第225.5話 イメージ

合宿5日目。ベストを着て練習をした次の日に、ベストを外して練習をするということを繰り返し、徐々に臨時コーチである糸留の意図を考え始める部員達も出て来た頃。中谷と高谷は、揃って夜の自由時間に素振りを始めた。


「なかやんはそろそろ、意図が見えて来た?」

「んー、分かんない。何となく、絶不調にさせたいんだなってのは分かるけど、そうさせたい意図が見えないよ」

「……それが分かっているなら、その先の意図も分かりそうなものだけど。ただ、私も答えはぼんやりとしか見えて来ないかな」


合宿4日目の朝に、糸留は合宿7日目の夜に答え合わせと合宿後半の予定を話すと言った。この時点で糸留に意図があることを把握していた者は僅かだったが、たった今、中谷と高谷が答えに辿り着こうとしていた。


「最初は、軽すぎると思ったんだよね。自重の2割までって、私の場合だと10キロぐらいになるから、負荷としては微妙だった」

「……私は12キロ近く背負うことになったし、軽いとは思わなかったよ。ただ、着けたり外したりするのに意図はあるんだろうなぁって」


高谷は合宿初日の練習を終えて、軽すぎると思った。全員が自主練習を始めた上、その時に練習が軽いことを疑問に思った部員が口に出したりしている。その時に糸留から、合宿の4日目、7日目、10日目に練習量を増やすということも告げられた。


案の定、4日目は練習時間が増え、偶数日ということでベストを着ていないのにも関わらず疲労が溜まる練習だった。合宿5日目の今日は、ベストを着て少しハードになった練習を受けている。


この調子だと、7日目はかなりハードな内容になることは予想できた。7日目にベストを着ていることを考えると、合宿を前半と後半で分けた意図のようなものも2人は感じ取れていた。最初の挨拶の時に、合宿の後半から技術的なことや精神面のことも教えると言われていたことを憶えていたからだ。


同じノックの時間でも、打球の鋭さや頻度が違えば練習量は変わる。飛ぶ位置によって運動量は変わる上、段階的に難易度を上げるノックを打てる矢城が居る以上、少しずつ打球の処理が難しくなっていくことは分かっていた。


ベストを着ながら受けるノックは、身体が思うように動かず、まるで絶不調に陥ったかのような錯覚も覚える。身体が他の1年生よりも出来ている2人は、真っ先にこのことに気付いていた。


「本当なら、7日目に気付いて欲しいのだと思う。疲労が蓄積して、ベストの着脱のせいで身体が思うように動かない場面で、それを何とかする術みたいなものを見つけて欲しいはず。身体の強化云々は、サブ目的だね」

「ああ、そっか。その何とかする術を、自分で見つけて欲しいのかな?」

「うん。でも、今日の時点で私はある程度理屈で分かったよ。なかやんはそれを、無意識の内にしていると思うけど」


高谷はベストを着ながら、素振りを続ける。昨日とは違って、ベストを着たことで全身が重く感じる高谷はいつものスイングが出来ていない。それを修正するため、あることを行なう。


「……イメージ、かな?」

「たぶん、それだね。頭をフル稼働させて、自分の動きのイメージを作り上げる。自身の身体の動きを、調子も考慮して想像するのが正解だと思いたいよ」


2人は最終的に、イメージという答えに辿り着く。普段からイメージは大切にするようカノンから言われている部員達だが、本気で自身の身体の動きを細部までイメージしてそれを実践する部員はあまり居なかった。


「というか、気付いてしまえばヒントはそこら中にあるよね。ブドウ糖のラムネとか、完全に脳の餌だし」

「頭を使えって、ことだったね。私の学力、学年最低レベルなんだけど」

「イメージ力と学力は、流石に比例しないと思うよ。集中力とかは、人それぞれだと思うけど」


守備でも、打撃でも、このイメージという武器は使える。体調を崩したり、調子を落とした時に、通常通りの力を発揮するためにも使えそうだと高谷は感じていた。


「と言っても、サブ目的っぽい身体を鍛える方も本格的だね。何だかんだ言って、下半身が辛くなって来たし」

「うん。そして合宿後半のスケジュールを渡されていないことに、私は恐怖を感じているよ」


より鮮明に自身がボールを打つ姿をイメージしながら素振りを繰り返していくと、徐々に自身の動きはイメージに近づいていくことが感じ取れる。自力で答えに辿り着いた2人は、7日目に答え合わせをすると糸留が言っている以上、このことを特に他の部員へ教えたりはしなかった。


高谷も中谷も、自身で答えを見つけることに意味があると感じたからだ。合宿5日目終了時点で、イメージという答えに辿り着いたのは2年生の4人と、1年生では高谷と中谷以外に水江だけだった。そしてこのイメージという答えを、最初から知っていた人間は木南と勝本の2人だけだった。

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