第284話 強み

3回裏、浜川さんの打順を迎えて及川さんは緩い球を投げる。投手の打席の時、手を抜く投手は多い。逆に1番から9番まで、全てのバッターに全力投球って投手は少ないんじゃないかな。最近は私も、かなり手を抜けるようになったし。


別に、これは悪いことじゃ無い。プロだって弱いバッターが相手の時は、手を抜くものだし、そうじゃないとスタミナが持たない。しかし浜川さんに、及川さんは気の抜けたストレートを投げ、打たれてしまう。


及川さんがあそこまで力を抜いたのは、それぐらい力を抜かないとストライクが確実に入らないからだね。コントロールの悪い投手が1番やってはいけないこと。それは三振を取れるバッター相手に四球を与えることで、それを回避しようとしたんだろうけど、及川さんは2番目にやってはいけないことをしてしまっている。


浜川さんにヒットを打たれ、上位に回って送りバントが成功する。ワンナウトランナー2塁になって、打席には2番の桐越さんが入る。この子は小柄だけど、スイングスピードは速い方だし、何より2軍で木製バットに1番適応しているバッターだ。


そんなバッターを、及川さんは今日1番のスピードのストレートでねじ伏せようとする。球速は、126キロ。及川さんも浜川さんも、1年生にしては本当にレベルの高い投手だし、島谷さんが居なければ湘東学園のエースを狙えるピッチャーだ。


だけど、湘東学園の打撃陣の方が強い。その勝負球のストレートを、芯で捉えてセンター返しにする桐越さん。浜川さんがホームに還り、1点差。1軍と2軍の試合は、分からなくなってきた。


3番の吉村さんがフォアボールを選び、ワンナウトランナー1塁2塁でチャンスが苦手な桧山さんが青い顔で打席に立つ。1点差で負けている3回裏、ランナーを2人置いた逆転のチャンスは、誰だって緊張するものだと思う。


「ガチガチじゃない……。それでもスイングのスピードが速いのは、振り込んでいる証拠ね」

「伊達にこの湘東学園で練習を積み重ねてないよ。ただチャンスの時には、ボールの下をバットが潜っている。しっかりとボールを見れて無い証拠だね」

「……それって、言っても治らないものなの?」

「何度も言ってるけど、打席に立つ度に頭から飛んでそうだね……」


桧山さんの打球は、高く上がってセンターフライ。タッチアップも難しく、ランナーはそのままでツーアウトになる。5番の佐原さんの打席では、2軍がダブルスチールを仕掛けたけど、坂上さんが3塁で刺してスリーアウト。


今のは3塁にランナーを置いて、及川さんにプレッシャーをかけたかったのかな。わりと及川さんは盗塁に対して無警戒な状態だったし、及川さんのコントロールの悪さを考えるとランナー3塁の場面は色々と危険だ。


3回の攻防が終わって、2対1は波乱が起きそうな予感。しかし4回と5回は互いに無得点に終わり、6回表。なかやんに続いて牛山さんにもホームランが飛び出し、3対1と2点差になった。


6回裏のマウンドには宮守さんが登るけど、回跨ぎをするのかな。宮守さん、スタミナ的には問題が無いんだけど、回跨ぎをするとコントロールが乱れやすくなるんだよね。だけど今日、その症状を発症させれば1軍と2軍で10人ずつの入れ替えが起きる。


「……宮守の調子の方は良さそうだね。あの縦スラだけを極めるやり方には、もう反対しないよ」

「お?前まで宮守さんには球種を増やせって言ってたのに、どういう心変わり?」

「強みをひたすらに伸ばすのも、大事だって思うようになっただけ。まあ、カーブぐらいは実戦で投げられるようになって欲しいけど」


詩野ちゃんが、宮守さんの実力を認める程度には宮守さんの球は打ちにくい。縦スライダーは、投げる人によっては同じ縦スライダーとは思えないぐらい質に差がある。


特に最近は、三段階で変化量を操れるようになった。これは実質、打ち辛い変化球を3球種持っているのと同じで、打者はほぼ当て勘で変化量を見極めないといけない。落ちるまでの球筋はほとんど一緒だし、落ちてからの対応が出来るバッターは高校生レベルだとほとんどいない。


だからこそ、宮守さんには2イニング目も投げれるようになって欲しい。そう思っていたら、6回裏を宮守さんは三者連続三振で抑える。7回表の1軍の攻撃は0点に終わって7回裏、最終回の攻防は2点差で、バッターは4番の桧山さんから。今回の桧山さんの打席は、チャンスでは無いね。


……あ、これは打たれる。


「打った!?これは……入るわね」

「チャンスじゃなければ、6割ぐらいは打つんだよね」


最終回、ノーアウトから桧山さんがソロホームランを打って、3対2と2軍は1点差に詰め寄る。……今日の試合、3本のホームランが出て結構大味な試合展開だけど、湘東学園らしいといえばらしいか。


1点を取られて詰め寄られた側の1軍は、それでも宮守さんにマウンドを託すしかない。そして押せ押せムードの2軍の5番からの打順を、宮守さんは3人で抑えて試合終了。1軍vs2軍は、3対2で1軍が勝利した。

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