第152話 打者として

春季神奈川県大会準決勝を終え、湘東学園の1軍の面々はミーティングの後、自由時間となった。1年生で唯一試合に出続けている木南は、寮の隣の部屋である102号室の扉を叩く。すると数秒後に、梅村が出迎えた。


「……ん?どうしたの?」

「ちょっと相談事があるので、上がっても良いですか?」


何をしに来たのか聞く梅村に対して、相談事があるという木南。何かあったのかと思いながらも、梅村は奏音にべったりな木南を室内に招き入れる。勝本と梅村の部屋は本が多く、あまり散らかってはいなかった。そして開口一番に、木南は奏音のことについて梅村に尋ねる。


「カノン先輩の様子がおかしいことは、梅村先輩も気付いていますか?」

「……何かあったの?」

「カノン先輩が代表合宿で多久大光陵の芳田さんとの1打席勝負を頼み、わざと負けたそうなので。何というか、凄い違和感を覚えました」


カノンは基本的に、自分から手を抜くということをしない。高校野球をする上で、宝徳学園を選ばなかったのは自分の思い通りの野球をするためだとも木南は考えていた。何故なら中学のガールズ時代、カノンは監督の指示で手を抜くということをしていたからだ。


「中学時代に、自分からわざと手を抜く事はしなかったんですよ。手を抜いていたのは、監督から凡打のサインが出た時だけです」

「……あのガールズ時代の成績で、わざと凡退していたことがあったということに驚きだよ。でもまあ、そういうことなら不安を感じなくて良いと思うよ」

「それは、何でですか?」

「様子がおかしくなったの、去年の関東大会からだもん。むしろあれだけカノンを追ってて、様子が変なことに今まで気付かなかったの?」


木南の疑問に、試合後のアイスを食べながら梅村は何でもないことのように答える。梅村の言葉に固まった木南に対し、梅村は追撃をする。


「たぶん、甲子園に並々ならぬ想いがあったんじゃないかな。それが達成されて、燃え尽き症候群みたいな感じになったんだと思う」

「何で、それを言わなかったんですか?」

「燃え尽きないでよと、本人には言ったよ。カノンなら大丈夫だという思いもあったし」


カノンの言動に少しの差異が生まれ始めたのは、関東地区大会の2回戦。ちょうど甲子園への出場権が確定するか否かの試合だった上に、カノンがおかしくなったその時の言葉を聞いていた梅村は、木南が相談する前からカノンの様子がおかしいことには気付いていた。


「やっぱり監督やコーチに相談した方が良いですよ、これ」

「私は反対だよ。調子は崩していないし、本人なりの答えは出すはず。そもそも、燃え尽き症候群が本当に正しいのかも分からない。それに4打数4安打6打点の活躍をした4番の精神状態がおかしいとは、絶対に思われないでしょ」


野球は、精神面の影響が非常に強く出るスポーツでもある。どんなスポーツでもメンタルは重要だと言われるが、野球は特に重要であり、些細な事でも脆く崩れてしまう。その兆候が無い事を梅村が指摘し、木南は何も言い返せなかった。


結局、2人の会話は最終的に奏音自身が何とかするだろうという結論に落ち着く。その結論が正しかったのかは、後日になって分かることになる。




「なかやんは、本城さんタイプだよね。力いっぱいのフルスイングをするタイプ」

「フルスイングは、駄目なんですか?」

「駄目なことは無いよ。プロ野球選手にもフルスイングのバッターは多いし、ホームランバッターには特に多い印象があるからね」


明日の決勝戦に向けて、1軍で試合の出番が無かった1年生の内、打撃練習を見て欲しいと言って来た中谷さんと光月ちゃんの練習に付き合う。光月ちゃんは完全について来ただけだけど、中谷さんの目はかなり真剣だ。今までの公式戦の成績は2打数ノーヒットで、あまり良いものじゃないしね。


それでも、出番を貰えているだけ中谷さんは恵まれている方だ。練習試合は1年生も極力出しているけど、試合に出たことが無い1年生も中にはいる。


私や智賀ちゃんは収縮反応を利用しているから、私や智賀ちゃんのバッティングフォームは中谷さんの参考にはならないかな。中谷さんは本城さんのバッティングフォームを参考にした方が、得るものは多いと思う。


だけど本人は私を慕ってくれているし、出来る限りのアドバイスはしていきたいね。


「2軍が練習試合で勝ったと聞いても、焦っちゃ駄目だよ。それに焦って落ちないよう、1軍にしがみつくよりかは、一度落ちてしまってから練習や試合に臨んだ方が良いかもね」

「……合宿後に1軍と2軍、2軍と3軍を何人か入れ替えると聞いたんですけど、どういう方法で入れ替えるんですか?」

「ん?練習試合の結果で入れ替えるよ。もしも2軍側や3軍側が勝ったら、練習試合のメンバー同士を丸々入れ替えるかな」


もうすぐ迎えるGWでは合宿を行ない、合宿の最終日には1軍のベンチメンバーと2軍上位組が、2軍下位組と3軍上位組が練習試合を行なう。身内の試合で、テストを行なうわけだね。


そこで目立った活躍をすれば1軍や2軍に上げるつもりだし、逆に活躍しなかったら2軍や3軍に落とす予定。普段どれだけ練習していようと、求められるのは本番の1試合での活躍だ。


そして2軍や3軍が勝ったら、総入れ替えも視野にいれている。入れ替えを激しくすることで、モチベーションの向上も図りたいね。

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