第328話 連覇に向けて

神奈川県大会の決勝戦が終わった後、友理さんからは絶対に連覇してくれよと言われた。最終回まで私達相手に投げ続けて2点しか取られなかった友理さんが甲子園の舞台に立てないのは残酷なことだけど、その言葉を受け取って私達は甲子園へと向かう。最後の夏の甲子園、神奈川県の代表として史上6校目の春夏連覇に挑む湘東学園は、凄まじいほどの注目を集めていた。


「……何か不機嫌そうだね?」

「別に?試合間隔は短くなったけど、別に問題はないでしょ」


詩野ちゃんが不機嫌そうと言うけど、別に機嫌が悪いわけじゃない。甲子園での抽選会では湘東学園が山の一番右端、一番試合間隔の短い位置を陣取った。そして大阪桐正や報徳学園、その他諸々の強豪校が山の左側に固まったため、準々決勝まで強いところとは当たらない。


初戦の相手は、前橋徳栄高校。山の右側はシードになっている枠があって、湘東学園と前橋徳栄の試合は実質2回戦。前橋徳栄とは一昨年の夏に練習試合をしていて、その時は8対4で勝っている相手だね。あの頃は湘東学園もとても強かったわけじゃないけど、それでも勝った相手。向こうも成長しているだろうけど、こちらの成長力が負けているとは到底思えない。


向こうのエースはその練習試合で先発していた右腕で、最速129キロの速球に決め球のカットボールはそこそこ動く。カーブとチェンジアップを投げられるから緩急も付けられるけど……打ち崩せない未来が見えない。


「どちらかと言うと、控えの2年生左腕の方が打ち崩しにくそうですね。最速128キロの速球に、大きく曲がる高速シュートを投げてきます」

「シュート以外の変化球はフォームで見分け出来るけどね……。

2回戦の先発は久美ちゃんで行くから、お願いね」

「分かってます。

3回戦は島谷さんですか?」

「そうなるね。準々決勝と、決勝が優紀ちゃんの先発になるかな」


トーナメント戦で、勝った先の試合の先発のことを考えているとその前の試合で負けそうだけど、久美ちゃんも島谷さんも他校ならエース格というか、エースになってないとおかしい投手。久美ちゃんも島谷さんも、最速132キロを出すからね。最速126キロの優紀ちゃんは、やっぱり一回り遅く感じる。


甲子園では、結局番匠さんをベンチに入れることにした。宮守さんも入れたから、投手は私含めて6人体制。4人ぐらいが平均値だろうから、随分と頭数は多いけど、それだけ実戦で使える投手が多いのはメリットの方が大きい。番匠さんは代打で使っても良いしね。


1番 西野 優紀

2番 梅村 詩野

3番 江渕 智賀

4番 木南 聖

5番 実松 奏音

6番 水江 麻樹

7番 伊藤 真凡

8番 勝本 光月

9番 高谷 俊江

10番 春谷 久美

11番 島谷 浩美

12番 宮守 瑞輝

13番 番匠 留佳

14番 坂上 清香

15番 牛山 惠美

16番 熊川 茉莉

17番 関口 賢美

18番 中谷 雅子


いつも思うけど、県予選の時から2人ベンチ枠が削られるのは個人的には納得し難い。県予選では出場出来た2人が、甲子園には出られないということだしね。こういう時は3年生を優先したい気持ちはあるけど、来年以降も実力主義を貫けるよう、他の2年生を差し置いて番匠さんをベンチに入れた。


……金属バット相手でも球威で押せる投手は貴重だし、1年生時点での私の最高球速を上回っているし、打撃能力だけで見ても一発があるから入れない理由がない。


「実力主義を貫くなら、坂上さんより塩野谷さんじゃないの?」

「うーん、総合能力だとまだ坂上さんの方が上なんだよね。塩野谷さんは全く打てないけど、坂上さんは塩野谷さんよりかは打てるでしょ」

「捕手能力より打撃能力を重視するなら原田さんを入れたら良かったのに」

「捕手としての能力を重視してないわけじゃないから、現時点で坂上さんがベンチに入れる捕手としては最適解だよ。来年のことを考えるなら、塩野谷さんだっただろうけど」


詩野ちゃんが塩野谷さんを推していたのは、自分と捕手としての方向性が似ているからかな。でも現時点での総合的な能力で比較すると、坂上さんに軍配が上がる。久美ちゃんはそうでもないけど、優紀ちゃんや島谷さんは打てないタイプの投手だし、これに捕手まで自動アウトになっちゃうと9人中2人が欠けるから攻撃面で苦しくなっちゃう。


……来年スタメンマスクを被ってそうなのは塩野谷さんだけど。


「しかしまあ、初戦で大阪桐正は智伝和歌山と当たって2回戦では宝徳学園と当たるとか酷いくじ運だね」

「大阪桐正のくじ運の悪さは毎年の風物詩と化してますね。2回戦はまだ宝徳学園だと決まったわけじゃないですが」

「……宝徳学園視点も、1回戦が仙台育徳で2回戦が大阪桐正か智伝和歌山。宝徳学園は鑑さんを打ち崩せるか否かだね」


久美ちゃんに大阪桐正のくじ運の悪さについて言うと、まだ大阪桐正の2回戦の相手は宝徳学園で決まってないと言われる。今年の春の選抜甲子園で、湘東学園の準々決勝の相手は仙台育徳だった。エースの鑑さんは、宮城大会で最速135キロをマークしたドラフト候補。調子が良かったら、宝徳学園でも苦戦をしそうだ。


「……2回戦が大阪桐正と宝徳学園の試合になったとして、カノンさんは、どちらに勝ってほしいですか?」

「うーん、個人的な感情としては宝徳学園だけど、この2校の戦力差はほとんどないし……どちらが勝っても決勝まで来そうなことを考えると、春に勝った大阪桐正かな」


この1回戦2回戦で潰し合う4校が、湘東学園以外の優勝候補4校にもなっている。順当に行けば、大阪桐正か宝徳学園のどちらかが決勝の相手かな。

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