2. 小屋
キィ、と小屋の扉が鳴る。周りを確認しながらキサラは素早く体を滑り込ませた。音に反応して顔を覗かせた二人が外から見えないようにするためだ。
「タスラ、シーラ。灯りを点けていいよ」
タスラと呼ばれた少年の容姿は、キサラと少し違っていた。足は山羊、耳が鹿に似た形をしている。片親が人間、片親が妖精フォーンの半成で、フォーンは通常下半身全体が山羊の姿だがタスラの臀部は人間のものだ。しかし尻尾はしっかりと生えている。
シーラと呼ばれた少女の耳は猫で、臀部からは長い尻尾が伸びていた。片親が人間、片親がキャット・シーの半成で、どちらも半成の分類上は妖精種と呼ばれている。
二人は手慣れた様子でカンテラの中を確認すると、油が切れていないことに頷き合った。シーラが少し離れると、タスラが火を灯す。灯りが点いたことで小屋の中の様子が良く見えるようになり、キサラは近くにあった木箱の上に腰を下ろした。一見すると物置のような小屋だが、二人が身を隠すためにわざと多く物を置いている。頻繁に家と小屋を行き来しても不審がられないように、普段使いの物まで置いてあるため多少、不便さはあるのだが。
肩に下げていた鞄を膝の上に置き、中から包みを取り出すキサラを見てタスラは机代わりに使っている木箱の上から物を退かし、シーラは綺麗に拭いておいた皿を並べた。包みから現れたのはまだ温かいパンだった。
二人は小さく歓声を上げると皿の上に置かれたパンをナイフで小さく切り分けていく。パンの他にはなかったが、それで充分だった。
二人が食べ始めたのを見届けてから、キサラは荷物の間に埋まっていたこの国の地図を探し当てた。商人が新しいのを手に入れたから、と以前譲ってくれたものだ。村の外で起きた話は、場所がわかる限りこの地図を見せながらすることにしている。
食べ終わったのを見計らい、キサラは地図を広げた。
「ここから遠く離れた王都の先に、山々があることは知っているよね? 山脈地帯の中にあって、その中でも一番大きいリオラード山のこと」
「うん、地図で見た」
「ここから北の方でしょ? リオラードっていう昔の英雄さんの名前がそのままついたっていう」
木箱の上にあった皿は手早く片付けられ、代わりに地図が乗る。キサラは地図の見方を商人から教わっていたため、どちらが北なのかもしっかりわかっていた。度々村に訪れる商人はキサラにとって先生のようなもので、時には上司、時には雇用主でもある。
「僕らの村はどこでしょう」
「ここ!」
「英雄の山は?」
「ここ」
村の位置はシーラが、山の位置はタスラが指差した。端から端、というわけではないが置いてある指の位置は遠い。
「リオラード山かぁ……きっとこの小屋がいっぱい積み上がっても届かないくらい大きいんだろうね」
「国で一番大きいんだもんね。それで、この山がどうしたの?」
「消えたんだって。それも一晩で」
「山が!?」
「どうやって?」
困った。キサラはどうやって山が消えたのかまでは知らない。ただ山があったところに城が現れた、それだけが知り得た全てだ。確かに言われてみれば気になる点は多い。どうやって山を退かして城を建てたのだろう。山の上に城を建てるのでは駄目だったのだろうか?
「山の跡地には大きな城が現れたんだって」
何とも不可思議な話だ。タスラもシーラも揃って首を傾げている。山が城になる。一晩で。
タスラとシーラは、大量のドワーフが殺到したのだと思った。人間がそんなこと出来るわけがないと理解していたのだが、ドワーフにしたってそれは無理な話である。
「城主も、この国の人間じゃないみたいなんだ」
「それって侵略って言うんじゃないの?」
「侵略!?」
王都の近くで? 英雄の山がある…いや、あった山岳地帯は、山脈がそのまま国境になっている。それでいくとマオウはどちらの国を侵略するつもりなのかわからない。
「それで、どこの国の人?」
「名前だけならわかるよ。マオウっていう人だ」
「「魔王」」
タスラとシーラの声が重なった。ただ名前を呼んでいるにしては大きな声だし、表情も硬い。二人は顔を見合わせて何かを言いたげにしている。
「それ、きっと人の名前じゃないよ」
タスラはいつもより低い声でそう言った。たぶんだけど、と切り出したタスラは「マオウ」ではなく魔物の王、「魔王」だと続けた。キサラは勿論魔物の存在を知っている。好んで調べる題材ではなかったために深くは理解が及ばないが、「魔獣」は厄介なことに多く存在し、時々この村へ迷い込んでくることがあった。
魔獣は気性が荒く、兵士に討伐を依頼したり自警団が何人かで追い出しにかかったりする。罠にはまってくれれば怪我人が無くて済むが、ただの動物でも脅威になるのだから人間が相手をするのは簡単ではない。
そんな魔獣すら従えるのが、魔王だと言う。
タスラやシーラがこの村に来る前、二人がどこでどんな暮らしをしていたのかキサラは知らない。他で過ごしていたのなら得る知識も違うだろうと、何故二人が魔王のことを知っているのか聞かなかった。
「キサラ、お願いがあるの」
シーラが意を決したようにキサラを見て、「山の跡地へ行きたい」と言った。
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