第92話 大差

2回裏。この回も先頭バッターの真凡ちゃんがヒットで出塁し、詩野ちゃんが送りバントを決めた状態で私の第2打席を迎えた。初球、外角低めに大きく外れた敬遠球を打ちに行き、結果はファール。


この時、相手投手である江塚さんは私を見据えた。嫌な予感がしたので身構えたら、予想通りぶつけに来た。しかも、上半身へ一直線のコースだ。


……まあ、知らない人は知らないだろうし、仕方のないことだけど。まさか死球攻めを受けるとは思わなかった。早いタイミングでバットを振って、芯にボールを当てる。


その後、上手く内側へ手首を押し出すように打つことで、フェアゾーンにボールは飛ぶ。3塁線に打球は落ち、タイムリーツーベースヒットとなった。これで、5対0だ。まだワンナウトだし、この回にもう1点取れれば、試合の流れは決定付けられるかな。




「うわ、カノンがデッドボールを打った」

「……あれ?優紀ちゃんもカノンの死球打ちは知らないの?結構有名じゃない?」

「いや、知らなかったよ。そっか、カノンってデッドボールも打てるんだ」


ベンチ前でキャッチボールをしている西野がカノンの変態打ちに驚いていると、西野が奏音の死球打ちを知らなかったことに梅村が驚く。ガールズで野球をやっていた者だと、知っている人も多いからだ。


奏音に死球攻めは通じない、というのは単に死球を打てるからでは無い。ガールズ時代、死球を打った時の安打率が10割であることから、素直に死球は狙わない方が痛い目を見ないのだ。しかし、敬遠球も緩く投げられていれば奏音は飛びつく。投手にとって、奏音は最早投球をしたくないようなバッターだった。


「カノンって、何で今まで敬遠球を打たなかったの?」

「打たなかったのでは無くて、打てなかったんですよ。敬遠球でも速い球をしっかりと投げられれば、カノンさんでもバットに当てるのは難しいと思います」

「じゃあ、江塚さんは敬遠球をしっかりと投げなかったということね。……何で、しっかりと投げなかったのかしら?」

「これも投げなかったのでは無くて、投げられなかったんですよ。意外に思われるかもしれませんが、敬遠球を4球、しっかりと狙い通りに投げることは難しいことなんです」


ランナーだった伊藤がベンチに戻り、疑問を呟くと春谷が解答する。奏音が疑問に思ったことは何でも口に出すようにと言っているので、伊藤の質問回数は部内だと1番多い。そして質問をした分、伊藤の野球への理解は確実に深まっていた。


試合はワンナウトランナー2塁から、ワンナウトランナー3塁へ変わる。犠牲フライでも1点を取れるように、隙だらけだった江塚から3盗を決めたのだ。しかし5点差での盗塁に怒りを露わにした江塚は、本城に対しても頭部に直撃するような投球を行なう。


ギリギリで本城が避けたためにデッドボールとはならなかったが、今回の投球で江塚は警告を受ける。高校野球に危険球一発退場は無いが、故意に死球を投げていると審判員が判断した場合、警告を発することは出来る。次にこのような投球が行われた場合、その投手と監督は退場させる旨を球審は告げた。


監督も退場させられると言われ、頭が冷えた江塚はそれでも内角を攻めて四球を出す。ワンナウトランナー1塁3塁となって、江渕が打席に立つが、その立ち位置はかなりキャッチャー寄りで、ベースから離れた位置だった。


(外角に来たら、踏み込んで打ちます!この位置なら、避けるのも少し簡単になるかもしれませんし、デッドボールになれば確実に相手投手は退場になります……よね?)


江渕は江渕なりに考えて席に立ったことを把握すると、奏音は大きくリードするのを止めた。江渕に対して江塚は初球、外角にストレートを投げるが、読んでいた江渕は踏み込んで打つ。


素早いスイングで捉えられた打球は大きく弧を描き、ライトスタンドへ飛び込んだ。江渕のスリーランホームランにより、点差は8点差まで開く。江塚はホームランを打たれた後、マウンドを降り、失われた流れは二度と鎌倉学院側へ戻ることは無く、試合は12対0で湘東学園が5回コールド勝ちをした。




祝!関東大会出場決定!序盤から大量にリードを得たので、最終回で緊張するということもなく久美ちゃんが5回まで投げ切った。終始危なげないピッチングだったので、関東大会でも良い投球が期待出来そう。


試合終了後は、本城さんに江塚さんが謝っていた。故意死球であることはぼかしていたから、本当に形だけの謝罪だったけど。たぶん、本城さんへの故意死球の原因は私の盗塁のせいだ。5点差が、大量リードなのかは人によるね。


……よく考えたら本城さんに謝る前に、江塚さんは私へ謝らないといけないのでは?打たなかったら、肩に硬球が突き刺さっていただろうし。


江塚さんは短気で短絡的な人なのだと思うけど、そのせいで後味が悪い試合になってしまった。まあ、それはそれとして関東大会への出場が決まったことは大いに喜びたい。


「これで、関東大会行きが決まったのよね?」

「うん。関東大会でベスト4に入れれば、選抜行きも決まるよ。関東大会で2回勝てば、ベスト4だね」

「あと2回勝つんが難しいんやけどな。次の試合は、全員で観戦するで」


真凡ちゃんが疑うような声で聴いて来たので、ちゃんと肯定してあげる。あと2回勝てば、選抜行きも決まる。御影監督の言う通り、そのあと2回が長い道のりなんだけど。


決勝戦は、東洋大相模と和泉大川越の試合。勝った方が関東大会でシードになるから、両校とも手を抜くことは無い。この決勝戦は、面白い試合になりそうだ。

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