、私とジュリエッタは丁寧にお辞儀をして、老人が去っていくのをお見送りしました。

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