第247.5話 捕手の差

湘東学園対向中高校の試合は、4回表が終わって1対0と湘東学園がリードしていた。しかし4回裏に、西野もピンチを迎える。ノーアウトランナー1塁2塁で、バッターボックスには向中高校の4番である須藤(すどう) 美和(みわ)が立った。


(……まだ優紀のナックルは真ん中に行くことが多いけど、これだけ球種があるのに甘い球を迷わず振り切れるのは鍛えられてる証拠だね)


西野のナックルは未だに未完成であり、真ん中に行くこともある。それをランナーがいる状況で捉えられて冷や汗を流した梅村だったが、湘東学園の外野陣の優秀さに助けられて1塁ランナーは2塁で止まっている。


(私達の世代で、3強から声がかからなかった人の次の候補は向中高校だった。須藤さんは、厚木ガールズの元4番だったかな)


2年前まで、神奈川で甲子園を目指せると言えば東洋大相模、横浜高校、統光学園の3校だった。しかしこの神奈川の3強は入るまでが厳しく、入ってからも競争率が高い。そして次点として、向中高校の名前が上がるぐらいには向中高校に人気があった。


(まあ、私は東洋大相模と統光学園から声がかかっていたけど。

……声をかけて来た高校のことは、有名無名関係無く全部調べた。そうしたら、湘東学園に薄気味悪さを感じた。学園長が実松姓の時点で、予感はしていた)


前の打席は三振に抑えているため、力が入っている須藤を見て梅村はシンカーで打ち取らせる計画を立てる。追い込んでから内角低めへシンカーを決めるため、初球は外にストレートを外した。


(……シュートでファールを打って貰って、チェンジアップに空振りして貰おうかな)


続く2球、西野の投げる球は枠内に入っており、須藤は両方ファールにする。追い込まれた須藤は、バットを短く持った。


(ここで負けたら、私がここに来た意味が無いんだよ。だから、この球で沈んで)


カウント1-2から4球目。須藤はシンカーを打ち、ショート方向の小フライになる。ショートの水江は飛び込んで捕球し、2塁へ送球。セカンドの木南はその送球を捕った後、素早く1塁へ投げた。


ランナーが2人とも跳び出していた結果、最悪のトリプルプレーとなって向中高校の攻撃は0点に終わってしまう。西野の球速が遅く、ランナー達がセカンドリードを大きく取っていたことも災いした。


「ナイスキャッチ!トリプルプレーは、珍しいなぁ」

「今のは、気付いたらグローブの中に入ってました。飛び込むのは、楽しいですね!」

「……今のは、ワンバウンドで捕ってもゲッツーは確定だったし無理しなくても良かったんだよ?

でも、ナイスキャッチ」

「お?詩野ちゃんが珍しくデレた」


試合は徐々に、湘東学園のペースになる。序盤は鳴りを潜めていた打線も、少しずつ石戸の球を捉え始め、5回表に2点、6回表には3点の追加点を取り、試合は6対0と6点差に広がった。


「……悪い癖が出てる。千野ちゃん、1人で抱え込んでるよ」

「ん?何か言った?」

「何でもないよ。

優紀は点取られても、そんなに責任は感じないでしょ?」

「うっ。

いや、責任を感じる時は感じるよ?でもどうしようもない時とか、あるじゃん。

それにカノンとか、点が取られたらホームラン以外野手の責任って言ってるし」

「そう。ピッチャーは、そのぐらいの気持ちで務めないとね。

……あまり気負い過ぎると、どんどんボロが出るよ」


6回表は3点を取ってなおもワンナウト満塁とするが、ここで勝本の打球がセカンドゴロになって併殺打となってしまう。6回コールドはなくなったことで、湘東学園は7回まで試合をすることが確定した。


6回裏のマウンドにも西野が登るが、3巡目に入ると向中高校もタイミングを掴める。しかし、タイミングは掴めても狙い球は絞り辛く、山を張っても梅村が見抜く。4番の須藤は先程のお返しとばかりにツーベースヒットを打ったが、後続が続かずに無得点。


7回表にも湘東学園は2点を取り、試合は8対0で湘東学園が勝利した。湘東学園の準々決勝進出が決まり、カノンがいない間に敗退するということも無くなったために梅村はホッとする。


副キャプテンとして、背負っているものは大きかった。そして向中高校のベンチ内で号泣する石戸の姿を見て、胸が痛んだのと同時に、何処かに溜まっていた不満や怒りが消えスッとする気持ちにもなる。


湘東学園の次の相手は既に何度か戦ったことのある慶凰大付属藤沢高校に決まり、カノンと伊藤が帰って来ることから既に湘東学園のコールド勝ちが予想されている。御影監督はミーティングの場で、ベストメンバーになるからといって油断はするなと告げ、試合後にも関わらず練習を開始した。


湘東学園が片手落ちの状態にも関わらず、順調に勝ち進むのとは裏腹に、統光学園は苦戦を重ねる。しかしながら、3回戦4回戦と勝ち進むに連れてチームの状態が良くなっていることを春谷と梅村は察した。統光学園もU-18W杯が終われば友理と新開という2枚看板が復帰するため、湘東学園と決勝で当たる可能性は高い。

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