1-3 十数年ぶりの御奉仕

「いやはや、こうして酒を酌み交わすのも久しぶりだな、ヌイヴェル嬢」



「まあ、ハルト様ったら! もうお嬢と呼ばれるような齢ではありませんわ」



「なぁに、出会った頃と何ら変わらぬ白磁のごとき素肌に、月明かりを紡いだかのような髪、そして、心をくすぐって来る深紅の眼、何一つ変わっておらん。あの頃のままおてんば・・・・のままじゃよ」



「うふふ……、恐縮でございます」



 過ぎ去りし時を感じさせない“おてんば娘”のままだと言われるのも、何とも言えずこそばゆいものです。


 すでに若いと言えぬこの身なれど、そう言われるのは嬉しい限りでございますわ。


 部屋に用意された酒と料理を楽しみつつ、他愛無い世間話程度の会話に華咲かせるのも、また一興。


 なにしろ、十数年ぶりの再会でございますから、積もる話はございます。


 と言いましても、ハルト様から漏れ出たるは愚痴が多い事、多い事。特に、息子の事が最近の頭痛の種であるとか。



「なるほど。ご子息の事で悩んでおられると」



「お恥ずかしい事ながら、とんだ放蕩息子でありましてな。ワシとは似ても似つかぬふしだらな息子でありまして」



「おや? 私の記憶違いでありましょうか? ハルト様はあちこちで浮名を流し、若い頃からその道での武勇を重ねていたと、“祖母”よりお伺いしていましたが?」



「ええい、あの大悪女め! 孫娘に余計な情報を残していきおって!」



 などと悪態付いてはおりますが、その顔は懐かしい思い出に浸る老人の顔そのもの。


 私の祖母の方がハルト様より年上ですが、何かとお付き合いがあったとは聞き及んでいます。


 まあ、詳しくは聞いておりませんが、色々とあったのでございましょうね~。



「あ~、ごほんごほん。そんなわけで、息子は女子の尻を追い回す事と、美食に耽る以外に全くと言っていい程にからっきしでしてな。まあ、原因はワシ自身にあるのじゃが」



「まあ、止むなき事かと。六十手前でようやく授かった御子ですし、ついつい甘くなってしまうものです」



「それとあやつめの生母もな。昔は貞淑な雰囲気のある良き女であったのだが、息子を孕んでからと言うもの、人が変わったように態度がでかくなってな」



「子供のいない主人の子を宿したのですから、それは図に乗りましょうね」



「生んでからは更に酷くなった。まるで自身が正妻だと言わんばかりの振る舞い。亡くなった妻もほとほと困ってはいたが、子を成せなかったということで、あまり強くは出れなんでな」



 まあ、これもありがちなお話ですわね。


 正妻との間に子が生まれず、ふと手を出した側女や妾が身籠ってしまう。


 貴族の場合は“家督相続”に直結する大問題でありますから、面倒事になってしまうのは耳にします。


 いやはや、お会いしていない十数年の内に、ハルト様は厄介な問題を抱えられてしまいましたね。



(でもまあ、妾腹とは言え、御子が一人だけということですから、相続自体はその息子の方に行くでしょうけど、問題は次代に移った後。放蕩息子が当主となれば、家中が荒れるのは必定。むしろ、そっちの方が悩みの種でしょうか)



 これに関しては、息子に大甘であったハルト様自身の詰めの甘さが原因です。


 晩節を汚す、とまでは申しませんが、家中の者達に大きな宿題を残されてしまうのはいただけませんね。


 皺枯れた姿を見ておりますれば、あと何年持つのか分からないのが実状。


 方向修正して状況改善に動かれますのには、あまりに時間が無さすぎます。



(ならば、少しでもその時間が長引かせれますよう、今宵は“娼婦”としてではなく、“魔女”として、ハルト様をおもてなしして差し上げましょうか)



 そうと決まれば“魔術”の準備でございます。


 と言っても大掛かりな儀式など必要ありません。


 準備はただ一つ。


 まずは“服を脱ぎます”。これだけです。


 私は席を立つと寝台の前に立ち、着ていたドレスを脱ぎ捨てました。


 結んでいた紐を解き、腰回りを緩めますと、そのまま布の摩れる音共に床へと滑り落ちてしまいました。


 さらに下着も脱ぎ、結い上げていた銀髪も振り解き、流れ落ちる水飛沫のごとき毛髪の波を見せ付けました。


 ただし、ハルト様からは裸体は見えません。


 見せているのは背中。長い銀の髪がとばりとなって、素肌の多くは見せません。


 若くて旺盛な殿方であれば、すぐにでも飛び掛かって、背中から抱き締めて来そうな美貌であることは知っていても、今宵のお相手は枯れた老人。


 視線を向けてきてはいますが、席から立とうともしません。


 ならば、こちらからお誘い申し上げるまで。


 そのまま少し体を捻り、右手をハルト様に差し出しました。


 まあ、距離は空いておりますので、掴む事は叶いませんが、振り向いた美女と言うのも、それはそれで味のあるものでございますよ。



「さあ、ハルト様、どうぞこちらへ。今宵また、十数年ぶりとなりますが、しとねの波打つまで、私をご堪能あれ」



 にこやかな笑みを向けますと、ハルト様はしばし迷った挙句、ようやくにして席を立ちました。


 そして、立てかけていた杖を右手で握り、ゆっくりと“三本足”で私の方へと歩み寄りまして、私の差し出しました右手をご自身の左手を乗せてきました。


 実に十数年ぶりの“お肌の触れ合い”にございますわね。

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