第115話 チョコレート

2月14日はバレンタインデーということで、真凡ちゃんや優紀ちゃんからは友チョコを、久美ちゃんからは明らかに本命なチョコを貰った。そして思いがけないことに、智賀ちゃんからも手作りというチョコケーキを貰った。昨日も夜8時まで練習だったのに、いつ作ってくれたんだろう?


「あれ?久美ちゃんって、手料理も出来るよね?」

「うん。だけど既製品を渡してくるのは、凄く私のことを理解しているのだと思うよ。砂糖未使用のチョコだし」

「へえ。何か、不思議な関係だね?」

「うーん、不思議というか、少し怖くもあるけど友人としては好きだよ」


今日は優紀ちゃんとブルペンでキャッチボールから始める。この後、詩野ちゃんが打撃練習が終わったら来る予定。ちなみに、詩野ちゃんは野球部で唯一チョコを周囲の人間へ配らなかった女でもある。ただ、クラスでは1番チョコを受け取っていたようだ。


「七條さんからは詫びチョコ貰ったし、しばらくおやつはチョコになりそう」

「七條さんからのチョコも、糖質砂糖が大幅カットのやつなんだよね?何か七條さんも、運動をしていたのかな?」

「……この前、着替えの時に注視したら右肘が少し歪んでたよ」

「えっ、それって……」


私はチョコ風味のプロテインを野球部員とチョコをくれた人に配ったけど、七條さんから正式な謝罪とチョコレートを貰った時は少し困惑した。詫びチョコって、何か斬新な響きだね。


……その七條さんは、この前の体育の着替えで身体をじっくりと視た。するとよく見ないと分からない程度に、肘が歪んでいることに気付く。たぶんリトルリーグ肘と言われる奴で、今野球をしていないということはもう治らない状態なのだと思う。


というか、成長に異常をきたしている時点で相当練習をしていたのだと思う。やっぱり、小さい頃はよく野球をしていたんだろうな。野球が出来なくなったのにそれでもプロ野球に詳しいという事は、かなり野球が好きだったということも分かる。


久美ちゃんがどんな手紙を送ったのか分からないけど、ちゃんと書き込まないことを約束してくれたのでもう大丈夫だと思いたい。連絡先は交換し合ったので、仲良くなれたら良いな。


「……これから仲良くなれたら、野球部に入部してくれる可能性もあるかもね。今は帰宅部らしいし。相馬さんはネットに弱い以前にパソコンに弱いから、七條さんみたいな人が1人いると心強そう」

「あー。水澤さんも手伝ってくれてはいるけどほとんど久美ちゃん頼みだったから、データ班が欲しい気はするね」

「うん。それとホームページの更新とか、頻繁にしている方が印象は良いからね」


優紀ちゃんと話しながらキャッチボールをしていると、詩野ちゃんが来たので優紀ちゃんの投球練習を開始する。私は打たないけど、ヘルメットを被って打席に立った。試合に臨むような雰囲気で、優紀ちゃんを見つめる。


練習試合の日まで、あと1ヵ月を切ったし実戦形式の練習も増やしていかないといけない。シート打撃も増やしていくし、その前段階の練習かな。


優紀ちゃんの投球フォームは、オーソドックスな右のオーバースローだ。しかし今年の秋から一塁側のプレートの端を踏んで投げるようになったので、よりシンカーやシュートが効果的に使えるようになっている。


冬の合宿で、1番投げ込んでいたのはシュートだし右バッターにとっては打ち崩しにくい投手として順調に成長していると思う。そしてコントロールが向上したことによって、内外への投げ分けはかなりの精度になっている。


懸念だった球速も、この前にストレートをスピードガンで計測してみたら118キロだったので、平均並みにはなって来た。来年には120キロを超えるだろうし、そうなればストレートと色々な変化球が全く同じフォームというのも生きて来る。


……だけど、春の甲子園では久美ちゃんに1番を背負わせるつもりだ。あっちはあっちで優紀ちゃん以上の成長と変化をしているので、甲子園では久美ちゃんが先発を務めることが多くなると思う。


今の高校野球は良い左バッターを沢山抱えているチームも多いし、その左バッターを狩れる久美ちゃんのドロップカーブは強すぎる武器だ。まあ、結局は2人とも投げることになると思うんだけど。


「見てるだけで良いの?」

「お?勝負するの?」

「今日こそ、リベンジしたいからね。冬の合宿でどれだけ成長したか、実感したいし」

「大丈夫?成長しているのは私もだよ?」


1打席だけ勝負をする流れになったので、優紀ちゃんと真剣勝負をする。初球は、アウトコースに外れる低めのスライダー。詩野ちゃんのリード傾向は把握してしまっているので、最後に決めたいのは内角へのシンカーだろうなという予想が出来てしまった。


2球目、外の同じようなコースにシュートが来たのでセンター方向へ弾き返す。ブルペンのネットに打球が突き刺さったけど、たぶん130メートルは飛んでいたかな。


しかしまあ、普通のバッターなら見逃してストライクだった。その後にチェンジアップかカーブを外へ続けて、最後に内へシンカーを使うリードだったのだと思う。


そう詩野ちゃんに言うと、当たっていたのか驚かれた。なので、リードのパターンを幾つか用意するだけじゃなくて、その時々で思考も変えようよという内容を話し合った。詩野ちゃんの配球パターンは、読まれやすいってわけじゃないけど、単調な方ではあるからね。


解禁日に合わせて、練習試合の相手も決まった。選抜甲子園への出場が決まってからは、楽に対戦相手を選べると言っていたので、御影監督や矢城コーチの負担は減ったみたい。とりあえず3月10日の練習試合で、どれだけ私達が成長できたのか実感しよう。

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