第236話 得失点差
私は甲子園で大阪桐正を相手に長いイニングを投げた時、速度の落ちた強ストレートで抑えていた。あの試合の後、詩野ちゃんや御影監督とも相談してストレートは強ストレート一本で練習した方が良いという決断を下した。
ついでに強ストレートを投げる時、私は思いっきりスピンをかけるイメージで投げていたけど、実際には回転軸がほぼ垂直になっていることの方が重要なことだった。実際に浮き上がるわけじゃないけど、綺麗なバックスピンがかかったストレートは空を切る。
……そんなストレートは、2人目にあっさりと打たれてワンナウトランナー1塁。別に魔球というわけじゃないし、イングランド代表の打線にもなれば対応出来ないほどのボールでは無い。
続く3人目のバッターを、シュートで打ち取って4-6-3のダブルプレー。何とか8回裏を3人で抑え、試合は最終回に移る。
9回表を迎えて、バッターは2番の真凡ちゃんから。2点差あるとは言っても、点を取りに行かないわけには行かない。W杯のリーグ戦では、得失点差で泣いた国が幾つあるか分からないぐらいだ。
特に強い国が3つある場合、2勝1敗で並ぶケースが多い。日本がドミニカに勝てるかは怪しいし、ドミニカが必ずイングランドを倒せるとも言い切れない。
一応、ドミニカ戦に芳田さんをぶつける辺り、岡沢監督は全部勝ちに行くつもりだろうけどね。芳田さんのナックルは、藤波さんや大槻さんの140キロのストレートより世界へ通用する武器だし、ドミニカ代表の面子もナックルボーラとの対戦経験は多くないはず。
イングランド代表は5人目の投手の用意をしているから、また私の前で投手交代かな。そう思っていたら真凡ちゃんがヒットを打って、本城さんの前で投手が代わる。イングランド代表は投手が11人いるから、日本より1人余裕があるんだよね。
球速は120キロ台後半と、完全に軟投派の投手。データの少ない投手を投じて日本の追加点を防ぎに来るということは、まだイングランド代表は試合を諦めていないということだ。
緩い変化球に本城さんは完全に詰まった当たりになり、真凡ちゃんがセカンドでアウト。ランナーが入れ替わってワンナウトランナー1塁になり、私の第5打席を迎える。既に意図せずサイクル安打を達成しているし、気持ち的には楽なんだけど、もう1点でも多く欲しいな。
……この試合は、見せ球が低めに来ることが多かった。たぶんキャッチャーの性格なんだろうけど、一球外す時に低めを要求するのは別に悪いことじゃない。だけど決まって、落ちる変化球か直球だった。
普通、低めのボール球は分かっていても打ちには行かない。芯に当て辛いし、長打にはなりにくいからだ。だけど私は、普通じゃないんだな。ファールを打って2球目。確実に来るだろうと思っていた内角低め、ワンバウンドしそうなボール球を捉えてスタンドまで運ぶ。
7対3と、4点差になって試合が決定付けられる。9回裏、イングランド代表の攻撃は直球に強い代打が連続で出て来て、2人とも縦スラを詰まらせてツーアウト。ラストバッターは、空港で助けてくれたイーディスさんだね。
あの時の事は感謝しつつ、変化球を使って追い込んだ後は自己最速の140キロのストレートをインハイに投げて空振り三振。スコアボードには9回裏にも0と表示され、日本代表は本戦予選の一試合目を勝利した。
「何とか、勝てたわね」
「順当、と言えるほど順当な勝利じゃなかったけど、投手陣が相手打線を抑え込んだお陰だね」
「あら?それは自画自賛かしら?」
「違うけど、打撃陣を褒めたらそれはそれで自画自賛になるじゃん。今日の7点、全部私が絡んでいるし」
「……5打数5安打2本塁打5打点は、本当に化け物よね。この野球星人は、どこまで成長するのかしら?」
試合後に真凡ちゃんと話していると、裕香ちゃんが割り込んで来て私の頭をペシペシ叩く。たぶん私を雑に扱えるのは、裕香ちゃん以外いないんじゃないかな。いや、篠宮先輩や桧山先輩とか結構いたわ。
同時に行なわれていたドミニカ対スイスの試合は、9対0でドミニカが勝利している。スイスも強いはずだけど、ドミニカ代表の選手達はもう生物として違うんじゃないかと思うぐらいには身体の厚みや大きさが違うからね。
日本代表の面子も、3年生達は基本的にスポーツをしていない同じ日本人と比べると二回りぐらいは身体が大きい。山村さんとかぽっちゃりしているせいかかなり大きく見えるのに、ドミニカ代表の面子と比べると小さく見える。
……そもそも、ドミニカの人とは骨格から違うから身体能力の面ではどうしようもない壁もあるけどね。ただ今大会の登録選手の国別平均体重で、1番重いのもドミニカらしい。まずはスイスに勝って予選通過をほぼ確実なものにしたいけど、スイスはエースをドミニカ戦に出さなかったから、嫌な予感しかしない。
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