第134話 新1年生

春季神奈川県大会3回戦。選抜ベスト4の春の初陣ということで、3回戦なのに観客席はわりといっぱいだった。夏に向けてマークも厳しくなっていくだろうし、偵察の人は何人来ているのかな?


今日の先発は、エースナンバーを付けた優紀ちゃんだ。久美ちゃんが背番号5番を付けているけど、基本的に投手は先発以外ベンチスタートになる。だからサードのスタメンには、聖ちゃんを選出した。私の跡を継いでU-15W杯日本代表の中心選手だったので、このぐらいの優遇は良いと思いたい。



湘東学園 スターティングメンバー


1番 左翼手 伊藤真凡

2番 捕手  梅村詩野

3番 三塁手 木南聖

4番 中堅手 実松奏音

5番 右翼手 江渕智賀

6番 一塁手 本城友樹

7番 遊撃手 鳥本美織

8番 二塁手 鳥本奈織

9番 投手  西野優紀



その聖ちゃんは、3番に抜擢した。お陰で本城さんが6番を打つ打線になったので、中軸の破壊力が増したと思う。聖ちゃんは小柄な方だけど、安打力も長打力もあるし、足も速いから打線のどこに置いても使える女。内外のどこでも守れるので、使い勝手も抜群。


向こうは、選抜前に行なった練習試合を憶えているかな。しっかりと憶えていたら、今日の試合は楽に勝てる可能性が高まる。


こうして始まった日大茅ヶ崎との試合は、一方的な展開で試合が進む。初回から聖ちゃんはタイムリーヒットを打ち、2回裏にはツーベースヒットを、3回裏には四球を選んで私に打席を回してくれた。


3回裏は聖ちゃんの四球でワンナウトランナー1塁2塁になったから、私も打たせてくれるかと思ったけど、3打席連続となる敬遠を食らってワンナウト満塁に。


ここで初回は併殺、2回裏には三振だった智賀ちゃんに打順は回る。選抜で打てなかった責任というものは一丁前に感じているようで、煮詰まっている感じが凄い。


まあ3回裏の時点で9対0なので、思いっきり智賀ちゃんにプレッシャーをかけて、打てなくても大丈夫な場面。智賀ちゃんにはベンチからの声援も届いていないようで、打席に立つ前も若干俯いて、ブツブツ独り言を言っている状態だ。


今まで楽しかった野球に、追い詰められている状態かもしれない。今日打てなかったら、そろそろ声をかけようかなと思っていたその時、智賀ちゃんが内角の球を引っ張ってレフト方向に強い打球を打った。


これが満塁ホームランとなって、点差は13対0と13点差になった。私はホームベースを踏んだ後、後ろを振りかえって智賀ちゃんを待つ。智賀ちゃんの顔は少し嬉しそうで、それでもどこか複雑そうな表情をしていた。


「ナイスバッティング。久しぶりに、ホームランが出たね」

「はい、そうですね……。甘く入ったので、上手く打てたのだと思います」


……これは、このまま放置した方が化けるかな?正直言って、今の智賀ちゃんの状態でホームランを打てるとは思わなかった。内角の変化球を打ったのは色々と考えている証拠だし、追い詰めれば追い詰めるほど真価を発揮するという人もいる。


智賀ちゃんを5番に置き続けた成果が、出てきたかもしれないと思っていたら、本城さんもホームランを打った。私を敬遠しても、この2人が後ろにいるなら私との勝負も考えるというピッチャーが、今後増えて行くと良いな。


「島谷さん、行けるよね?」

「はい。私はいつでも行けます」

「監督。優紀ちゃんへの代打に、光月ちゃんを使っても良いですか?」

「ん、まあええやろ。どうせ4回から島谷に投げさすなら、代打は出すべきや」


14対0でツーアウトランナー1塁という場面になり、優紀ちゃんへの代打に光月ちゃんを出す。向こうも3人目の投手に代えるみたいだし、丁度良いかな。


ここで光月ちゃんがヒットを打てば、今日は3打数3安打の真凡ちゃんに打順が戻る。もっと点が取れそうだと思っていたら、光月ちゃんの初打席はサードライナーで終わった。相手のサードの背が高くなかったら長打コースだったし、不運だったと思うしかないね。


4回からは島谷さんがマウンドに上がり、日大茅ヶ崎打線を0点に抑える。ヒットは打たれたけど、1年生で最速126キロの左腕はそう簡単には打ち崩せない。左右に揺さぶる変化球を持っていて、落差のある変化球で戦う久美ちゃんとも違うタイプだし、本当に湘東学園を選んだ理由が謎なぐらい良いピッチャーだ。


4回裏には智賀ちゃんの走者一掃タイムリーツーベースもあり、さらに本城さんもヒットを打ったので18対0となる。島谷さんをもう1イニング投げさせたかったので、島谷さんの打席では代打を出さなかったけど、普通に三振したので打撃能力は高くない模様。


5回表は島谷さんが3人で抑え、湘東学園は春季神奈川県大会の初戦を突破。練習試合では16対1だったから、さらに力の差は開いたのかな。満塁で2度も智賀ちゃんへ打席が回ったせいで、智賀ちゃんは1試合で7打点という活躍。


「智賀ちゃんは、オーバーワークに気を付けてね。今年の夏までに、もう少し力を付ければそれで良いから」

「はい。無理せずにのびのびと、ですよね。私はちゃんと、忘れていません」


智賀ちゃんは私と本城さんが居ない試合で、4番を任せるつもりだし、そのことは本人の耳にも入っているかもしれない。これからはレギュラー競争も始まるし、結果は求められる物になっていく。智賀ちゃんに対して、出来る限り成長の手助けはしていきたい。

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