第84話 最終回の攻防
8対11で迎えた7回表。たぶん向中高校は投手を使い切っているのに、投手へ代打を出した。諦めない姿勢を、貫いたのだと思う。7回裏のことを考えれば悪手だけど、この回に3点を取りに行かないと7回裏そのものが無い。
その代打がツーベースヒットを打つと、続く栗林さんもヒットを打って、ノーアウトランナー1塁3塁という場面を迎える。
……そして、後続にも打たれ続けて3点を返された。ワンナウトランナー3塁となって、バッターは今日の第2打席でホームランを打っている今道さん。ここで私がマウンドに登るけど、今道さんは待ってましたと言わんばかりの表情だ。
投手としての私は、きっと彼女達のエースだった渡辺さんの下位互換だ。球速が渡辺さんより平均で5キロ遅いし、持ち合わせている変化球の球種も同じ。フォームすら似ているのだから、1番打ちやすい投手なのだと思う。
「……犠牲フライで抑えられたら、御の字かな。裏で逆転しよう」
「投げるからには、犠牲フライも許したくないけどね。……向こうは投手を使い切っているんだし、アウト優先で行こうか」
詩野ちゃんが投球練習の球を受けて私の調子について言及しないということは、あまり球は走っていないのだと思う。相手打線が速い球に強い以上、私の投球は通用し辛い。
それでも、ここで打たれれば逆転されてしまう。初球、バックスピンを利かせたストレートを低めに投げ、それを今道さんは打ち上げた。
外野に飛んだ打球は、フェンス際まで飛び、犠牲フライには十分な飛距離だった。真凡ちゃんが追い付いて捕球し、バックホームをするも、3塁ランナーは軽々とセーフになる。
12対11と、最終回でリードを許してしまう。続く6番は強ストレートで打ち上げさせたので、スリーアウトになって7回裏を迎えた。相手のマウンドには、外野手のはずの栗林さんが登る。
「栗林さんって、投手も出来るの?」
「データにはありませんね。恐らく、公式戦初登板です。万が一の保険も、強豪校だと強力ですね」
「思いっきり野手投げなのに、125キロも出てるよ。スピンも凄いし、実質4番目の投手だね」
この回の先頭バッターになる真凡ちゃんは、しっかりと栗林さんを見据えるも、疑問は口に出てしまうみたい。それに久美ちゃんが答えるけど、やっぱりノーデータだった。投手は既に、いないのかな。
栗林さんの出鼻を挫くべく、初球から積極的に振っていった真凡ちゃんは、バットの根元に当たったのかボテボテのゴロが1塁方向へと転がる。これはファーストが捕球してそのままタッチされるかなと思ったら、真凡ちゃんがタッチを下に躱しながら走り、ミットを避けた。
……真凡ちゃんの身長が、低くて助かった。相手のファーストの外川さんの背が高かったというのもあるだろうけど、よく躱したよ。ヘッドスライディングで1塁はセーフになり、ノーアウトランナー1塁。
「カノン、敬遠球を打ってもええで。今の外し方なら、届くやろ」
「いえ、本城さんに任せます。敬遠球を打つのは、本当に最終手段なので」
続く詩野ちゃんがバッターボックスへ向かったので、私もネクストバッターズサークルへと向かう。その際に御影監督が敬遠球を打っても良いという言葉が出たけど、本城さんを信頼することにした。
敬遠球は、実は打ちにいける。まだ高校野球では敬遠球を打っていないので警戒は薄いのか、外し方が甘いバッテリーは多い。向中高校は、特に外し方が甘い印象だ。しかしそれでも、本城さんに任せる方が可能性が高いと思った。
詩野ちゃんが送りバントを決めて、私は敬遠される。今日は5打席あって、4打席が敬遠だ。まあ、全打席敬遠じゃないだけマシなので何も言わない。後ろの本城さんが打点を稼げるお陰で、本城さんの知名度は着実に上がっているし、敬遠も悪いことばかりじゃない。
本城さんと智賀ちゃんが更に成長すれば、敬遠される機会は減るはず。そしてワンナウトランナー1塁2塁という場面で、今日は4打数2安打の本城さんが打席に立った。
今日はみんなよく打ったし、真凡ちゃんに至っては5打数4安打だ。ここで本城さんと智賀ちゃんに、勝利を任せたい。
(敬遠球、本当は打てるのに最終手段としてまだ残すんだ。それは僕を、信頼してくれているからなのかな。持ち球はたぶん、ストレートのみ。冷静になれば、打つのは簡単だ)
1点差で負けている状況の最終回で、平常心を保とうとする本城は、すぐさまその意識を振り払って集中する。
(いや、冷静になろうとするな。本当に、打つことだけに集中するんだ。状況は全部忘れて、ただ来た球を打つ。来るのはたぶん、ストレート。ううん。絶対に、ストレート!)
来た球に逆らわず、センターへ打球を返した本城は、センターを超えろと願う。もっとも、センターを超えろと願う必要はなく、打球はセンター方向のフェンスに当たった。
「まわれまわれー!」
「4つ行けます!」
ベンチでは声の大きな西野が叫び、3塁ランナーコーチの相馬は1塁ランナーの奏音に対してホームへ突っ込むよう、腕を回す。
3塁を蹴った奏音はホームへと突入するが、しかし返球は間に合ってしまう。中継からの送球を受け取った向中高校の捕手はタッチしようとするが、それを奏音は躱した。
先程の真凡がタッチを躱した姿を見て、刺激を受けた奏音は躱してやろうという意識が強かった。奏音は一度、スライディングをしようとして外側へ回り込み、そこから内側へフェイントをかけつつ地面を蹴った。
完全に、相手のミットを飛び越えて躱した。その後、ギリギリ奏音の左手がホームに届いたため、判定はセーフ。
12対13で、湘東学園が勝利した。最終回に2度の逆転が起こった試合は、名勝負として話題にもなる。次の準々決勝となる5回戦までは、一時的に湘東学園の知名度が上がる結果となった。
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