第233話 一試合目

U-18W杯本戦予選の試合が始まり、Dブロックの1試合目はイングランド対日本の試合だ。試合は日本の先攻で始まって、相手のマウンドにはジェニファーさんが登る。ドミニカ戦にぶつけないということは、ここで確実に勝ちに来る算段だと思う。


……イングランドにとっても、日本戦は落とせないからね。北米予選でカナダに負けたとはいえ、世界ランク3位のドミニカもいることだし、彼女達の認識としては日本と2位争いになる、みたいな感じじゃないかな?


1回表は、1番の赤石さんから。追い込まれてから1球ファールで粘って、ストレートを引っ掛けてショートゴロ。赤石さんの足が速いから内野安打になるかと思ったけど、相手の守備もレベルが高い。


ワンナウトから2番の真凡ちゃんが打席に立つけど、ストライクゾーンギリギリの低めの球をカットするのも大変そう。カウント1-1から、ファールで粘ってあっさりと追い込まれた。




(っく、駄目ね。カットするのも辛いわ。

そもそも、ストレートの平均が130キロ台前半というのも普通に速いのよ)


追い込まれてから4球目。伊藤は外角低めにコントロールされた132キロのストレートを打ち損じてファールになる。続く5球目は高めに外れてボールとなった。


(……チビで悪かったわね。読唇術が使えるわけじゃ無いけど、今の口の動きはruntでしょ。カノンに一通り、そういう言葉は教えて貰ったわよ)


5球目がボールとなり、僅かに苛立ちを見せたジェニファーに対し、伊藤は相手がコントロールに苦しんでいることを察する。1番の赤石が長身のため、ジェニファーにとって伊藤は随分と小さく見えた。


長身の投手がリリースポイントを高くすると、ストライクゾーンの低めに決まった時に角度が付いている状態となる。一方でリリースポイントが高いと高めに行きやすく、失投することも多い。


ジェニファーはその失投を、高めギリギリに決まるコースへコントロールする術を持っている。基本的には低めに集め、意表を突くかのように高めのストレートで空振りを誘う。その常套手段が、伊藤の持つ低身長という武器に潰された。


伊藤は6球目のスプリットを見送り、フルカウントとなって7球目。高めに外れたストレートを見送ってフォアボールとなる。これでワンナウトランナー1塁となり、バッターボックスには本城が立つ。


(……高めに決めに来る球は、抜け球なのかな?真凡さんのお陰で、分かったことは多いかもね)


伊藤への攻め方に、違和感を覚えた本城は高めに来るストレートを待つ。しかし伊藤とは逆に、本城は高身長だ。ジェニファーにとっては、ストライクゾーンが大きく見えたことによりストレートの勢いは増す。


結果、低め中心の投球で追い込まれた後に高めのストレートを打ち上げてセカンドフライに倒れる。ツーアウトランナー1塁になって、日本代表の4番、奏音が打席に向かった。




「低め中心で追い込まれた後に、高めに来られたら分かっていても厳しかったよ」

「相当、高めのストレートも練習はしているはずですからね。真凡ちゃん相手にそれが通じなかったのは、幸運でしたけど」


真凡ちゃんが四球で出塁した後に本城さんが打ち上げてしまい、真凡ちゃんは動けないまま私が打席に入る。こうして見ると、本当にジェニファーさんは身長が高いし圧が凄い。


初球、内角低めに135キロの速球が決まる。うん、まあ、凄い投手ではあるし、将来的にはメジャーにも届くのだろうけど……。


前世の高校では、このレベルの投手がゴロゴロ2軍で燻っていたんだよね。中には身長が190センチを超える投手もいて、私もよく手合わせはして貰っていた。高身長投手が投げる独特な角度の速球は、経験を積まないと捉えるのは難しい。


イメージはまだ残っているし、使える。2球目の変化球を見送り、カウント0-2と追い込まれてから3球目。外角低めの速球を捉えてライトスタンドまで運んだ。ツーランホームランになって、2対0と日本がリードをする。


先制して勢い付いた日本代表は続く大村さんがヒットを打つも、6番の裕香ちゃんがサードゴロに倒れてスリーアウト。このリードを大事にしたい日本の先発は、和泉大川越の大槻さん。


この人もわりとおかしな野球人生を送っているけど、本格的に成長し始めたのは2年生の夏頃ぐらいからだし、覚醒した投手、みたいな感じ。そのきっかけは、湘東学園との練習試合かもね。あの頃の大槻さん、最速が128キロだし、そこから1年半で10キロ以上も最速が伸びるのは稀なケースだと思う。


大槻さんは初球、ストレートを相手の1番バッターの懐に投げ込む。その球速は、139キロ。昨年の春先の立ち上がりが悪いという欠点は完全に克服していて、藤波さんに負けないストレートを投げている。


そんな大槻さんの球を、イングランド打線は簡単に捉えた。ノーアウトランナー1塁3塁から犠牲フライで1点を失い、続く4番のツーベースヒットであっさりと同点になった。


……両投手が良いのに、打撃戦になりそう。これは継投のタイミングも重要になりそうだけど、次戦が日本はスイス戦でイングランドがドミニカ戦というのも影響しそうかな。1回の攻防が終わって、2対2の同点はちょっと予想外の展開だね。

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