星と課金(短編)

藻ノかたり

星と課金

惑星コシエン。その開拓調査員の一人として、ボクはこの星に赴任した。高給につられて選んだ仕事だったが、いま猛烈に後悔している。


業務自体は単純な地質調査であるものの、日中の温度が50度を下らない。この環境下では、支給品の冷却スーツもあってなきが如しである。


「キミ! この報告書は一体なんだね!?」


突然、スーツの袖に組み込まれた小型モニターから、中年オヤジの暑苦しい怒鳴り声が聞こえてきた。直属の上司である課長からだ。こちらの弁明も聞き入れず、機関銃の如く喋り続けるムサ苦しい物体。ボクは、お金をケチった事を後悔した。


というのもこの会社、面白いシステムを採用している。社員が”課金”をすると、上司の対応が変わるのだ。大抵は励ましの言葉をかけてくれたり、表情もにこやかなものに変化する。


仕事のミスが許されるわけではないものの、最大限に配慮された前向きな指導が行われるのだ。他人にはバカバカしい制度と思われるかも知れないが、この厳しい環境下ではまるでオアシスの様な救いがある。


「今月も苦しくなってきたな」


今日の仕事を終え、宿舎に戻ったボクは呟いた。相も変らぬ暑さでストレスが日に日に増大し、課金する量が増え続けている。この分では月給額を越えて、ほどなく借金生活に入るだろう。


かと言って、何かストレスを解消する術があるわけではない。


星は広大なため、一人用の宿舎が各地に点在している。前は何人かで共同生活をしていたらしいが、暑さによるストレスで人間関係が悪化し、殺し合いに近いトラブルが発生したそうだ。


その轍を踏まない為、今ではこの様な勤務体系になったのだという。よってボクが話をするのは、あの課長だけなのだ。せめて優しい言葉でもかけて貰わないと、イライラで気が狂ってしまう。


だがその課長にも、直に会った事はない。課長は各地に点在する社員のまとめ役として、やはり一人用の宿舎に住んでいるらしいのだが、その場所は秘密になっている。万が一にも、逆上した社員に襲われては困るとの配慮からだ。


しかし、ボクはその場所を知っている。昔、ハッキングの鬼としてならした腕に物を言わせ、その座標を割り出したのだ。この事はある意味、精神安定剤ともなっている。いざとなれば、直に抗議に行けると思えるからだ。


翌日も、その翌日も、過酷な作業が続く。その度に課金をするのだが、いよいよ蓄えが尽きて来た。でも課金なしでは、発狂してしまいそうだった。


しかし切なる思いも空しく貯金は底をつき、課金する事ができなくなる。課長の叱責は日に日に数を増し、ボクのストレスもウナギ上りになった。


「キミ、なんのために働いてるの?」


そんなある日の一言に、ボクはついに理性を失った。


ボクの脳みそはグラグラと沸騰し、かねてより見つけておいた課長の宿舎を目指して、移動車を全速力でブッ飛ばす。


宿舎に着く頃には多少の理性は戻っていたものの、折角ここまで来たのだからという思いで建物の中に入っていった。


持ち前の知識と技術を駆使し、一つ一つドアロックを解除していく。だが歩を進めていく内に、奇妙な違和感を覚え始めた。生活感がまるでない。そもそも、人が暮らす施設とは思えないのである。


一番奥の部屋へと辿り着く頃には、違和感は若干の恐怖に変わっていたが、思い切って最後のドアを開ける。


「課長! ルール違反は分かっていますが、是非ともあなたに抗議したい事が……!」


そう言い終わらない内に、ボクの脳みそは崩壊した。


課長は確かにそこにいた。しかし彼には上半身しかなかったのだ。その物体が、カメラと思しきものに向かって鎮座している。最初は殺人事件かとも疑ったが、その仮説が間違いである事はすぐにわかった。


彼は人間ではなかった。精巧に作られたロボットだったのだ。そしてシステムのセキュリティを解除して調べた所、その内容にボクの心は限界を超えた。


地質調査というのは真っ赤なウソで、実際には調べる気なんてサラサラない。では何のために、ボクら社員はこの星に集められたのか?


それは、大掛かりな心理実験の為であった。


「過酷な環境における、孤独とストレスの心理実験」


淡い光を放つモニターには、そう映し出されていた。なるほど、言わてみれば思い当たる事ばかりである。異常な暑さ、一人きりの暮らし、上司の罵倒……。


ボクは、高給に釣られた自分のバカさ加減に大笑いをした。本星へ帰って訴える事も考えたが、事実を知ったボクを会社がこの星から解放するわけがない。


暫く放心状態が続いた後、ボクは移動車に摘んであった作業用の鉄パイプを取りに行き、再びこの忌まわしき場所へと戻ってくる。


そして、憎らしくも滑稽なロボット課長の頭を、思い切りブン殴った。


カキーン!


猛暑を吹き飛ばす様な爽快な音と共に、今までボクを苦しめ続けた悪魔の首は、勢いよく吹っ飛んだ。そして部屋の壁にぶつかり床にコロコロと転がった。


ふ……、何か落語のオチみたいだな。ボクは一人笑いをしながら、再び炎天下の灼熱地獄へと足を踏み出した。

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星と課金(短編) 藻ノかたり @monokatari

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