隣の席は美少女です。
長年の埃や劣化ですっかり元の色を失った灰色の壁に立掛けられた時計は、8:15を指している。
窓際で一人ラノベを貪っている神田青年とは世界すらも違うかのように、
そこかしこで新学期の心の浮き立った会話が聞こえてくる。
窓際の後ろ、すなわち主人公席と揶揄されるような場所を、3人の女子が位置どっていた。
頭に丁寧にヘアアイロンで巻いたのであろう触覚を生やし、前髪はパッツン切りにも関わらず整えられていて違和感は感じられない。高めのポニーテールが通常形態の、いわゆる一軍女子と呼ばれる人種であった。
気だるげに焦げ茶色の机の上に腰かけ、女子が血眼になってでも手に入れたいであろう長く細い足を、持て余したように揺れさせている。
時折お互いの肩を小突いたり、肩を震わせて笑っているあたり、とても楽しく過ごしているらしい。
時計をチラチラと見ながら話す人が増えてきた。そうなると8:20分が着席時刻だろうか。着席前にも荷物の準備があるのか一人、また一人と自分の席らしいところに向かってゆく。
その時だった。
ダンッ
大きな音がした。
神田青年も大きい音に驚いたのか顔を上げ、音の主に視線を向けた。
そして、遂に来たか、とばかりにひっそりと溜息をつくと、また本に視線を戻すのだった。
音の発生源を辿れば、すらりとした白い足が廊下と教室の境界線を踏み込んだところだった。
「あ” あ”せ”っ”た”ぁ”ぁ”ぁ”」
誤魔化すには少々大きすぎた足音によってすっかり静かになった1-4の教室に、それはそれは濁点まみれなハスキーボイスの成れの果てが響いている。
声の主、それは紛れもなく美少女だった。
150後半あたりの身長にも関わらず8頭身はあるであろう小さな顔に、綺麗に通った鼻筋。白い顔。くっきりとした二重の大きい瞳には、長い睫毛がついている。
要するに文句の付けようもなく顔立ちが整っている。腕はYシャツが長袖で見えないが、セーターの先からは白くてほっそりとした指が覗いている。
ダメ押しとばかりに明るい茶髪のふわふわの髪はハーフアップにされていて、それはもう可愛かった。荒い息遣いがなければもっと良さそうだが。
一瞬のいたたまれない沈黙ののち、
主人公席にたまっていた一軍女子が笑い声の狭間に呼吸音をひぃひぃ鳴らしながらハスキー(?)ボイスの主へと駆け寄っていく。
その当事者であるハスキーボイスさんはといえば、迫りくる一軍女子に気付いているのかいないのか、首がちぎれるレベルの速さで時計を見上げ、安心したように一点の曇りも無い笑顔を浮かべた。もっともその口からはハァ、ハァ、と荒い息遣いが漏れているが。
そんな様子をみて更に口からイルカの鳴き声のような引き笑いが漏れ出した一軍女子の皆様は親しげにハスキーボイスさんに話しかけ、、、
キーンコーンカーンコーン
鐘がなった。時計の針は8:20を指している。
それを聞いたハスキーボイスさんは焦ったように一軍女子の皆さんに一言言ったかと思うと般若の一歩手前の表情で黒板へとダッシュした。さっきのやり切った✨という笑顔との差で風邪を引きそうである。
ハスキーボイスさんに何を言われたのか知らないが一軍女子は笑いすぎて呼吸困難に陥っていた。それでも何とか自分の席へ向かっていく。
ハスキーボイスさんは荒い呼吸を整えながら黒板を眺めると、急ぎ足(もとい小走り。てか走って)自席へと向かう。
乱雑にキャラクターのキーホルダーが幾つかついたリュックを机に置いた場所は__
_神田青年の隣の席。窓から2列目の、最前席だった。
黒板の座席表には『
ガッ
と音を立て椅子を引いて座ると、天雲は神田青年に焦りが抜けきっていない引き攣った笑顔で笑いかけながら、
「よろしく!!っ」
と言う。
まだ若干息遣いが荒い気もするが、元気なその声に、
神田青年も天雲の方を向き、
「よろしく。」
と言った。
担任が教室に入ってくる。
挨拶をする。
HRが始まる。
_3学期が、始まる_
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