第302.5話 出会い

「あなたが丁寧な言葉でしゃべるところ、初めて見たわよ。

カノン先輩!春の県大会、1年生のために枠が空いているって本当ですか!?

……っぷふ」

「うるせえ。馬鹿にしに来ただけならぶん殴るぞ。

つーかわざわざ隣に座るな」


食堂で久しぶりに奏音と再会した番匠は、1軍の空いている枠に1年生が入るのかを尋ね、肯定の返事が返って来たことにモチベーションが高まっていた。そして食堂の空いている席に座ると、含み笑いをしていた園城寺が番匠のことを馬鹿にしながら隣に座る。


「……他の先輩にも、もう少し丁寧な言葉を使いなさいな。その調子だと、2軍にも選ばれないわよ」

「はあ?何で強くない奴に敬語使わないといけないんだよ」

「カノン先輩が強いというのは分かりますけど、あなた他の先輩にも打たれていたでしょう?カノン先輩以外にも、というか2年生の先輩方の大半はあなたより強いですわよ」

「俺が言いたいのは、そういうことじゃねえよ」


園城寺は、奏音以外の先輩に敬語を使わないどころか、失礼な態度を取っている番匠に注意をする。自身が大量失点を重ねた後、マウンドを引き継ぎ、1イニングは無失点で切り抜けた番匠のことを、園城寺は少なからず認めていた。


「あの人はな、俺が両手でフルスイングした金属バットを片手で受け止めたんだよ」

「……はあ?」

「しかも金属バットを、そのまま片手で分捕られた。あの時、俺は本能的にこの人がつええと感じた。絶対に敵わないとも思ったな」

「ちょっと待ちなさい。犯罪の自白を今ここでされても私が困るのだけど」


番匠は、自慢話のように奏音と出会った時の記憶を話す。番匠のもう片方の隣に座っている木場は「うんうん」と頷いているが、内容は立派な犯罪行為であり、園城寺は突っ込まずにはいられなかった。


「ヤーさんに媚び売っていた暴走族100人を前に1人で立っていた時より、威圧感あったぞ」

「あなたはあなたでどういう人生を送っていたのよ……」

「姉貴が裏でヤクザと繋がっていた暴走族を潰しに行った時、相手人数は129人でしたっす。

それを1人で壊滅させたんっすよ。凄くないっすか?」

「解説を求めているのではないわよ」


園城寺が番匠にドン引きしていると、園城寺の隣に塩野谷が座る。先ほどまでの話を少し聞いていた塩野谷は、情報を付け足す。


「ナイフや刃物を持っていた100人以上の暴走族を相手に喧嘩を売って、ほぼ無傷だった上に相手側には1人の死者も出していないようだよ。病院送りにしたのは47人いたそうだけど」

「……暴走族の相手は高校生、ですのよね?」

「いや、高校を卒業していた奴もいたぞ?」

「化け物ですの、あなた?」


番匠を怪物を見るかのような目で見る園城寺は、何でこういう話になったのかを思い出す。そして奏音が、番匠よりも力が強いということに気付くと、そこで思考が止まった。


「昔、奏音先輩と会ったことがあるようだけど、それはいつのことかな?」

「去年のGWの後だったから、1年ぐらい前だな。コンビニの前で、万札が大量に入っていた財布を見てなあ……」

「それで奏音先輩を襲ったとか、当時のあなたはどれほど狂暴でしたの?」

「仕方ねえだろ。それに、最初は少し金を分けてくれって話しかけただけだ。俺が不良や暴走族の連中を片っ端から潰したせいで、収入源が減ってたんだよ」


1軍の面子が帰って来たということで、入寮初日の時のように豪勢な昼食となっており、大量の肉が入ったすき焼きを頬張りつつ塩野谷は番匠に奏音と会った時の話を聞く。番匠は中学生になってからカツアゲをされた者から情報を集め、不良グループを潰して回り、被害者に金を返させては一部を謝礼として貰うということを繰り返していた。


すべての喧嘩で無敗だった番匠は、たった2年で神奈川の一番荒れていた地域の治安を完全に回復させた。そのため収入源が減った番匠は、課金に十数万の金を使っていた奏音に絡みに行き、言い合いになった後に金属バットを肩へ振り下ろす。


直撃を受ければ、間違いなく骨折は避けられない威力を誇る番匠の金属バットを、片手で受け止められた時に番匠は悟る。奏音は喧嘩を売ってはいけない相手だったと。そのまま金属バットを奪われた時、番匠は生まれて初めて死を意識したと言う。塩野谷は番匠の話を全て聞き入れるが、園城寺は未知の世界過ぎて脳が理解を拒んでいた。


「まあその後、何故か野球の指導になったんだけどな。結構長い時間、教えてもらったし勝負もしたぜ」

「それで、野球を始めたんですの?ということは、まさか野球歴1年未満……」

「中学3年の時にしか大会出場記録はなかったし、そういうことだろうね。木場さんも、その時その場にいたの?」

「いたっすよ。私もちょこっとだけ見てもらったっす」


園城寺は番匠の野球歴が1年未満だったことに驚愕し、塩野谷は何故番匠が中学3年生の時にしか大会に出場しなかったのかということの理解を済ませる。そうこうしているうちに昼食の時間が終わりかけていたので、4人は昼食を胃の中へ詰め込んだ。


昼食の時間が終わる頃、食堂の中央に立った奏音は大きな声で食堂にいる全員に話しかける。


「今から上級生側が自己紹介していくから、1年生は出来るだけ覚えて行ってね。

その後で1年生側が自己紹介していくから、1年生同士、顔と名前は一致するようにして欲しいかな。

じゃ、寮の部屋番号順に自己紹介していくね。まずは101号室から。

3年1組の実松奏音で、本職は外野手だけどサードもピッチャーもするよ。趣味はスマホゲーのモングラで、やり込んでいる人はフレンド申請したいから後でよろしく」

「同じく101号室、2年2組の木南聖です。先輩だけど、気軽にひじりんと呼んでいいからね。右投げ左打ちで、メインポジションはセカンド。U-18の日本代表候補に選ばれているから、来週あたりから1週間消えるけどよろしくね」


奏音から自己紹介が始まり、上級生側が次々と名前を言っていく中、必死に全員の名前を覚えようとする園城寺と、既に全員の名前を覚えている塩野谷、初めから覚える気がない番匠と三者三様の様子だった。

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