第91話 最後の一枠

関東大会に向けて、最後の一枠を鎌倉学院と争うことになった。東洋大相模と和泉大川越の決勝戦の前に、3位決定戦が行われる。朝の早い時点で観客席は満員になったようで、どちらが関東大会に進出するか注目度も高い。


今日の先発は久美ちゃんが務める。優紀ちゃんは昨日、6回を投げ切っているから今日は投げない。基本的には久美ちゃんと私で抑える予定で、想定外なことが起きたら中継ぎとして智賀ちゃんが投げる感じ。


「さあ、昨日の鬱憤を晴らすよ!」

「おー!」


円陣を組んで声出しをし、昨日のことを引きずっている人が居ないことを確認する。大槻さんに抑え込まれて悔しかったのは、真凡ちゃんや智賀ちゃんだけじゃない。全員、悔しい想いはしている。その感情を上手く、試合へのエネルギーにしていきたい。



湘東学園 スターティングメンバー


1番 左翼手 伊藤真凡

2番 捕手  梅村詩野

3番 中堅手 実松奏音

4番 一塁手 本城友樹

5番 右翼手 江渕智賀

6番 投手  春谷久美

7番 二塁手 鳥本奈織

8番 遊撃手 鳥本美織

9番 三塁手 西野優紀



まずは1回表、鎌倉学院の攻撃を三者凡退で抑える久美ちゃん。昨日の準決勝で東洋大相模の2年生左腕、石川さんからヒットは量産していた鎌倉学院打線だけど、2点しか取れていなかった。どちらかと言えば、安打率を重視するチームで、長打は少ない。


波に乗った時の爆発力は凄いから油断は出来ないし、準々決勝では打者11人連続安打を記録してマシンガン打線として話題にもなった。ただ今日の久美ちゃんは絶好調のようで、連打は厳しいだろう。


石川さんも久美ちゃんも同じ左腕だけど、石川さんの決め球はスクリューに対して、久美ちゃんの決め球はドロップカーブ。投げ方も違うし、全く別のタイプと言っても良い。


1回裏の攻撃は、昨日の試合で不調だった真凡ちゃんから。不調とは言っても今大会の現時点での打率が5割を超えているから、相当打ってはいるけど。出塁率は脅威の0.571だし、湘東学園のリードオフマンとしてわりと騒がれ始めてはいる。


真凡ちゃんのヒットは全部単打だから、OPSは算出してみると1.127とまだ常識の範囲内。それでも本当に、今大会ではよく打っているという印象だ。


そんな真凡ちゃんは、左投げの投手への苦手意識も出て来たみたいで今日はサードゴロからスタート。あのスイングだと、少しでもタイミングがずれればヒットにはならなくなるのが課題でもある。続く詩野ちゃんはライト前へのヒットで出塁し、ワンナウトランナー1塁。


ここで当然鎌倉学院は敬遠を選択するのだけど、外し方が甘い上にふんわりとした投げ方の敬遠球だ。これは、打ちにいくしかない。


中学時代に何度も練習した通り、バッターボックスの線を踏み、敬遠球をバットに当てる。まさか打たれるとは思って無かったようで、鎌倉学院の投手は愕然と後ろを振り返る。


打球は、バックスクリーンに吸い込まれた。湘東学園が2点を先制したので、久美ちゃんは楽に投げられそうかな。


「敬遠球を、あんなに綺麗にジャストミートさせられるのはカノンぐらいじゃない?僕だと、まずバットが届かないよ」

「バッターボックスの線を踏むまではOKと知ってから、敬遠球を打つ練習というのはしていたんです。相手投手にプレッシャーをかけられますし、そこまで難しくは無いですよ?」

「僕も何回か敬遠球は打ちに行ったことがあるけど……まずボールが外野まで飛ばないよね?」

「しっかりと振り切れば、外野には飛びますよ。ホームランにするのは、私でもかなり難しいですけど」


本城さんにすらコイツやべーという目で見られるけど、踵でもバッターボックスのライン上にあれば反則打球にはならない。意外と、踏み込む練習さえしていれば外の敬遠球には手が届く。この時、つま先がホームベースを踏んでいても踵がバッターボックス上にあればセーフになる。


ジャンプすれば完全に両足がバッターボックスの外に出ていても大丈夫だから、打とうと思えばかなり離れた敬遠球でも打てる。ただ、ちゃんとホームランを狙うなら踏み込んで打てる位置じゃないと流石に厳しい。今回は、たまたま上手く打てた形だ。


「ナイスバッティング!よく打てたわね。……ホームベースを踏んでいたけど、アウトじゃないのね」

「ソフトボールだと、ホームベースを踏んでいたらアウトだけどね。ガールズ時代、結構敬遠球は打っていたけど、鎌倉学院は警戒してなかったみたい」


ベンチに戻ると、真凡ちゃんが出迎えてくれたのでハイタッチ。真凡ちゃんは、ホームベースを踏んでいたらアウトになると思っていたみたい。まあ、そんなイメージを持つ人は少なくないからしっかりと教えておく。


調子を崩した相手投手の江塚さんはこの後、本城さんと智賀ちゃん、奈織先輩と美織先輩に連打を浴びて、さらに2点を吐き出す。1回裏が終了した時点で4対0と、試合は湘東学園が4点をリードする展開になった。


……継投を間違えなければ、4点差なら勝ったも同然だけど、向こうの選手も諦めてはいないから、まだ勝負はついてない。油断せず、追加点を取れそうならどんどんと取って行こう。

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