第112話 初詣
大晦日と元日の2日間は、一度家に戻って休む人もいれば、合宿所で練習を続ける人もいる。本城さんは一度実家に帰ったし、矢城コーチのノックの餌食になっていた鳥本姉妹は純粋に休養へ入った。久美ちゃんも京都の方へ帰省してしまったけど、他の1年生組は練習に励む。
「5人だけだけど、真凡ちゃんと詩野ちゃんの打撃練習でもしようか。投手が3人いるわけだし、ローテーション出来るでしょ」
「残った時点で覚悟してたけど、大晦日も練習するのね」
「まあ、今日は軽めの練習にするよ。まずは私と、真凡ちゃんで行こうか」
「了解」
と言っても5人しかいないので、投手組の私と優紀ちゃん、智賀ちゃんが交互に投げて、真凡ちゃんと詩野ちゃんが打つ練習になる。必然的に、投手は1人余る形になるね。
これだけなら後で球を回収するだけだし、用意も楽だ。早速真凡ちゃんが左打席に入って素振りをしているけど、バスター気味のフォームが若干変わって、少し余裕を持って構えるようになった。相変わらずグリップを持つ手は離れているけど、木製バットになったから変化したのかな。
今までほぼ地面と平行だったバットは、今では斜め45度ぐらいには傾いている。スイングはより早くなって、芯にも当たるようになってきた。
「木製バットって、ライン際を狙い易いわよね?」
「勢いを、殺しやすいとは思うよ。外野の手前に落とす時とか、詰まらせて打てるし」
私のストレートを流して、三塁線に落とし続ける真凡ちゃん。たぶん、サードとレフトのちょうど中間地点に落としているから、実戦であればヒットは確実だ。レフトの守備が下手なら、2塁も狙えるだろう。
速い球を打つ時、もう真凡ちゃんは押し勝つことを諦めている。押し負けながら、ヒットを打てるようになって来たからだ。狙って三遊間へのゴロを打てるし、打ってから走り出すまでのスピードを上げたことで1塁への到達スピードも上昇した。
足の速さ自体はそこまで速くなってないし、速く走れるようになるのは時間がかかるのだけど、打ってから走り出すまでの速さは技術だ。左打者としての優位性を、出し切れるようにはしたい。
隣のゲージでは、優紀ちゃんが詩野ちゃんに向かって投げている。詩野ちゃんの打撃能力は、元からフォームが完成してしまっているからか今年はあまり伸びていないような気もする。身体が小さいから、これ以上のパワーを付けるのは難しいだろうし、詩野ちゃんは守備練習の機会が多いから仕方ないけど。
それでも時々何かを思い出したかのように打ち始める時があるし、打順を考えた時にどこに置こうか迷う選手ナンバーワンだ。守備面ではたぶん神奈川一の捕手どころか、全国でもトップクラスだと思うから、後は打撃面だけなんだけどね。
軽く、と言っておきながら3時間ぐらい練習した後は、年越しの準備をしてまったり休む。そして0時になった瞬間、SNSのグループで新年の挨拶が流れた。
カノン:明けましておめでとう。今年もよろしくね
久美:あけましておめでとうございます
本城:明けましておめでとう!
しの:あけおめことよろ
真凡:あけましておめでとう。今年もよろしく
奈織:あけました
美織:おめでとう
西野:あけおめ~ことよろ~
相馬益美:あけましておめでとうございます
相馬益美:千代ちゃんはぐっすり寝ているので千代ちゃんの分もあけましておめでとうございます
智賀:明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
スマホで打ち込みながら、現実の方でも4人に挨拶をする。せっかくだから今から初詣に行こうという話になり、近所の神社へ。こいつら、今日は遅起きだったから眠たくないんだな。私も9時ぐらいまで寝ていたから眠くないけど。
「みんなは何をお願いするの?」
「大きな身体」
「身長」
「記憶力」
「ああ、切実な願いだね……。
智賀ちゃんは?」
「秘密、です!」
何をお願いするのか聞いてみたら、詩野ちゃんと真凡ちゃんはわりと切実な願いだった。というか詩野ちゃんが大きな身体ということは、やっぱり体格を気にしているのかな。優紀ちゃんの願いは、野球関係無かったね。この子、野球のサインは細かく憶えられるのに英単語を全然憶えられないのは何でなんだろう?
そして智賀ちゃんの願い事は秘密ということで、教えてくれても良かったのにと思いながら、もっと野球が上手くなりますようにと神様へ祈っておく。向上心は、常に持っておかないとね。
そのままおみくじを引く流れになったけど、結果は詩野ちゃんが中吉で、優紀ちゃんと智賀ちゃんが大吉だった。一方で私と真凡ちゃんは半吉という、コメントに困る結果に。まあ、結んでから帰ろうか。
「あれ?詩野ちゃんも結ぶの?」
「……大吉以外は、持って帰らないよ?」
「へえ。私だったら持って帰ってるなぁ」
元旦を迎えて、今日も軽くだけ練習はしておく。明日からまた練習がびっしりだけど、今のところ、脱落者はいない。このまま、全員が冬合宿を乗り切れれば良いな。
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