爆発の街
マイタケ
第1話
1
僕は研究所で生まれた。物心ついた時から足を小型のセグウェイに縛り付けられ、歩くより先にセグウェイでの移動を覚えた。
父や母の顔は知らない。知っているのは僕のセグウェイを交換する人、僕の生活を観察して記録をつける人、僕を機械につないで何らかの数値を計測する人。みんな白衣を着ていた。
研究所は森に囲まれた山の中にあり、果てが見えないくらい広い研究所の庭で遊んだ。僕のセグウェイには持ち手がなく、軽い体重移動だけでスムーズに動く。
よく芝生にセグウェイを走らせ、ピンク色をした特殊ポリマー製のボールを追いかけた。リネンの病院着が風になびくのが気持ちよかった。
だがそうして転がったボールを追いかけていくといつも、最後には必ず高い壁に阻まれて行き止まりになった。その壁もピンク色のポリマー製クッションで覆われていて、僕を広い庭の中に音もなく閉じ込めていた。
僕は生涯に一度だけ、この足のセグウェイを外して、自力で地面を走ったことがある。
よく晴れた日で、緑の芝生が目にまぶしかった。こんな日に素足で庭を走れたらどんなにいいだろう。そう思って、足元のセグウェイを見た。するといつもはきつく固定されているはずの足の固定具が緩んでいるのに気付いた。セグウェイを交換する担当のおばさんが油断したのだ。
周りに誰もいないのを確認してから、芝生に尻餅をついてセグウェイに張り付いた靴から自分の素足を引き抜きにかかった。五分も格闘すると、右足が抜けた。自分の素足をこんなにまじまじと見たのは初めてだ。生白い足に青い血管が透けている様子は、自分の足なのにも関わらずどこか深海魚のような異形感があった。
右足でセグウェイを蹴りながらもがくと、汗をかいた左足もするりと靴から抜けた。抜け殻になったセグウェイが芝生の上に転がる。だんだん興奮してきて、何度も地面を素足で踏みしめた。
芝生の焼けるような緑や、それを踏む足のくすぐったい感触、土の色、におい、すべての感覚が鮮明に感じられる。
当然、走りたくなった。だが走ることは研究所の大人たちから固く禁止されている。とりあえず恐る恐る周りを見回したが、周りには誰もいない。
まずおずおずと歩き始めた。足裏に伝わってくる地形の感覚が気持ちよかった。濡れてひんやりと冷たい草が指の間に入り込み、土踏まずを撫でる。足裏の感覚が土地のわずかな起伏を伝えてくる。次第に足を繰り出すペースが上がっていった。僕にとってそれはごく自然なことに感じられる。徐々に気分が高まっていく。上半身が前傾していく。膝が曲がる。足裏が勢いよく地面を蹴り始める。両腕に力が入り、脚と連動して前後に動きだす。
そうしていつの間にか、遠くの芝生の先をめがけて全力疾走していた。
走る間、この広大な芝生は、こうして素足で走るために存在していたのだという、圧倒的な感覚が僕を支配していた。遠くから芝生をそよがせてくる波のような風。その中にどこまでも自分自身を投げ出していく感覚。このまま永遠に止まらずに駆け抜けていくという幻想をつい抱いてしまう。そんな爽快感を味わったのは生まれて初めてのことだった。
次の瞬間、一発目の爆発が起こった。
慣れ親しんだ研究所の森が一斉に風に煽られる。
正面から突風が襲う。鳥たちが一斉に飛び立っていく。地面が怯えた生命体のように細かく震える。
バランスを崩した僕は地面にうずくまった。
爆発は止まらなかった。徐々に膨れ上がってくる恐怖に耐えかねて、地面にむかって叫んだ。そんな自分の声すら聞こえないほど、大地を震わせる爆発は幾度も繰り返された。
爆発が止む。
恐る恐る顔を上げた。
目に飛び込んできたのは、森の上空に高々と舞い上がり巨大な入道雲となって研究所を飲み込もうとする、ピンク色のポリマーの残骸たちだった。
2
十八歳になった僕は、人生ではじめて研究所から出た。
これから世間で一人暮らしを始めていく。ピンク色のポリマーに囲まれた街で。
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