第231.5話 最後の年
今年も秋季神奈川県大会の1回戦が各地で行なわれ、選抜甲子園に向けて準備して来た多くのチームが、1回戦負けをした。今年は地区予選で1位通過をしていても1回戦から始まる高校が多かったために、点差が付く試合も多かった。
湘東学園の相手となる下荻野高校は1回戦で厚木清陵を6対0で降し、2回戦に進出。下荻野は昨年の夏の5回戦でも湘東学園と戦っており、その時は5対0で湘東学園が勝利している。中堅校の中でも、勝ち上がる確率が高い高校だ。
「油断してたら、スタメンから降ろすからな。ベンチ入りした者は特に、1打席毎に結果にこだわりや」
湘東学園は先日、背番号の受け渡しがあり、御影監督がベンチ入りを果たしたメンバーに、背番号を渡している。奏音と伊藤が居ないため、現時点では18人に背番号が配られている。
1番 西野 優紀
2番 梅村 詩野
3番 江渕 智賀
4番 木南 聖
5番 実松 奏音
6番 水江 麻樹
7番 伊藤 真凡
8番 勝本 光月
9番 高谷 俊江
10番 春谷 久美
11番 島谷 浩美
12番 宮守 瑞輝
13番 坂上 清香
14番 原田 文華
15番 牛山 惠美
16番 熊川 茉莉
17番 関口 賢美
18番 中谷 雅子
19番 上田 香衣
20番 下田 海里
3年生が抜けた分、1年生が1軍に昇格しており、20人のベンチ入りメンバーがいる。ショートのレギュラーに抜擢されたのは水江であり、勝本はセンターのレギュラーを任された。守備範囲の分、上田や下田より上だと判断されたためである。
そして試合日前日、奏音と伊藤が居ない間、サードのレギュラーは関口が、レフトのレギュラーは中谷が務めることになった。初戦となる2回戦のスタメンも発表され、エースである西野が先発に起用される。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 右翼手 高谷俊江
2番 捕手 梅村詩野
3番 二塁手 木南聖
4番 一塁手 江渕智賀
5番 中堅手 勝本光月
6番 遊撃手 水江麻樹
7番 左翼手 中谷雅子
8番 三塁手 関口賢美
9番 投手 西野優紀
夏の甲子園で、唯一大阪桐正を苦しめた高校として注目度の高い湘東学園の秋の初戦が始まった。西野はマウンドへ向かう最中に、梅村へ話しかける。
「夏が終わって、もう私達の高校野球生活は丸1年も無いんだよね」
「……もう、私達にとっては最後の秋の大会だからね」
「うん。選抜甲子園優勝を目指すにしても、まずはここからだし、頑張るよ」
1回表。下荻野高校の攻撃から始まった試合は、西野が三者凡退で抑える。僅か5球で相手の攻撃を終わらせた西野は、上機嫌でベンチへ戻った。
「ナイスピッチ。合宿の疲労は抜けた?」
「ううん。少し残ってるかも。でも、それでも抑えられそうだよ」
「……投球中に違和感があったら、すぐに言うんだよ?」
「いや、そういうのじゃないよ。ただなんか、成長したなーって」
合宿での疲れが残って無いか、梅村が聞くと西野は大丈夫と答えながらも肩を回す。それを見て無理をしていないか心配になった梅村だったが、西野は疲れが残っていて球が走って無くても相手を抑えられたことに、確かな成長を実感していた。
1回裏、湘東学園の攻撃は1番に抜擢された高谷から。チーム内でも足が速い高谷は、木南より1番に向いていると御影監督が判断した。
下荻野の先発は、1年生ながら最速で123キロを投げる速球派の投手。しかしこれまでに湘東学園が打ち込んで来た投手達と比べると、遥かに見劣りする投手であることは事実だった。
高谷がセンター前ヒットで出塁すると、即座に盗塁で2塁を陥れる。続く梅村がツーベースヒットを打って、あっさりと先制点を獲得。聖が四球を選び、江渕がヒットで続くと、ノーアウト満塁で勝本の打席を迎えた。
「……あの子は、大丈夫ですかね?」
「わからん。ただ、格好付けやプロを目指すために木製バットを使い始めたわけやない。あれは糸留のフォームに似とるが、勝本は今、自分で答えを見つけようとしとる。まあ、何とかなるやろ」
勝本はフォーム改造の結果、木製バットを持つようになり、明らかに打球は飛ばなくなった。糸留のバッティングフォームを、一から模倣しようとした結果でもある。それでも合宿後、誰よりも高い野球への執着心を発揮し、徐々にそのフォームを自分に合ったオリジナルのものへ改造していた。
勝本は初球をファールにし、2球目をライト方向へ引っ張って打った。打球は高く上がり、下荻野のライトが捕球し、犠牲フライとなる。湘東学園はこれで2点目を追加し、水江がスクイズを成功させ、1回裏終了時には3対0となった。
湘東学園はその後も追加点を加え、西野は1人のランナーも出さずに試合を終える。5回まで打者15人に対し、三振数は3つと少ない。しかし西野は、参考記録ではあるが完全試合を成し遂げた。
2回戦を14対0で勝った湘東学園は、次戦の金澤高校戦に向けて準備を進める。今年の南神奈川県大会でベスト4入りを果たしている高校であり、決して楽な相手ではなかった。
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