23. 追われるモノ


 テイザとキサラは目を合わせてから、声の聞こえた方へ素早く寄った。一応檻越しに辺りを見回し、見張りや巡回の騎士が居ないことを確認する。


「その口ぶりだとアンタも捕まった理由に心当たりはないんだな」

「俺どころかここに入れられた人間は皆だ」


 テイザとキサラが付近を通りがかっただけの「ただの旅人」だと素性を明かせば、壁の向こうからは「俺は普段野菜を育てているだけの農夫だ」と返って来た。


「あの日、特に変わったことをしたわけじゃない。ただの畑仕事をしていた。水をやって害獣を追っ払う罠を見回る。収穫前の今の時期、まぁ随分と忙しいから心当たりを作る暇なんてないんだが、取り合ってもらえなかった。畑で拘束されて、連行されて、取調室は素通りでこんな檻の中さ」

「俺たちも似たような状況だ。突然騎士連中がやって来て今に至る。口上も無しだ」

「はぁ、やっぱりおかしいよな? 拘束時点で罪状の読み上げぐらいするって聞いていたんだが。奴ら『悪魔の痕跡がある』とかなんとか言って俺の何がどう悪いのか言いもしない」

「悪魔の痕跡か。俺たちは魔法を使っただのなんだのって言いがかりをつけられた。曰く悪魔だとさ。馬で追い回された挙句こんな馬鹿げた話に付き合わされている」

「はは、本当に悪魔なら簡単に逃げられるだろ。こんなところまで大人しく付いて来る間抜けなんて居るもんか」


 テイザは片眉を上げてニヤリと笑い「違いない」と返した。意味深に目を細めてキサラを見ているが、これは「悪魔」に対する嫌味である。


「痕跡、となると悪魔そのものを確認したわけではないんだな?」

「そうさ、だからそれなりに抵抗したんだが最後は数で押し切られたよ」

「アンタはさっき『皆』と言っていたが、他にも似たようなことが?」

「あったとも。当然誰一人納得していないさ。まぁ、憲兵隊にとってはこちらの理解なんて要らないのかもしれないな」

「具体的に悪魔の痕跡として挙げられたのはなんだったんですか?」

「俺の場合、畑が一か所だけ食い荒らされていた。確かに収穫時期じゃないってのにあれだけ荒らされるのも珍しいな」


 野生の動物も馬鹿ではない。農夫曰く、妙にずる賢いところがあって「食べ頃」でなければ器用に避けるそうだ。翌日に収穫しようとしていた野菜を夜のうちに食べられた、なんてことはよくある話だという。ただ、時季外れに食い荒らされることは滅多にない。


「おかしいって言えばまぁそうなんだが、それを悪魔だなんて言われて納得出来るかって話だ」

「強引なこじつけだと思うが」

「だよなぁ? 人間の仕業じゃないってことは確かなんだが、あんまり飛躍しすぎて呆れちまうよ」

「違いなんてわかるんですか?」

「ああそうさ、人間の畑の荒らし方には特徴がある。辺りの土を掘って根っこごと持って行くか、余計な部分を切り落として盗むかだ。何にしても野菜は可食部が綺麗に持って行かれるからすぐにわかる。だが今回の被害はその場で食い散らかしてったみたいでな。齧った痕までばっちりだ」

「なるほど、わざわざ這いつくばって食べる人間なんて居ないな」

「だろう? 収穫時期から外れているとはいえ、よくある光景だ。これが悪魔の痕跡だなんて言ったら、仕掛ける罠にかかるのも悪魔だろうさ」


 畑を荒らしたのが仮に魔物だったとして、該当するのは魔獣ではないだろうか。姿形は動物に近い上、器用さも然程ない。その状況で強く「悪魔」と固持する理由は不明だ。


「そんなことで一々捕まるなら国中から農夫が居なくなるな。騎士団が代わりに収穫でもするのか?」

「そりゃ良いな。畑仕事は重労働だ、良い訓練になるだろう。第一見かけたら報せるって申し出をして何故俺は捕まったんだ? 仕事が遅れた分の働きはして欲しいね、残された家族だけじゃとても回らない」

「連れて来られたのはアンタだけなのか」

「ああ、その場に居た妻や娘には見向きもしないで俺だけが連行だよ。いや、助かったといえば助かったんだが、確かにこれも変な話だ」

「子供が連れて来られたって話はあるか?」

「ない。ああ、どうしてだ? よくよく考えたら俺くらいの年齢ばかりだ。いや、声からして君たちは随分若いし例外なんだろうが、牢に入れられたほとんどが『成人済みの若い男』なんだよ」


 混乱したように上擦った声が聞こえて来た。頭をガシガシと掻き回している音も続く。


「一番無難な理由として考え付くのは労働力の確保だな。年齢的にもちょうど良くて、女よりも男の方が頑丈だ」

「体力が要るような労働は今のところないが、体のいい徴兵ってことか? 悪魔が話題にあったし、戦闘要員として集められてるとか」

「訓練はしているのか」

「いや全く。でも考えてみれば魔獣に近い悪魔か、魔獣そのものならわざわざ人員を集める必要もないか。大体低級の魔物だろう?」

「魔獣の中には上級の個体も居るらしいが。以前商人から聞いた」

「へぇ、そうなのか。いやー、何にせよ俺たちの保護が目的ってことはないだろう。わざわざこんな場所に入れるんだからな」


 集められた人間は職種がバラバラで、共通点は年齢だろうと農夫は語った。皆成人したての青年で、背格好も大体同じだという。老人や壮年の人物はそもそも連行されていない。


「あー、俺たち実は顔に袋を被せられてたからここがどの辺りの牢舎か知らないんだ。町は近いか?」

「いや……兄ちゃん、落ち着いて聞いてくれ。ここは牢舎なんかじゃない、監獄塔だ」

「監獄塔!?」


 キサラとテイザは弾かれたように互いの顔を見た。脳裏にファリオンの話が過る。だとすればここはかつて堕天使が討たれたという曰く付きの。


「お、おかしいですよね監獄塔なんて重罪人が収容される施設でしょう、なんで僕たちがそんなところに」

「少なくとも裁判で有罪にならない限りあり得ないだろ! 本当に何考えているんだあの騎士共は」

「な? 変だろ、ずっと変なんだよアイツら。こっちまで頭がおかしくなりそうだ」

「そもそもここは本当に監獄塔として機能しているんですか?」

「それは勿論。俺たちが居るこの塔以外にはちゃんと本物の罪人が入っているよ」

「監獄塔に無実の人間が入れられること自体が大問題だ!」

「まぁでも他と比べて明らかな別待遇だ。労働は多少させられるが面会は謝絶。外界から隔離されるっていうのはこういうことなんだろうな」

「へぇそりゃ実に良い特典だな」

「そう落ち込むな、痕跡とやらが間違いならサッサと帰してもらえる」

「……帰った奴が居るってことか」

「ああ。少しずつだが顔ぶれが変わってる。最初から居た奴から順に居なくなって、新しいのが入って来るって感じだ。今のところ最後尾はアンタたちだが、すぐ新しいのが来ると思うぞ」

「それって」


 「順番さえ待てば多少時間がかかっても外に出られる」と楽観的に農夫は言うが、テイザとキサラの表情は険しくなっていった。


「なぁ、それって殺されているんじゃないか?」


 テイザは騎士が居ないことを慎重に確認してから声を落とした。農夫は動揺したのか、少し間を開けてから慌てて答える。


「ま、まさか、そんな、処刑ってことか? 一体何の罪で。いくら騎士様といえどそんな、そんな野蛮なことは許されない」

「ああそうだな判決もなしに刑の執行をするのは騎士といえど違法だ、守っていると良いな? 奴らが“規律”を」

「……」


 農夫は黙りこくってしまった。正当な手順も無しに連れて来られた時点でここに居るという「記録」も「証明」もない。

残されたという家族が仮に訴えかけたとして、国は対策に乗り出す材料が一つもないのだ。


「ここに罪人が収容されていないってことは、本来の用途とは違う使い方をしてるってことだよね。だったら、牢の数も足りなくなりそうだけど」

「単純にこの塔が普段使われていないんだろう。見てみろキサラ、壁もあの寝台も


 テイザは続けざま小さく「ここが墓標か」と零した。複数の塔が普段使用されているのなら、そちらは増築によって後年増やされたとも考えられる。かつて討伐者が堕天使を討ち、目印のように建てられた塔。それがこの牢の正体だ。


「あの、すいません、ここって監獄塔の中心ですか」

「……ん、ああ、よくわかったなぁ。他の塔はここを囲うみたいに建ってるよ」


 カツカツと足音が響いて巡回の騎士が現れたことを悟る。農夫は壁越しに「もう寝るから」と声をかけた。


「早いですね」

「元の生活に戻ったとき、感覚が狂っていると厄介だからね」


 おやすみと声をかけられ、テイザとキサラは牢の奥へ引っ込んだ。やがて騎士が見回りを終えてどこかへ消えると、二人は外に聞こえないよう顔を寄せた。


「あの騎士たちは一体何を隠しているんだろうな」


 現在居る塔の規模は不明だが、同じ階だけでも結構な人数になるだろう。巡回の騎士が一歩一歩足を止め、中に居る人間を確認しているのは足音でわかった。止まった回数、確認の時間から大まかな人数を割り出していく。実際テイザとキサラの牢も覗き込まれ、それぞれの顔を見ていた。


 憲兵隊の騎士がどのようにして悪魔であるか否かを判断するのかは此処に居る誰にもわからない。これだけの人数を調べ終えるには相当時間がかかる。その間に決着をつけなければならいだろう。

何しろキサラには本当に「悪魔」が憑いているので、裁判をすっ飛ばして一発で処刑だ。更にこれは違法ではないため堂々と執行される。


「彼らの言う悪魔を捕まえないと」

「食い荒らされた畑を見てわざわざ魔獣ではなく悪魔の仕業だと主張した理由はなんだろうな」

「害獣被害を無理矢理転換しているとか」

「あり得ない話じゃないな。どんな無茶なことでもやりそうなのが困ったところだ」


 瞬間、耐えきれないというような笑いがキサラの頭に反響した。せっかくなので悪魔に直接意見を求めることにする。


(参考までに聞きたいんですけど、畑の件はお仲間だと思いますか)

〔あり得ねぇな。悪魔が地べた這い蹲って家畜みてぇにブヒブヒ食事なんざするわけねぇだろ。せいぜい魔法で引っこ抜いて丸呑みだ〕

(探知したっていう魔族の可能性は)

〔もっとあり得ねぇな理由は以下同文。だがまぁ、ここまで来りゃあ微弱な気配もそれなりに拾えるぜ〕


 つまり微弱な気配を纏う何某かを、騎士は実際に追っているということだ。ただそれを語る“声”の調子は酷く不機嫌で、それ以上のことを聞き出せそうにない。


 悪魔でも魔族でもない「何か」について、キサラは一つの可能性に行き着いた。騎士たちの探す通称「悪魔」は「若い男」の姿を取っていたのではないか、だから特徴の合う人間を無差別に集め、それから一人ずつ調べている。


 そして一度牢から出された人間は、再び戻されることなく解放、もしくは。




『殺されているんじゃないか?』



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