ロルスの鍵

ふゆのこみち

魔王降臨編

1. 噂


 王都から遠く寂れた村。馬車を走らせればガタガタと踊る様に揺れる悪路。その一本道だけが外へと繋がる唯一だった。

広さや規模自体はそれなりだが存在をあらかじめ知っていなければ素通りされるような、そんな村である。木々は村を囲うように茂っているが、不思議とそこを突っ切って中へ行くものは居ない。まるで一帯が何かに覆い隠されているかのようだった。


 盗賊すらも見落とすその村は、「商品の保管に最適だ」と商売人が行き来するのみで、ごく閉鎖的だ。

最もその商売人というのも領内最大規模の商会の人間であるし、数年前から伯爵家の別荘も構えられている。にも拘らず村が発展の兆しを掴むことはなかった。


 稼ぎを求めて村から外へ働きに出る者が居ても新たに入って来る者はほとんど居ない。そして何よりも奇妙なのは村人たちが文字を読めないのに大きな図書館が存在していることだった。


「マオウ?」


 少年・キサラは首を傾げた。村人の中で唯一文字を読み書きし、図書館に通い詰める「変わり者」。本をたくさん読みはしたがどれも生活のために必要な事柄を抜粋するばかりで、魔物に関する知識を好んで得たりはしなかった。そのためキサラは「魔王」の称号を「マオウ」という人名だと捉えてしまったのだ。


 聞けば英雄の名の付いた山が一夜にして消え、そこには新たに城が現れたという。城の主は「マオウ」。そんな噂が商会の人間を通してキサラの耳に入った。

王の許可なく城が建造されるなど、まるでお伽噺のようではないか。現代では俄かに信じ難い話だが、一体何の比喩なのだろう。


 キサラが聞いた噂は城が現れた、に留まるが続報までは村に届かなかった。山が消えたという噂が立ってすぐ商人が旅立ったため、その後「魔王が突如として街を一つ消し去った」という続きを聞くことはなかったのだ。


「魔王が人間界に現れた、なんて公式の記録には残っていないらしい。消えたって噂の山があるのは、王都すら越えた先だ。俺たちには関係のない話だろう」


 一緒に噂を耳にしていた兄・テイザが訳知り顔で言う。王都ですら気軽に行き来が出来ない距離にある。確かに自分は関係ないか、とキサラは頷いて見せた。


 一方でテイザは、過去に魔族と遭遇した経験がある。本で読んだわけではないが、魔王がなんであるかを正しく理解していた。

それは魔物たちの王であり、通常魔界に居るはずの存在だ。


 噂を耳にした始めこそ落ち着きのない様子だったが、仮に事実だったとしても「王都には守護がある」と納得し、こちらには害がないと判断した。



 商人と別れた帰り道。テイザは咎めるようにキサラを見た。


「また半成なかなりを拾ったな。どうするつもりだ」


 まさかバレていると思わなかったキサラは肩を跳ねさせた。それから誤魔化すように引きつった笑いを浮かべ、兄を窺う。


 半成なかなり。別種族の血が混ざった者たちを指す言葉だ。キサラは兄に内緒で二人…半成の子供を小屋で匿っていた。

というのも半成といえばこの国の種族よりも体が頑丈な者が多く、違法な奴隷として売り買いされることが珍しくない。どこの国でも差別対象にされてしまい、社会的地位はとても低かった。


「二人は、その、もう家族だから。お金は、自分で何とかするから、兄さんは心配しないで」


 テイザは何も生活の負担などを案じているわけではない。半成や魔女といった迫害される側の者たちばかりと通じ合う弟が気がかりだった。母親譲りの優しさや父親譲りの広く深い愛情を愛おしいと思うことはあっても、いつか巻き添えを喰らうように思えてならない。


「そうじゃない、キサラ」

「あ、もう行かないと。二人が待ってるから」


 兄が呼ぶのを振り切ってキサラは小屋へ向かって走った。外に出られない半成の二人にとってキサラは窓であり、扉だ。

今日のように村の外の話が聞けたときは必ず二人に聞かせてやる。いつかここを旅立ったとき何が助けになるかわからないからだ。




 “魔王”。キサラがその称号を口にした瞬間、ロルスはそっと目を開いた。



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