第16話 気遣いと甘味
キクの恥ずかしそうな顔を見ると、自分の考えを相手に伝えるのが得意のではないのかもしれない。
この好意を利用するのはどうかとは一瞬思ったが……
「何よ、あなたそんな意外な人を見るような顔をしてなんか文句でもあるっていうの?」
「いや、そんな事は無い……ありがたいと思ってな」
「うん、でも次からはちゃんと部屋に合った金額を払うから大丈夫だよ?だって部屋を取って貰った時に渡したお金から考えるとこことは合ってないでしょ?」
「ふふ、その気持ちだけ貰っておくから大丈夫だからね?」
気持ちだけ貰っておくというが、宿という物は部屋が高ければ高いほど管理も難しくなるはずだ。
それらの費用等も含めての宿代だと思うが……、まぁ本人がそういうのならそれでいいのだろう。
「ところで聞きたいんだけど、あなた達って冒険者になって何をしたいの?」
「何をしたいか……それは──」
「私が兄貴達にお願いしたの、冒険者になって色んな場所に行って困ってる人達を助けたいって……」
「あぁ、それに付き合っている感じだな……、他にも三人程仲間がいるがランクが上がり次第それぞれの目的に合わせて分かれるつもりだ」
「……目的って?もしかしてだけど悪い事じゃないわよね」
悪い事か……シュラはレイスと行動する事になったら間違いなく何かをやらかしそうだが、セスカとセツナの二人は問題ないだろう。
なら私達はどうかと言うと、正直言ってこの世界になんの魅力を見出す事が出来ない。
口に入れても味のしないこの飲み物もそうだし、それに目に映るものも色は見えている筈なのに何処か色が無いようなそんな違和感がある。
「……どうしたの?」
「いや、何でもない、まぁ……二人ほど心配な者がいるが多分キクが心配するような事にはならないだろう」
(リーゼちゃん、そんなにシュラちゃんの事が心配なの?)
(……あの高圧的な態度と、自分よりも弱い存在を認めない性格を考えてみろ、問題ないと信じたいが無理だろうな、奴は間違いなくこの時代に適応が出来ないだろう)
(……かもしれないけど、私は皆のお姉ちゃんだからかわいい弟の事は信じてあげたいかな、だからリーゼちゃんやミコトちゃんが信じられなくても私だけは最後まで信じるね)
そう言われてしまったらこれ以上は何もセツナには言えないだろう。
だからもしもの時は血縁の中で唯一シュラを殺す事が出来る私が何とかしなければならない。
まぁ……無理だとは思うが出来る事ならそうならない事を祈りたい。
「あ……話すのに夢中で忘れてた、ちょっと取ってきたいのがあるから離れるわね」
「取ってきたいもの?」
「えぇ、実はお茶菓子を作ってるの、話してる間に出来るかなぁって思って少しだけ離れちゃったんだけど多分もう出来てると思って……じゃあ行ってくるからゆっくりしててちょうだい」
キクは立ち上がると部屋を出て行く。
そして来た時と同じ床のきしむ音を鳴らしながら遠ざかるとやがて静かになり……
「兄貴、良い人だねキクさんって……でも勘違いからここまで良くして貰うのなんか悪い気がするけどいいのかな」
「……気にするなと言ったら無理な話だが、私はこの時代についてまだ知らないことの方が多いからな、相手の勘違いから始まったとはいえ現代を生きる者たちと関わり知識を埋めるのは大事だろう」
(……リーゼちゃん、それには私も同意するけどいつか勘違いしてることについてちゃんと教えてあげなきゃだめだよ?)
「……わかっている、だがもう少し信頼できる奴だと思ったら伝えるさ」
……出会ったばかりでいきなり、実は過去に一度死に永い眠りから目覚めましたと言ったところで、一部例外を除いて信じる者はいないだろう。
「じゃあタイミングは兄貴に任せるね?」
「あぁ、そこはしっかりとやる……、それに良くして貰っているからな不義理な事はしない方が良いだろうからな」
「……うん」
(あ、キクちゃんが戻って来るみたいだよ?)
それにしても人が通る度に音が鳴るのはどうなのだろうか……。
さすがに立派な建築物だから老朽化によりそうなったとは思えないが、夜間の睡眠時にギシギシと外から音が聞こえたらと思うと睡眠妨害もいいところだ。
「はい、お茶菓子がちょうど出来てたから持って来たわ」
扉が開いてキクが現れるとトレーに人数分のお茶菓子を持って来ると、テーブルに置いて行く。
「うわぁ、凄いおいしそう!キクさんありがとう!」
「ふふ、始めて作ったんだけどそう言って貰えると嬉しいかな」
「え?うそ、初めてでこれって見てよ兄貴、凄くない!?」
「……そうだな、菓子職人としてもやっていけるのではないか?」
「そんな褒めても何も出ないからね?ほら、早く食べてよね」
……キクに促され茶菓子を口に入れたミコトは、驚いた表情をしたかと思うと急いでお茶を飲む。
セツナも小さく咳き込みながら飲み込むと……『あれ?顔色悪いけどどうしたの?』とキクが不安げに言うが二人の表情を見る限り余程酷い味なのだろう。
まぁ、味が分からないいいかと気にせず口に入れると……驚いた事に微かな甘みを感じて驚いてしまうのだった。
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