第201話 既定路線

私達が試合に勝った日の翌日。当然ながら、新聞や朝のニュースでは大阪桐正と湘東学園の活躍が注目された。


『大阪桐正と湘東学園。勝つのはどっちだ!』

『藤波、甲子園でも140キロをマーク。カノンは登板せず』

『技で抑える西野。朝日川大付属を相手に2安打完封』


「流石に大阪桐正と湘東学園を並べて『勝つのはどっちだ』は、沖田学園と高岡工業に失礼じゃない?」

「世間はもう、大阪桐正対湘東学園の3回戦にしか意識が向いていないということですね」

「……久美ちゃん、おはよう。見かけないなと思ったけど、いつから後ろに居たの?」

「カノンさんが起きた時から、ですよ?」


大会3日目の今日から大会9日目の2回戦まではずっと試合が無いので、どこかで練習試合を入れようか迷ったけど、入れないことにした。放っておいてもほとんどが自主的に練習をする子達だし、練習試合をすれば絶対に目立つからね。どう足掻いても大阪近辺で練習試合をすることになるから、大坂桐正の偵察班やデータ班が総動員で見に来そう。


今日の試合が行われる第三ブロックは甲子園で名前を聞く高校が多く、世間では死の組とか言われている。第1試合が和歌山代表の智伝和歌山対滋賀代表の北近江高校で、第2試合が西大阪代表の銀光大阪対南群馬代表の前橋栄徳。関西勢が多いからか、甲子園は今日も超満員状態だ。


第3試合には合同合宿でお世話になった上松さんのいる三島東高校も出て来るけど、地味に三島東はくじで良い所に潜り込めたというか、第三ブロックの決勝までは簡単に勝ち上がるんじゃないかな?まあ、湘東学園と似たような位置だと思う。


「銀光大阪は、西大阪大会で履陰社を打ち破っただけはあるね。前橋栄徳を相手に、2対0で完封勝利かぁ」

「どちらかと言うと、銀光大阪は投手力で勝って来たチームです。履陰社が1点しか取れてませんでしたし、西大阪大会での失点はこの1失点だけでした」

「投手力もそうだけど、守備力は尋常じゃないよ。一二塁間、二遊間、三遊間を抜けるヒットがほとんど無かったし、外野手の守備範囲は超広いし」

「外野手全員、打球が飛んだ瞬間から目線を切って走り出すのは凄いですよね」


今日は午前だけ練習場を借りて練習し、昼食時には三島東高校の応援をすることにする。1試合目と2試合目の試合時間が凄く短かったから、遅めのお昼ご飯を食べる時間帯にちょうど試合が始まった。


「相手は益田西高校って、島根代表か。……これまた点差が付きそうな試合になりそうだね」

「……島根って、広島の上で鳥取の左?」

「……えっ?優紀ちゃん。流石に日本地図ぐらい、頭に入ってるよね?何で今、凄く不安気だったの」

「う、うん。憶えてはいるけど、ちょっと自信が無くなっただけだよ。……昔は鳥取と島根を、逆に覚えてた人間だし」


久美ちゃんと話しながら試合の観戦をしていると、優紀ちゃんがとんでもないことを言い始めたので日本地図が頭に入っていない部員がいるのではないかという疑惑が持ち上がる。世の中には全都道府県を言えない人もいるということは知っていたけど、今まで身の回りには居なかったのでビックリした。


試しに県境だけ描かれた白地図に、全都道府県の県名と県庁所在地を書き込める自信が無い人は手を挙げて貰う。すると素直に上級生組の本城さんと優紀ちゃんが手を挙げたのを皮切りに、1年生もちらほらと手を挙げる人が見受けられる。なかやんと島谷さんはともかく、聖ちゃんや高谷さんも自信は無いのか。


「聖ちゃんもそっち側かぁ……」

「いや、流石に県名は分かりますけど、県庁所在地を全て正解するのはちょっと自信無いです」

「というか、カノン先輩は分かるんです?」

「……後で北から県名と県庁所在地を暗唱するから、全部覚えようね?」


なかやんから私が分かるのか聞いて来たので、後で地理も教えることにする。なかやんと宮守さんは1学期の成績、全教科が危なかったし、甲子園に来てまで勉強は嫌だろうけど、最低限の常識ぐらいは覚えて貰おう。……都道府県の位置は、最低限の常識に入るよね?


三島東対益田西の対決は、8対3で三島東高校の勝利。序盤から順調に点差を広げて行った三島東が圧倒した形で、上松さんを含め打線は良く打つし、守備も全体的に動きが良い。第4試合は宮崎代表の日向南高校が勝って、これで第三ブロックの2回戦は北近江高校対銀光大阪と三島東対日向南高校で確定する。


……これは、第三ブロックは銀光大阪対三島東になる未来しか見えない。まだ私達のいる第二ブロックは大阪桐正対湘東学園で確定していないようにも思えるけど、傍から見ればこんな感覚を覚えるぐらいには差があるのかな。


予定だと3回戦まで、毎日4試合ペースだ。……1日に4校がこの地を去ると思うと、結構早いペースにも思えて来る。敗退した高校の選手達が甲子園の土をかき集めて持ち帰る姿を見て、何となくそう思った。

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