第335話 読み合い
2回表の大阪桐正の攻撃は6番からだけど、大阪桐正は4番に投手の根岸さんを置いていて、9番バッターですら大阪府大会の打率は4割近い。……ピッチャーとして、気の休まるタイミングがないということだね。そして先頭バッターを相手に、カウントを2-0と悪くした優紀ちゃんはナックルを打たれてライト前へのヒットになる。
優紀ちゃんのナックルは、もう既に一級品のナックルできっちりと変化するし、空振りを誘うことの出来る変化球だ。だけど大阪桐正打線の多くは選抜で既に1回か2回は優紀ちゃんのナックルを見ているだろうし、ナックルが来ると分かっていたら当てられない球じゃない。
詩野ちゃんのリードパターンは、多岐に渡る。それなのに、球種をしっかりと把握されているのはちょっとおかしいかもしれない。となると、ストライクとボールのパターンや……緩急と速球の使い分けのタイミングとかが解析された?
送りバントを決めた大阪桐正は、ワンナウトランナー2塁というチャンスを作る。優紀ちゃんの速球の速度は遅いけど、詩野ちゃんの肩のことを考えると容易に盗塁することは出来ない。となるとバントかヒットエンドランの場面だったと思うけど、球種が丸わかり状態ならヒットエンドラン一択だったんじゃ?
チャンスの場面で、8番バッターが打席に立つけどこの人が大阪桐正では一番打率が低い。でも甲子園に入ってから本塁打数が大阪桐正のトップである根岸さんの3本と同じ成績。優紀ちゃんは丁寧に低めを突き、ライトフライに打ち取る。
……ピンチになってから、詩野ちゃんはリードを変えたのかな?ツーアウトになって気が楽になったのか、優紀ちゃんは9番を三振に打ち取り、この回は無失点で切り抜けた優紀ちゃん。2回裏に入って、今度は湘東学園の攻撃。バッターは、7番の水江さんからだね。
「……緩急を使うタイミングを読まれてたかなってとこ。
全パターンで緩急を使うタイミングは一致してなかったけど、結構被ってたかも」
「詩野ちゃんはよくそれに気付けたね。
で、パターンは変えたの?」
「変えたよ。裏の裏を突いてくるなら、もうバッターと私の読み合いだし、失点はないと思う」
「凄い自信。
あ、ネクスト詩野ちゃんだよ」
「分かってるよ」
ベンチに戻ると、詩野ちゃんが向こうの策を読み解いたようで、ちょっと自信なさげに伝えて来る。……パターンを変えても緩急を使うタイミングは変わってなかった?いや変わってたよね?
もう少しお話したかったなーと思ったら、水江さんは三振でワンナウト。続く詩野ちゃんは、ストレートを弾き返して出塁するけど、9番の優紀ちゃんがバントで根岸さんの正面に転がしてしまい併殺打に。何もさせずに立たせておけば良かったと御影監督は後悔していた。
3回はお互い三者凡退で終わり、1対1で迎えた4回表。先頭バッターの根岸さんは、セーフティバントを行う。
「えっ」
根岸さんのバントの構えを見て、ダッシュした私は思わず声を漏らす。根岸さんのバントで転がした先は、一塁線、智賀ちゃんの方向だ。
智賀ちゃんもダッシュはしていたけど、根岸さんのバントを見てから走り出すまでのタイミングが少し遅かった。そして智賀ちゃんは捕球した瞬間、前を通り過ぎる根岸さんを見て、タッチしに行こうとしてしまった。
智賀ちゃんはバント処理をしたグラブを差し出し、根岸さんはそれを避けて一塁へと滑り込む。……ファーストに送球した方がまだアウトに出来る可能性はあったけど、嫌らしいところへ転がした根岸さんの方が上手だったね。
ノーアウトランナー1塁となって、続く中口さんにヒットを打たれた優紀ちゃんは、ワンナウトランナー2塁3塁のピンチを迎える。スクイズ警戒で内野は前進、2塁にランナーがいるから外野も前進だね。だけどここで湘東学園のバッテリーは、勝負を避けボール気味の球だけで勝負。結果フォアボールになり、ワンナウト満塁。
先ほどの打席でライトフライを打った8番に打順が回り、彼女は先ほどの打席と同じようにように、今度はセンター方向へフライを打つ。これが犠牲フライになって、2対1。再度勝ち越しを決められ、湘東学園の面子にも若干の焦りが見え始める。
ツーアウトランナー1塁3塁と未だピンチで、大阪桐正は9番に代打を出してくる。春の選抜でも代打で出て来た長良さんだね。優紀ちゃんは初球、ストレートを投げ、それを長良さんは捉えた。
危ない、と叫ぶ間もなく鋭い打球は優紀ちゃんの脇を抜けようとする。しかし優紀ちゃんはその打球に右手を出し、嫌な音がマウンドで響いた。センター前へ抜けようかという打球を、優紀ちゃんは手で弾いて、一塁へと送球。スリーアウトとなり、この回の大阪桐正の攻撃は1点止まりで終わった。
「大丈夫だった!?」
「あはは……一塁へ送球した時、ズキっと痛かったし、もうダメだね。ごめん」
慌てて優紀ちゃんに駆け寄ると、右手は腫れていてとても投げられそうな状態じゃなかった。当たってすぐにこんな腫れるなら、骨にまでダメージがいっているかもしれない。
……あのまま打球が抜けていたら、センター前へと転がっていたからもう1点は失っていた。たかが1点、されど1点。今日の試合は、勝っても負けても高校生として最後の公式戦だ。
怪我をしてまで、1点を防いで欲しくはなかった。でもこの大きな1点を防いでくれた優紀ちゃんは、とても大きなことをしたと思ってしまう自分もいる。5回からは宮守さんが投げられるだろうけど……優紀ちゃんは身体を張ってまで失点を防いだ。このことを考えると、これ以上点を与えたくないなら、私が投げるべきだ。
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