第216話 再抽選
甲子園から帰って来た次の日。今日は3回戦と準々決勝の中日ということで甲子園では試合が無く、準々決勝のための抽選を行なっていた。寮に帰って来て一気に日常生活感が戻ると、気になるものは気になってくるね。
そして再抽選の結果、明日の第1試合は銀光大阪対統光学園、第2試合は大阪桐正対宝徳学園とのことなので、決勝で大阪勢対決再びとはならないことが確定。準決勝で大阪勢同士の対決になる可能性は、わりとあるけど。宝徳学園も統光学園も、注目選手は2年生だし。
第3試合は金芦農工対龍安大平刻で、第4試合は習志野対広綾だからこっちの組はどこが決勝に行くか分からない。前の山に、強い高校が固まった感じはするね。明日の試合を観るのはどうしようか考えながら練習を開始すると、グラウンドの入り口から1人の少女が突入して来た。
「カノン!バット返せやゴラァ!」
……その少女は、数ヵ月前に出会った不良の女子中学生だった。
「……何で、3ヵ月も経ってから来たのさ」
「あ?そんなの、どこの学校か分からなかったからだよ。
と、そうだ。この学校、スポーツ推薦で入れるんだよな?」
「入れるけど、もう締め切ってるよ」
「はああ!?前に来た時は、野球部が帰って来てからにして下さいって言われたぞ?」
どうやら野球を始めてから初めて甲子園を見て、それから私が奏音だと知ったみたい。そして、湘東学園の推薦枠を狙っていた模様。この子は私に野球を教えてもらった後、本当に中学の野球部に入部して、エースと4番を強奪。万年1回戦負けだった弱小校を4回戦まで導いたとか。
……推薦枠は、テストもするけどぶっちゃけ出来レースなんだけどね。強豪ガールズの選手にこちらからお願いをして、テストを受けて貰って合格を出す感じ。今年はもう3人の枠を確保しているから、この子の枠はもう無い。
とは言っても、理不尽ではあるからテストはしようか。まずこの子の口調をどうにかしたいけど、バットを借りパクした負い目はあるし、既に一度来ていたみたいだしね。後回しにしたのであろう教員は後で探し出す。
学園長にお願いすれば、来年から推薦枠は4枠になるかもしれない。何度言っても難しいって返答だったけど、既に合格させたい人が4人いる状態なら話が通るかもしれないし。
「ところで、名前を聞いてなかったけど良いかな?」
「俺の名前か。番匠(ばんしょう) 留佳(るか)だ。番長と言ったら怒るからな?」
もしも彼女の話が本当なら、推薦枠を使う価値のある才能の持ち主かもしれない。野球を初めて、2ヵ月で初めての大会に出場し、エースで4番で勝ち上がる。チームワークとかボロボロだろうし、それで勝ち上がっていたのなら大したものだと思う。
「エースで4番ということなら、10球勝負で良いかな。投手として10球、バッターの私に投げて、バッターとして10球、私の球を打って」
「それだけか?それで勝ったら良いのか?」
「勝つ?
……もし私に勝ったら、入学金授業料寮費その他諸々無料にしてあげるよ」
「マジか!じゃあ先に投げて良いか?」
勝手に話を進めてしまったけど、投打で私に勝てるなら頭を下げて来て貰う必要があるし別に良いや。ということで事情を御影監督に話して、一時的にマウンドへ上がらせる。上背はある方だし、まだ野球を初めて3ヵ月なのに風格はあるね。
「……あいつ、本当に初心者なんか?」
「マジで初心者でしたよ。少なくとも3ヵ月前は、バットの振り方さえ知りませんでした」
番匠さんの球速は、御影監督の手元にあるスピードガンで126キロ。天才野球少女と呼ばれた根岸さんの中学3年生時点の球速は131キロだから、それと比べると5キロ遅いけど中学3年生ならかなり速い球だ。ただ、コントロールは荒いし変化球も無さそう。
「よし、肩温まったし勝負だ」
「え、はや。まだ10球も投げて無いよ?」
「10球も投げれば十分!しゃ!行くぞ!」
10球勝負だから、全球ホームランにすることも可能だけど、向こうも勝てそうな方がやる気も出るはず。だから私は、バットを片手で持つ。
右腕一本で、フェンスまで打球を飛ばす。投球練習の時より少し速かったけど、130キロは行ってないかな。まあ、才能の塊みたいな人だね。
その後もホームランを打ち続け、結果的に10球全てを片手でフェンスまでかっ飛ばした。
「……俺も10球、ホームランにする必要があるのか。打てなかったらその時点で終わりだな」
「いや、合格するために勝つ必要は無いから落ち着いて?あと同点なら、番匠さんの勝ちにするから」
「落ち着いてるって。結構無理してお願いは聞いて貰っていることぐらい、わかってるし」
甲子園での私の活躍を見て、それでも勝つと言って来た辺りは本物の馬鹿なのかもしれないけど、中学3年生のポテンシャルとして考えると凄い方だと思う。打撃の方も、手の平が3ヵ月前とは明らかに違うし、期待は出来そう。
お互いに位置を入れ替えて、打席に立つ番匠さんを見つめる。その構えは初心者とは思えないほどに、堂々としていた。
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