第119話 脚光

選抜甲子園の開会式が終わり、早速第1試合である志學館対和泉大川越の試合が始まる。反対側の山だし、観戦は見送り。身体を鈍らせないよう、近くの公園で素振りでもして気持ちの高まりを鎮める。


「飯だ―!って、和泉大川越と志學館はまだやってるの?」

「ええ。9回裏で、2対2と拮抗してるわよ。どっちが勝っても、おかしくないわね」

「真凡ちゃんは、どっち応援?」

「同じ神奈川勢として、和泉大川越を応援してるわよ。今は、和泉大川越のチャンスでバッターは大槻さんよ」


昼ご飯を食べるためにホテルへ戻ると、テレビではまだ和泉大川越と志學館の試合が続いていた。1試合目から延長と、中々に珍しい展開になっている。大槻さんから志學館は2点を取っているけど、どうやら和泉大川越は初回にエラー絡みで失点をしてしまったらしい。


延長戦に入れば、どちらが勝ってもおかしくないのが野球というスポーツだ。和泉大川越の初戦負けもあり得そうかなと思ったら、大槻さんが自身のバットでサヨナラヒットを打って試合を決めた。間違いなく、明日のスポーツ紙の一面を飾るだろうね。


「エースが9回まで完投して、そのままサヨナラヒットとか出来過ぎだよ」

「……そういう漫画みたいなことが、よく起こるのが野球だよ。こりゃ、お茶の間まで活躍が届くだろうな」


詩野ちゃんが面白く無さそうな目でテレビを見つめてるけど、スター街道に乗った大槻さんへの嫉妬かな?大槻さんは取材に積極的な方だし、マスコミ受けも良さそうだ。ルックスも良いというか、カッコいい。


「はい。今日の試合は打たせて取るピッチングで、バックを信用して投げ切りました。ええ、途中からはストレートの調子が良かったので、それで押し切りました。相手の打線はみんなスイングが鋭くて、凄く怖くて……最後に自分のバットで決められたのは、みんなが決めてこいと言ってくれたお陰です」


「……たまに話すし、素顔を知っているから、大槻さんのインタビューは凄く違和感があるわ」

「初戦で緊張しているせいか、バックの動きが固かったから、途中からギア全開でねじ伏せた。相手打線は、特に怖くなかったな、だと違和感が無いね」

「それなら確かに言いそうだけど。カノンの声真似、結構似てるわね」

「真凡ちゃんの真似だって出来るよ?私、そんな風に喋らないわよ!」

「私、そんな風に喋らないわよ!……ハッ!」


何はともあれ、和泉大川越が最初にベスト16入りを決めた。この後は2試合あり、どちらも1点差だったから、今日は僅差の試合が多かったな。


私達の試合があるのは、5日目の第2試合。その前に宝徳学園対但見高校があるから、その試合の行方を見てからの試合になる。何点差で勝つのか、エースの真弘(まひろ)ちゃんが投げるのか、色々と妄想が広がる。




「3試合目まで、観客席は人でいっぱいでしたね」

「中学生の軟式野球部員はこの10年で倍増してるし、高校野球も全体で1.5倍ぐらいにはなってるからねぇ。凄く、注目はされているよ」


夕食後にコーヒーを飲みながら、甲子園ニュースという甲子園期間限定の甲子園に関わる情報番組を眺めていると、久美ちゃんが話しかけて来た。


……ホテルは個室で鍵もかかっているのに、何故か個室の中で寝ぼけ眼の私の姿を写真で撮っていた辺り、もう忍者の末裔なんじゃないかという疑惑が私の中で湧き上がっているのだけど、よく考えなくても久美ちゃんはいつも通りだ。


「あれ?私ってまだ48本しかホームラン打って無いの?」

「練習試合でも敬遠されるケースがあるのと、公式戦ではほとんど勝負させて貰えないからですね。個人的には、智賀さんが16本しか打って無いことに驚きですよ」

「智賀ちゃんは、良い所でしかホームランを打たないからね。というか、智賀ちゃんの16本は1年生の通算本塁打ランキングに載る記録なのか」

「普通は1年生の頃から試合に出続けることがあまり無いですし、むしろ他の1年生達が凄いですね」


そのニュースでは、各学年毎の通算本塁打ランキングを発表していた。……卒業した小山先輩や大野先輩の代は結局、横浜高校の筒井さんや東洋大相模の山田さんが上位にいるね。


本城さんや鳥本姉妹の代は、城西高校の白木さんや神戸港高校の4番がランクインしている。そして私の代は、私が2位にダブルスコアをつけて1位。しれっと5位に智賀ちゃんがいることを驚いたし、まだ私が50本も打ててなかったことが意外だった。


気分的には100本ぐらい打っているのになー、と思いながら、ニュースを見続けていると当然大槻さんの熱投が報じられた。今日の最速は136キロだったから、まだ本調子じゃないのか、抑えて投げている感じだね。それで志學館打線を4安打で抑えていたのだから、凄いの一言に尽きる。


大槻さんは写真写りも良いし、人気も出そうだ。普段は無骨なのに、インタビューの時だけ凄い笑顔なのはギャップが凄い。私とは真逆のスタンスというか……対比させられそうだな、とは思う。

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