今宵もバッカスのいるバーで

アヌビス兄さん

第1話 ブラックニッカクリア

 都市伝説みたいなお話だが、シャッター街になった高架下を歩いていると手書きの看板が出ている時があるらしい。

 

Bar Bacchus酒の神の酒場

 

 酒の神様を名乗るバー。その店内に入ると大抵常連客が一人か二人、多い時は四人くらいが出迎えてくれるらしい。若い女性だったり、初老の男性だったり、OL風、学生風、至って普通のお客さんらしい。

 そしてその“Bar Bacchus“のオーナーバーテンダーはいつも微笑でミステリアスな女性、ボーイッシュハンサムショートの髪型に髪色は薄い桃色。カラコンなのか縦割れしたパープルアイ。

 

 彼女の事を皆、バーメイドでもミストレス女主人でもない、当然のように皆こう呼ぶのだ。

 

「マスター! 何かおすすめのお酒ってあるっすか?」

「リナ先生、そうですねぇ……ジンがお好きですから、今回は熊本の焼酎を使われたクラフトジン。jinjinGINなんていかがですか?」

 

 と客の好みを熟知していてたまにこうして冒険させてくれたりする。そんな店が開いているのを大学2回生、二十歳になりお酒を最近ようやく飲むようになった春夏冬吟(あきなしうた)はやってきた。

 噂には聞いていたがこのお店が開いているのを初めて見た。

 お気軽にどうぞと達筆な字で書かれている。こういうお店はちゃんとした服じゃないと不味いのだろうかとそれなりにお洒落もしてきた。

 それにしても凄くお気軽に入られない雰囲気だが、これも社会経験だと勇気を出して足を踏み入れた。

 

「こ、こんばんわー」

「いらっしゃいませ、バー・バッカスにようこそ」

 

 店内には先ほどジンをお勧めされて楽しんでいる女性のお客さんが一人、そして泣きながら店主にうざ絡みをしている女性のお客さんが一人。

 

「ねぇ、マスター、マスターぁああ!」

「はい、マスターです。美優さん、飲み過ぎですよ。タクシーをお呼びしますのでそろそろ」

「やぁーだぁー! もうここに住むぅ!」

「家賃五十万なら」

「そのくらい払えるしぃ!」

「すみません冗談です。もしもし、こんばんわ。お店の方までタクシーをお願いします」

 

 相当な常連なんだろう。マスターのそのお客さんへの扱いが結構雑だった。そしてうたと目が合うと、酔っぱらいに絡まれないようにか、端の席をお勧めされる。

 

「ご注文、お決まりになりましたらお呼びくださいね」

「えっと、メニューは?」

「ふふっ、なんでもございますよ!」

 

 なんでもあると豪語されてしまった。そこでうたは、せっかくバーに来たんだからと、ついこの前不味いなと思ったウィスキーについて注文してみる。

 

「あの、美味しいウィスキーって何かありますか?」

「ふむ、美味しいウィスキーでございますか? お客様はどのようなウィスキーをお飲みに?」

 

 そこで、正直にうたはマスターに相談した。

 

「この前二十歳になって、お酒を飲めるようになって、酎ハイとか飲んでて、ウィスキーってかっこいいなって思って、友人とブラックニッカを買って飲んだんですけど、はっきり言って美味しくなくて……ネットでも不味いって書かれてたから……」

「おそらくご購入されたのはブラックニッカクリアですね?」

「はい」

「ふふっ、ブラックニッカクリアは美味しいお酒ですよ。恐らくお客様はストレート。あるいはオンザロックで飲まれようとされませんでしたか?」

 

 これに関してうたは図星だった。イメージ的にウィスキーってそんな風に飲む物なんだと思っていたし、それに……


「ブラックニッカってオンザロックで飲んじゃダメなんですか?」

「ダメ、という事はございませんよ? しかしながらウィスキーを初めて飲まれる方が手頃な価格で買えるブラックニッカやトリスクラシック、REDなどを買われて後悔する方と言うのは比較的多いんですよ。ただ、私はこれは正解の一つだとも思っております。今あげたウィスキー、所謂激安国産ウィスキーの中ではしっかりと楽しめます。しかし、中には少々、飲むのが厳しい物も存在するのは確かですね。名前は伏せますが、スーパーなどで食品から広い種目を展開している独自ブランドのウィスキーは申し訳ない事に当店でも唯一扱っておりません」

 

 うたはそのウィスキーを面白おかしく説明している動画を見た事があった。ウィスキーの専門書でもボロカスに書かれていたあの銘柄だろうと少しうたは笑って人生初めてのバーに安心感を感じた。

 

「まず、初めてウィスキーを飲まれる方にお勧めしたい銘柄として、こちらバランタインです。8年、12年と年が上る事にお値段も上がり30年となると当店でも一番高いお酒の一つになりますが、一番安い銘柄もあります。ノンエイジですとボトル1000円前後です。こちらストレートでどうぞ。一口舐めるように飲むと、安らぎ水。チェイサーを飲んでください」

「いただきます」

 

 お洒落なクリスタルのショットグラス、そしてチェイサーの入ったグラスが添えられる。ふんわりとした香りが注いだ瞬間に、うたは全然違うと驚く。これがウィスキーなのかという謎の達成感。

 

「凄く……美味しいです」

「ありがとうございます。そして続いてブラックニッカシリーズを少し並べてみましょう」

 

 ご存知、うたも知っているブラックニッカクリア、それ以外に三本のボトルが並ぶ。

 

「右から、クリア、リッチブレンド、ディーブブレンド、スペシャルです。スペシャルとディープブレンドはオンザロックでも比較的美味しく楽しめると思います。リッチブレンドとクリアは少し若いお酒になります。これらはやはり、加水した方が初めては美味しく飲めると思いますよ」

「ハイボールとかですか?」

「いいですね! ではお出ししましょう。グラスはよくしっかり冷やしておきます。もちろんソーダ水も、ハイボールも作り方がいくつかありますが、ニッカ公式の作り方で氷をグラス一杯敷き詰めます。ショットグラス一杯分の40mlを注ぎます。バースプーンにそわせて丁寧にソーダ水を注ぎ、氷を持ち上げるように二回ほど混ぜます。最後にレモンピールを絞って完成ですね」

 

 マスターに少し似ている愛らしいバッカスのマスコットイラストが入ったコースターにハイボールをトンと置くと「どうぞ、お試しください」マスターは微笑で飲むように勧めてくる。

 あの不味いウィスキー、ブラックニッカクリアが……風味は間違いなくそれなのに、

 

「とっても美味しいです! ……こんな事言うと失礼ですけど、居酒屋とかのハイボールより全然美味しいです」

「ふふっ、恐縮です。では、この1時間程でブラックニッカの誤解が解け、ウィスキーについて成長したお客様に是非飲んでいただきたい飲み方がございます。どうでしょう? お試しされますか?」

「マスター、是非お願いします」

「かしこまりました」

 

 うたはこの店にいる常連のお客さんが全員マスターを見ている事に気づく。一体何が起きるのか、なんとなく気づいた。都市伝説の噂ではこの店のマスターが作るカクテルは信じられない美味しさだという。広義の意味ではハイボールもまたカクテル。実はうたは既に体験しているのだ。

 

 そんなうたの前で、丸く成型した氷を三つグラスに落とす。そしてそこにミネラルウォーターを注ぐ。そのグラスにゆっくりとブラックニッカクリアを浮かべていく。魔法のように水と混ざらないそれは一つの芸術作品のようだった。

 

「どうぞ。ウィスキーフロートです。ストレート、ロック、最後に水割りまで楽しめます。今なら、ブラックニッカの味わいを楽しめるのではと思いまして、ストレート、ロックが苦手なら水割りをと」

 

 口をつけた瞬間、吟は驚愕した。

 凄い。

 凄かった。

 

 あれだけ不味いと思っていたお酒がこんなにも美味しく飲める方法を教えてくれるマスターはお酒の神様だ!

 うたはそう思うと、支払いをお願いし、気がつけばこんな事をマスターに質問していた。

 

「あの、このお店ってアルバイト雇っていませんか? 私、マスターにもっと色々教えてもらいたいです。さっきまで嫌いだったお酒の事も好きになれてこんな気持ち初めてなんです!」

 

 面白い事になっているなというのが常連客達の視線。それにマスターはどう反応するのだろうかと、マスター以外の従業員が働いている所を見た事がない常連客達。それにマスターは、

 

「ふむ、お客様。お名前は?」

「春夏冬と書いてあきなし、詩吟しぎんのぎんと書いてうたです」

「ではうたさん、また明日、夕方の17時頃にお店に来てください。今日は少し遅いですからもう帰りましょうね?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 うたはそう言って元気よくお店を出ていく。そして明日からちょっと不思議でカッコいいマスター、お酒の神様、バッカスのいるバーへ。


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