第173話 波乱

3回戦に勝ったその日に、北神奈川大会でとんでもないことが起きる。春の選抜甲子園ベスト8だった東洋大相模が、3回戦の相手、向中高校に4対9で負けてしまった。……いや、よく考えてみたら去年も東洋大相模は3回戦で私達に負けているんだから、そんなに大したことじゃないのかもしれない。


2年続けて、東洋大相模に起きた夏の県大会3回戦負けという事実は、今後の神奈川県勢の評判を色々と塗り替えそう。確か向中高校は、詩野ちゃんとバッテリーを組んでいた千野さんが居る高校だね。その千野さんが、東洋大相模打線を相手に4失点で完投しているのだから凄いと思う。


今日の試合の反省会と、次戦へのミーティングが終わった後は、詩野ちゃんの部屋にお呼ばれしたので寮の102号室へ向かう。声をかけて来た時は普通のトーンだったけど、部屋に光月ちゃんが居ないことと、詩野ちゃんの雰囲気が普通じゃ無かったことからちゃんと向き合って椅子に座らせてもらう。


……あ、これ真剣に何かを話し合う時の目だ。


「……私は性格が悪いからね。直接的に聞くよ?今日の試合、どれぐらい手を抜いたの?あとカノンは、やりたいことを1つに絞った方が良いと思うよ?」

「手なんか抜いて無いよ。それにやりたいことは、全国制覇の1つだけだね」

「じゃあ2打席目にホームランを打てなかったのは何で?1打席目はまだ手を抜いているとは思えなかったけど、2打席目は今までのカノンを知っていると違和感しか無かったよ。……2打席目もツーベースヒットを打っている以上、私の憶測でしか無いんだけどね」

「……何を、話し合うつもりなの?」


詩野ちゃんの声は、呆れと怒りが入り交じっている。だけど一番は、私の事を理解しようとしているんじゃないかな。詩野ちゃんの言う通り、2打席目にホームランでは無くツーベースヒットをほぼ意図的に打っているから、手を抜いているのは事実かもしれない。


何なら、1打席目でもホームランは打てた。ちゃんとシュート回転がかかっているノビの無い球だと判断した後で、ストライクゾーンに来た球を詰まるようなことは去年まで無かった。


「そんなに、野球を極めるのが嫌?エースで4番は嫌なタイプ?全国制覇を本気で狙うなら、カノンが先発をするのが一番確率高いと思うんだけど」

「……野球を極めるのが嫌って、何処から出て来た発想なの?それに先発をしないのは、全力投球だとスタミナが持たないからって詩野ちゃんも分かってるでしょ?」

「ん。今、ようやく分かった。理解したよ。ピッチャーはピッチャーで、打たれるのが嫌なんだ。極めたくも無いけど、負けたくもない。随分とまあ、我が儘な野球星人だね。

………………沈黙は、肯定ってことで良い?」

「ああ、うん。色々と言い訳を考えてみたけど、詩野ちゃんなら全部論破して来そうだから肯定するよ」


詩野ちゃんは私の最近のプレーを見て、極めたくないけど負けたくはないという精神状態になっていることを看破して来た。頭が良いとは思っていたけど、自分でも気づかないようにしていた気持ちを、ここまで見破って来るとは思わなかったね。


「……今日の試合で、6回から登板しなかったカノンを見て重症だと思ったんだよ。島谷の成長のために、カノンの成長機会を譲る。下手したら負けていたかもしれないから、文句も言いたくなったね。試合中は、試合に影響するだろうから言わなかったけど」

「その後のミーティングでも言わずに、2人きりで処理しようとしてくれる辺り、詩野ちゃんは性格良いと思うよ。ずけずけと、心の中に踏み込んで来るのは勘弁して欲しいけど」

「投手の精神状態を、ちゃんと管理するのも捕手の仕事だよ。で、どうするの?先発転向して野球を極めてくれるの?」

「……ちょっと考えさせて」


詩野ちゃんは、ちゃんと2人になってから話し合いを始めてくれた。詩野ちゃんが気付いたということは、聖ちゃんや久美ちゃん辺りも気付いたかもしれない。私が徐々に、全力を出さないようにしていることを。野球を極めてしまったら、野球を楽しめなくなるんじゃないかという心配していることを。


「何を迷っているのか、大体は分かるけど、理解は出来ないね。そんなに絶対勝てる試合が嫌?絶対勝てる状態にはしたくないけど、負けるのは嫌って矛盾していると思うよ?」

「……詩野ちゃんは、絶対にホームランが打てる野球って楽しいと思う?」

「楽しいだろうね。カノンの本音を丸裸にしたから私もカミングアウトするけど、私は勝つために野球をしている人間だし、勝つことが楽しいから野球をしているよ。

………………悩んでも良いけど、私としては極力早めに答えを出して欲しいね」


結局詩野ちゃんは、結論を急かすようなことはしなかった。たぶん私は、色々と言い訳をして縛りプレイをしていたんだろうな。後輩を成長させながら、試合に勝とうとするから怒られるのだろうか?対戦相手の心を、折りたくないと思うのは怠慢なんだろうか?


俺は、どこから矛盾していたんだろう?

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