26. 来たる脅威


「どういうことだ、何故見つからない」


 騎士が苛立ちのまま声を荒げるが、答える者は無い。現在監獄塔管理を担う憲兵隊騎士の内、五つある塔それぞれの指揮官が集められ、定例会議が行われている。といっても、通常の会議はとうに終わり、ここからは議事録に残らない非公式の場だ。


 部屋に居る騎士は五名。円卓の正面に座っているのが先程怒鳴った騎士だ。彼はこの場で最も階級が高く、残り四名の騎士は皆実力も階級も横並びである。

左端に座った騎士は冷静に腰を据え、その隣にはまるで興味がないように椅子を揺らす騎士が居る。すぐ横には怒った顔で小刻みに足を震わせる騎士が陣取り、右端の騎士は不安そうに発言者の顔を窺っていた。


「一つ報告しておきたいことが」


 軽く手を挙げたのは左端の騎士だ。余裕を持った表情に右から舌打ちが飛ぶが、気にせず続ける。


「不審な馬車を目撃したとの情報が入り、急ぎ駆け付けました。接触を試みるも対象者は逃走。更にこれを追跡中、馬車が御者ごと一瞬にして消え失せたのです」

「それは魔法か」

「まず間違いないかと。馬車が消える前、外に出て来た男は二人。尋問と検査のため拘束、連行しました」


 ふむ、と正面の騎士は椅子に深く座り込んだ。現在追っている「悪魔」の捕縛は監獄塔所属の憲兵隊騎士にとって最優先事項である。


 左端の騎士は内心ほくそ笑んでいた。作戦が終わるころには上官から重用され、今よりも高い地位へ上り詰めるものと確信している。いずれこの監獄塔の最高責任者を任されることすら夢ではない。横並びの他三騎士を出し抜けた喜びは顎髭を撫で付けて抑えた。


「悪魔だという証拠はあるのですか」


 不安そうな顔をしたまま右端の騎士が疑問を呈した。昨日今日の出来事であれば確認はまだ取れていないだろうという判断である。


「魔法を使ったんだ、悪魔以外に何がある」

「これで対象が“魔女”であったのなら由々しき事態ですな。差別行為としてまた協会が騒ぎますぞ。そうなれば貴公だけの問題ではありますまい」

「確認を待つ必要がありそうですね」

「まだ不安が残る段階のようです。我が部隊は引き続き不審人物の捕縛にあたりましょう」


 得意げな顔で構えていた騎士は、次々に押し返され不機嫌になっていった。早くあの二人を徹底的に調べ上げ「証拠」を明示しなければならない。

が、魔物を「魔物である」と証明するには足りない要素が多すぎる。


 何と言っても今回捜索している魔物は「特殊個体」だ。検査方法は限られており、より正確性が求められる。そのため検査の準備期間はそれなりにかかり、疑わしい対象を拘束する時間も長くなる。普段使用していない中央の塔まで開放し、多くの人間を閉じ込めている理由はそこにあった。


 これまで目的の「悪魔」ではないと判明した男たちは、適当な罪をでっち上げて再度拘束し、中央塔から別の塔へ移している。解放して騒がれでもしたら全てが台無しだ。



 さてそもそもの話だが、監獄塔所属の騎士たちが主導となって魔物を追うことなど本来あり得ない。「憲兵隊」は通常、魔物に対応する機関ではないからだ。

そのため大々的な手配や調査を行うことが出来ず、この件について詳細を知る者も限られている。彼らの頭を悩ませる「魔物逃亡」の根幹には、決して世間に露呈してはならないとある計画が存在していた。


「中央塔より魔物を逃がしたこと自体が問題なのではない。わかるな」

「勿論です」

「理解しておりますとも」


 悪魔という存在は騎士たちにとって脅威になり得ない。それはこの人間界で生まれる悪魔が、魔界から「召喚」される悪魔程強くはないからだ。稀に強い個体が人間界に現出すること自体はあるのだが、それも編隊を組めば充分討伐可能である。

野盗相手の方が人間としての権利やら法律やらが適用される事項もありやりづらい、と語る騎士すら居る程だ。


 その野盗などを含め「人間」を専門に取り扱う憲兵隊騎士は、監獄塔付近に民家が存在しない以上周囲で魔物を発見、討伐し損なっても血眼になって追う必要はないのである。


 では何が問題なのか。


 本来この国における騎士とは、王に忠誠を誓った者にだけ与えられる資格であり、地位であり、名誉である。この場に居る全員が疑いようもなく王に忠誠を誓う者たちだ。

故に騎士は「国や王に対し不利益となる行動」をしてはならない。今回彼ら五人が推し進めていた計画は、まさに国における不利益そのもの、不忠の行為だったのである。


 計画の全容が露見するというのは即ち彼らの死に直結する。仮に死罪を免れたとしてもその未来は絶望的だった。


「逃げた魔物が外部の人間と接触すれば我々もただでは済まない。速やかかつ慎重な対処を。必ず生きたまま私の前へ連れて戻るのだ」

「「「「御意」」」」


 ザッと立ち上がり四人の騎士が一斉に礼を取る。正面の騎士から見えないその口元は、全員歪んでいた。

この場に居る誰一人彼の元へ「悪魔」を連れ戻すつもりはない。考えていることといえば逃走した魔物を自身で操り他をどのように蹴落とすか、そればかりだ。誰よりも己が優れていると信じて疑わず、魔物をみすみす逃した上官を侮り、その地位に相応しくないと内心酷く罵っていた。


「この件に関し彼には随分と助力していただいた。失礼のないよう振舞え」


 四人の騎士の口元から歪みが消える。彼らは一様に礼を解いて正面を見つめた。


 最近、上官の傍らに妙な男が立つようになった。ガヴェラという名前の男だが、優れた知識、技能、強さを持ち合わせている。これがどういう経緯で上官と協力関係に収まったのかは知らされていない。

内心では上官を嘲り笑う騎士たちがこうして従順さを装い続けるしかなかったのは、このガヴェラという男の存在が心底不気味だったからである。


「いらっしゃったぞ」


 最高責任者が丁寧に接している以上騎士たちはそれに倣わなければならない。いくら優秀といえど素性も知れぬ相手に礼を尽くさなければならないのは屈辱的だった。

堂々と入室して来た男に対し、観察は怠らない。もし何らかの取引により協力関係が結ばれているのなら、上官を出し抜くことは可能だからだ。


「いかがでしたか」

「周囲にそれらしい痕跡は見られないが、監獄塔へ新たに加わった二名は確かに重要な人物だ。逃がすなよ」


 テイザとキサラを捕らえた男はその通りだと頷いた。中々良い進言をするではないか、と顎髭を撫でつける。彼は感情を表立って表現できない場面ではこうして顎の髭を撫でる癖があった。

この男をどう囲い込み利用してやろうかと含み笑い、愛想よく接している。それを受け何を思ったのか、男も笑みを深めて見せた。


「他にも幾つか気になる点がある。この辺りは自由に歩かせてもらうぞ」

「どうぞ思うがままお過ごしください、ガヴェラ様」

「……ほう、その言葉違えるなよ、バゲル」


 南西地区カレディナ監獄塔責任者・バゲルと言えばかなり位の高い騎士である。しかしガヴェラという男はバゲル騎士と対等に喋るどころかそれよりも上の立場として扱われているのだ。

それが騎士たちにとって、どうにも信じ難い。


 騎士になろうと志した場合その職に就くためには幾つか方法があるが、バゲル騎士は順当な過程を経て出世した所謂「由緒正しき騎士」である。

見習いや従者などの経験を経てから準騎士や従騎士として勤め、やがて騎士になるのが伝統だ。


 見習いや従者を経験せず傭兵から始まり騎士となる者も居るが、こちらはあまり出世や給金などの待遇が良いとは言えない。


 また、騎士団内にはどこも階級が存在し、上級・中級・下級に大別される。バゲル騎士自身は中級騎士に当たるが、所属している騎士団が違えば振り分けの基準も違うため、とある騎士団内で上級となっても別の騎士団へ移ればその実力は下級に相当した、などといった話も珍しくはない。


 ではどこで個人的な強さ、実力が測られるのかという話だが、こういった場合に用いられるのが生物全てに割り当てられる強さの数字、「戦闘階級」である。


 これは過去魔物に関する研究学者が定めたものだ。魔物ごとに平均的な強さをまとめた「ワグヌールの魔物書」が起源となった「戦闘階級」は、かつて魔物の強さや危険度を表すために使用されていた。現在では魔物討伐に際して部隊編成の指標となっているため、騎士や(傭兵も含む)兵士など、戦力として武器携帯を認められる者たちは必ず測定しなければならないという制度がある。


 所詮騎士団内部で割り振られる騎士階級は強さ、実力が無くても権力、不正や金などで買えてしまう。しかし戦闘階級は、権力も不正も金も介入出来ない魂と肉体の実力数値。偽ることも誤魔化すことも出来ないのである。

一般的に神官の持つ魔導具でのみ測定可能なため、外部からの操作は不可能だ。


 さてこのバゲル騎士、その戦闘階級は五級。魔獣に単騎対処出来る実力者である。それに併せ憲兵隊騎士中級の称号と南西地区カレディナ監獄塔責任者の地位を与えられたのだが、彼は管理職などには向いていなかった。


 この場に居る他四名の騎士の戦闘階級は揃って三級。バゲル騎士から見て二階級下の実力差に相当する。監獄塔の騎士は実戦を多く経験しない弊害だろうか。彼らは上官が「格上」であるという認識が非常に薄かった。だからこそ、目の前に立つ相手の実力を正しく測れないのである。


「お許しが出たのなら遠慮することはないよな?」


 騎士四人はあっさりと絶命した。声を出す間もなく、圧倒的な力の前に倒れ込む。バゲル騎士はただその光景を呆然と見つめるしかない。


「バゲル。部下の手綱はしっかり握っておくべきだ」


 普段飄々として掴みどころのない男が無機質な目を向ける。床に転がっているのは苦悶の表情、限界まで開かれた目、大きく口を開く形で事切れた騎士たち。

同じ空間にあって、彼らを殺したはずのガヴェラはまるで咎めるようにバゲル騎士だけを見ていた。


「何も無意味に殺したわけじゃねぇ。これは餌だ、バゲル。森に捨ててくれば


 それを聞くとバゲル騎士は何の疑問もなく頷いた。目的は果たさなければならない。何としても「悪魔」を捕らえなければならないのだ。例え騎士としての誇りを自ら踏み躙ることになったとしても。



 難なく大柄の死体二つを抱え上げたバゲル騎士は、その場を後にした。彼を見送るガヴェラの目には痛烈なまでの憐れみが籠っている。


「アレも被害者ってことだ。泣かせる話だな」


 床に転がった残り二人は当然返事を返さない。


 魔界に存在する魔王、その称号を持つ者はダジルエレだけではない。人間界に国があるだけ王が居るように、統治する国ごとに魔王が居る。

戦闘によって土地が略奪、剥奪、強奪し、されるのが魔界の国々だ。


 魔王たちの数は領土の広がりや国の創設と滅びによって日々変動していたが、魔王ダジルエレの戴冠以降その数は安定した。


 現在魔国は五つ。王冠を戴く魔王たちはそれぞれ戦闘階級・九級に相当する。人間であれば到底手の届かない高みであり、魔族・ガヴェラの戦闘階級とも一致する。

ガヴェラ自身、かつて「魔王」と呼ばれた男だ。


 人間界に生まれ落ちた英雄・リオラードは、それまで九級までしか存在しないとされていた数字の上を行った。前代未聞の戦闘階級十級を叩き出した男である。


 魔王ダジルエレが英雄の山へ降り立ったのは「人間界に住まう者たちへの挑発行為」と見做された。故に王たちもその存在を無視出来ないでいる。

各国から集められた上級魔術師精鋭八名による「魔王」の実力予測は戦闘階級・九級相当であると算出された。災害に匹敵する強さ、もはや天災であると人間界の王たちに忠告がなされたのだが、それは誤りである。


 現存する生物のみならず、歴史上全ての強さを凌駕するため魔王ダジルエレの戦闘階級は十一級。


 それまで存在していたどの生物をも超え、最強の名を冠した英雄・リオラードの上を行く数字だ。だからガヴェラもかの魔国の傘下に加わった。強い者は面白い。強い者の下であれば為せないことは何一つないのだから。



「感謝してるぜ、魔王陛下、俺たちのダジルエレ。もうすぐ俺の長い旅は終わる」



 久しぶりに再会した少年の、淀みない海を思い返しガヴェラは快活に笑った。



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