序文2 娼婦にして魔女

 私ヌイヴェルは普通の娼婦プッターネとは違います。


 高級娼婦コルティジャーナと呼ばれる高給取りであり、同時に“魔女ステレーガ”とも呼ばれております。


 口の悪い連中は私のことを“魔女娼婦プッターナ・ステレーガ”と呼んでいますわね。


 その理由は二つございます。


 一つは特殊な容姿。私の姿は真っ白なのでございます。


 癖のない真っすぐな髪は、老いてもいないのに小さなころから真っ白。


 それだけではございません。


 顔も真っ白。


 首も真っ白。


 肩も真っ白。


 腕も真っ白。


 乳房も真っ白。


 腹も真っ白。……あ、ここだけいささか黒ずんでいますね。うふふ。


 腰も真っ白。


 股座またぐらの毛も真っ白。


 足も真っ白。


 何もかもが真っ白。


 眼は紅玉ルビーノを溶かし込んだような透き通った赤ではございますが、他はすべて真っ白。


 この容姿を気味悪がる人も多く、前に悪魔の手先だなんだと言われ、危うく殺されかけたこともございました。


 “魔女狩りカッチアーレ”なんて昔の風習持ち出されても困ってしまいます。


 そして、二つ目の理由は、私が本当に“魔女”だからでございます。


 魔女は一昔前ならば、火炙りが通例でございました。しかし、祖母が現役引退して少し後、教会が急に方向転換。魔術を行使しても咎められることはなくなりました。


 そもそも、この世界では誰しもが“魔術”という名の異才を有し、使うことができるのです。


 しかし、それを“知覚”して、意識的に行使できるのはほんの一握り。


 うっかり魔術を使っているのがバレてしまえば、拷問、裁判、処刑というお決まりの手順でございますが、それを辞めさせましたのが私のお婆様。


 教会のお偉方をどう説得したのかは未だに謎ですが、ある日を境にパタリと魔女への迫害を止めるようにと布告がなされたのでございます。


 そして、教会内部の意識改革に加えて、貴族から庶民に至るまで魔女への攻撃を禁じ、晴れて魔女や魔術師は咎人ではなくなりました。


 とはいえ、今まで続けていたことをいきなりぐるりと変えてしまうのは難しく、今でも魔女を嫌う人がまだまだいるのが現状ではありますが、魔女裁判と火炙りが大っぴらになくなっただけでも、進歩と言えば進歩にございましょう。


 そもそも魔術というのも誤解があるようで、何かの呪文を唱えれば何かが起こるというものではございません。息をするかのように自然に力が出てしまうものもあれば、意識を集中させて発現するものまで、使い方はかなり開きがございます。


 しかも、誰しもが魔術を行使できると言っても、“条件付け”というものがございます。簡単に言いますと、人は生まれながら魔術という異色の才能を持っておりますが、それを発動するための条件が分からないのでございます。


 例えば、『火を操る魔術』を使える才能があり、才能を開花させるには『顔に火傷を負うこと』としましょう。


 これだと、顔に火傷を負うと、火を操れるようなるというもの。火傷がなければ、火を操る術の才能は眠ったまま、ということでございます。


 そして、自分はどんな魔術の才があり、どんな条件で才能が目覚めるのか分かりません。これがくせもの・・・・なのでございます。


 そのため、ある日突然魔術に目覚めたというのが大半で、条件が分からず狙ってやろうと様々な奇行に走るなどということも見受けられます。


 ちなみに、私は幸運なことに、発現条件が優しかった上に、二つも術が身に付けることができました。ごく稀に複数の才能を持っている人がいると聞いたことがありましたが、まさか自分がそれに該当するとは考えてもいなかったので、その幸運に喜んびました。


 ちなみに、私が得た魔術の才能、一つは【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】。


 今一つは【臥房の帳オクルタメント・ペレマメンテ】というもの。


 前者は肌と肌が触れた相手を調べて情報を抜き取る術で、後者は相手が鑑定の能力を持っていても情報を見ることが出来なくなるもの。


 見目麗しき淫魔の女王は、御簾の向こう側から“獲物”を品定め。さりとて、獲物の方はその女王の姿を見る事は能わず。


 つまり、私は情報という範囲においては、最強の矛と盾を持ってしまったというわけでございます。


 そして、才能を開花するための条件は、ズバリ『処女を失うこと』。初めて男の人に抱かれたとき、術が発動いたしました。


 いきなり相手の情報が頭の中に流れ込み、破瓜はかの痛みと相まって、混乱して暴れてしまいました。


 便利な術を覚えたと私は喜び、誰にも知られずに訓練を繰り返しました。


 今では単純な情報なら握手程度の軽い接触で閲覧できるようになり、さらに深堀りするなら抱擁や接吻、果ては“濃密な肌の触れ合い”と、接触する濃さで情報の深さが変わってくることに気付きました。


 そして、私は高級娼婦コルティジャーナという最高の条件が揃った職業についています。


 なにしろ、やって来るお客さんは上流階級の方々ばかり。抜き取られたら困るような情報をお持ちの方々ばかりです。


 でも、私はそれを出汁にして相手を脅すことを固く戒めております。


 なぜなら、私は高級娼婦でございますからね。


 ひとときの楽しみを求めて私のところへ通ってくださる大切なお客様なのですから、それを利用して脅すなどもってのほか。高級娼婦としての矜持に反するというものです。


 お客様に楽しいひとときを過ごしていただくのが、私の何よりの楽しみなのですから。あとはほんの少しばかり、その時間に見合う“対価”をいただければ、私はそれで満足なのです。


 さてさて、今日も仕事の時間となりましたので、これにて失礼いたします。


 今宵はどこのどちら様がお越しなのでしょうか。




                ***




主人公ヌイヴェルのイラスト

↓↓↓

https://kakuyomu.jp/users/neginegigunsou/news/16818093089457737879

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