12. 妖精たち
〔悪魔に狙われる心当たりはあるか〕
心当たりと言われて思い付くものは何もない。素直に首を横に振って答えると、光は小さく唸って辺りを跳び始めた。原因を探ろうとしているらしい。
キサラが跳ね回る光を見ていると、目の前に小皿と小さな容器が差し出された。一体どこに持っていたのか、エルフの持ち物のようだ。
〔容器の方に薬草を搾り、搾る時に混ざった葉や粒を取り除きながら小皿に分けると良い。それを飲ませれば痛みに効く〕
キサラは千切られていない薬草を手にして慎重に搾った。現時点でエルフの声は一度も聞いていない。今彼は隣に腰を下ろし、作業する手元をジッと見ている。
羽根だけだった時の方が親しみ易かったのは、一体何故なのか。
〔しかし妙な話だな。我らが居るというのに魔木が寄るとは〕
「あの、許せとか我が子とか、さっき言っていた意味を知りたくて」
〔うん? ははぁ、我が身を疑っているな? 安心しろ、魔物の類ではない〕
実際羽根だと思っていたのはエルフだった。喋る光の正体が何なのか気になって仕方がない。
ドワーフのおじいさんには「何を言っているんだお前は」と叱られた。
助けられたのにお礼も言わないまま詮索し始めてしまったことに気が付いて、慌てて頭を下げる。
「助けてくれてありがとうございました」
〔何、構わない。こちらも代わりに手を貸してもらっているからな〕
「それよりもお前はどうやってあの魔木をやり過ごすつもりだったんだ」
「走って逃げようかと」
「……人族は揃いも揃って知能が低いのか」
溜息を吐かれたところで視線が下がる。結局テイザの言う通りになってしまった。
今更ながら隠し持っていた魔物除けの存在を思い出す。いざ魔物を目の前にしてみると、手も足も出ない。なるほど、兄が心配してついて来るわけである。
〔しかしまぁ小僧の疑問も尤もだ。一つ答えよう。我が子というのは同胞たちを指す。同胞は我々にとって子も同じ。実際に生んだわけではないが、近しい者たちだ〕
我が子、同胞という言葉から、共通意識を持った集団の中で上位に居るのだと理解した。
ドワーフのおじいさんの丁寧な態度もそこから来ているのだろう。ただこの中でエルフは一体どんな立ち位置に居るのか、未だに見えて来ない。
〔我が子らは人族を好まない。そこのドワーフのように〕
人間への必要以上の干渉、手助けなどに妖精たちはあまり良い顔をしない。
だからキサラを助ける際、妖精たちに向けて謝った。
「そこまで僕たちは嫌われているんですか」
〔近年人族に対しあまり良い感情を持たないのは事実だ〕
妖精が人の前に姿を現さなくなったのはいつからなのだろう。
村の図書館で歴史の本を読んだことがあるキサラは、太古の時代、妖精は人間に寄り添っていたことを知っている。
おとぎ話の中では主役になることも多く、人々と力を合わせて困難に立ち向かうことすらあったという。どうして人間は妖精たちから嫌われてしまったのだろうか。
「あの、薬ってこのくらいの量で良いんですか?」
仮に決定的な出来事があったとして、それを知る機会は得られないだろう。漠然とキサラはそう考え、疑問を口にするのをグッと堪え手を動かした。
(そういえば、羽根の動きはずっとこのヒトだったんだよな)
一体どんな動きをしてアレほど感情豊かに見えていたのか。ちょうど頭の位置に付いていたことを思い出し、大体の場所に目を向ける。
知りたいような、知りたくないような。
エルフは表情よりも動作を見た方が考えが読めるような気がした。声を出さない理由こそわからないが、喋ってみれば面白いヒトなのかもしれない。
「出来ましたよ、どうぞ」
薬を口元に持って行くが、正直拒絶や抵抗があるのではないかと思っていた。しかし予想に反してドワーフは文句の一つも言わずに飲み下していく。
ただ相当苦かったのか唸り声を上げ顔を顰めていた。吐き出すような様子は見られなかったので、少し間隔を空けながら流し込む。
眉毛や髭のせいで顔がほとんど見えないが、この中で圧倒的に表情豊かである。何だかホッとしてキサラの体から力が抜けた。
腕を折ったのか固定が必要とのことだった。布は包帯代わりなのだろう。
エルフに絡まった布を解きドワーフの腕に巻き直す。どうして自分で取らなかったのかはわからないが、やはりエルフは処置の様子をジッと見守っていた。
〔手慣れているな〕
「こういうのはよくやっていたから、そのおかげですね。経験といったらおかしいかもしれないけど、怪我をしたら自分で処置していたんですよ」
〔仲間はいないのか〕
「兄が一人。でも隠しておきたくて」
「どうやって怪我をした」
「怪我をした原因に後ろ暗いことがあるから隠したのだろう」と聞かれた気がして、一瞬体が強張った。大したことじゃないと返そうとして、息を吐く。ドワーフの目は嘘や誤魔化しを許さないだけの迫力があったのだ。
「僕が変な子、だったからです」
「変な子?」
「理由はわからないです。でも、周りがそう言うのだから、変、だったんでしょうね」
「親はどうした」
「どこへ行ったのか、行方は全く。でも、良い人たちでした」
「……」
「両親が居なくなってからは、兄が優しくなったので、そう、悪い事ばかりじゃなかったと思います」
「それまではどうだったんだ」
「兄はそれまで血の繋がった他人みたいな感じでした。僕とは違うところを見ているというか、父と似ていて、本心や考えを隠すんです」
「家族でもか」
「家族だからでしょう。一番近いから、血が繋がっているからといってそれが一番信頼の置ける相手とも、理解の及ぶ相手とも限りません。僕には兄がわからない。刺すような視線の意味も、何か別のモノが視えているのではないかというような振る舞いも。理解出来ないからこそ、いつ突き放されてしまうかわからない。本当は、僕はもっと……」
息が詰まる。どうしてこんな話までしてしまったんだろう。
いつか手を振り払われてしまうなら、馴れ合いの家族ごっこだって今すぐに終わらせて欲しいのだ。
キサラには兄がわからない。そしてテイザも、弟の内心を知らない。
〔顔色が悪いぞ。さっきもそうだったが〕
「大丈夫です」
「誰がやったんだ。兄じゃあないだろう」
「怪我ですか?」
本当は聞き返すまでもなかったが。そうだと返されれば答えを出さなければならない。
「同じ村の子ですよ。今はもう、治りました」
「……これだから人族は嫌いなんだ」
それはどちらのことだろうか。何も出来ないまま居たキサラのことか、理不尽を振りかざす人間自体にか。理解出来ないからこそ、妖精は人間から離れて行った。
「終わりました。もう楽にしていいですよ」
巻いた布をエルフとドワーフが揃って観察している。そうするのが癖なのだろうか。
とはいえ医者の処置よりも不格好で、意味合いとしても応急処置の枠を出ない。落ち着いたらちゃんとしたところで治療を受けて欲しいと諭せば、「ありがとう」という声が返って来た。
ドワーフの、しかめっ面を見る。今のは聞き間違いだろうかとキサラが思案していると、怪我をしていない方の手が追い払うようにして振られた。
「普通こういうときは感謝を返すものだ。相手が人族であってもな」
ムスッとした顔のままドワーフはそっぽを向いてしまった。本当にお礼を言われたのだ。
「こちらこそ!」とキサラが大きな声で返せば「お前は確かに変だな」と呆れたように笑われた。不思議と嫌な気はしない。
その時だった。
ギイイイイイイイイイイイイイ!!!
耳が痛くなるような鳴き声が辺りに響く。
「魔獣」
その姿形は犬に似ていた。村などで見かけたことのある、そう珍しくもない犬種である。
ただし、骨が剥き出しでなければ。
それは集団で現れた。何頭も要る魔獣たちがただキサラだけを見ている。他のものには目もくれず、勢いよく駆けて来るのを見やり、キサラも立ち上がる。狙いはまたしても同じらしい。
駆け出そうとしたキサラの足はあっさりドワーフに捕まった。動けなくなっている内にエルフが次々と弓で魔獣を倒していく。
「え、ちょ、おじいさん離して。僕がここから退いた方が安全だから」
「馬鹿言え、あんなモンあっという間に追い付かれちまうぞ。今は本調子じゃないがこの際だ、アイツに任せておけ」
エルフを見れば、本調子ではないという言葉が疑わしくなるくらい正確に魔獣を撃ち抜いていた。一撃で倒れ込んだ魔獣たちは、もう二度と立ち上がって来ることはない。
こういうときは器用なんだな、と考えていられたのもそこまでで、魔獣は倒しても倒しても数が減らず、それどころか一斉に飛び掛かって来た。
〔本当に心当りはないのか、小僧〕
エルフが次々矢を放つが魔獣は怯みもしない。倒れた魔獣を踏みつけて進んでいる。
やがて数の多さに矢が追い付かなくなり、取り零しが出た。
その隙を見逃さなかった魔獣が一匹、キサラの前へ躍り出る。
「クシャシャシャ、随分と活きが良いじゃねぇか」
視界にチカッと赤い光が瞬いた次の瞬間、喉の奥からそんな声が響いて来た。笑いに体が揺れ、勝手に口が動く。
目に入って来た赤色の眩しさに思わず目を閉じて、キサラはそのまま気を失った。
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