第82話 向中高校

3回戦があった次の日に行なわれる4回戦は、曇天での試合となった。雨は降らない予報だし、降る気配は無い。最近はようやく30℃を下回るようになったので、まだまだ暑いとはいえ野球はしやすい環境になって来た。


今日の先発の智賀ちゃんは、2回までを2失点で抑える想定で御影監督は投げさせるみたい。向中高校の投手もそれほど良い投手には見えないから、乱打戦は不可避。


互いに、地区予選での得失点差が+40点以上という打線だ。特に向中高校の中軸を担う松口(まつぐち)さん、外川(そとかわ)さん、今道(いまみち)さんは打率も長打率も高い。3人とも、内野手で打ちまくるタイプだから打線に破壊力がある。


「よろしく!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


今日はジャンケンで勝ったので、後攻を取った。試合前に向こうのキャプテンの栗林(くりばやし)さんが、凄く上機嫌でよろしくと言って来たので少し珍しいと思った。普段、対戦相手が上機嫌なことはあまり無いし、上機嫌だとしても普通は隠すからだ。


初対面の私でも上機嫌なことが分かったのだから、相当浮かれているのかな。浮かれている理由は、よく分からないけど。


「はーっはっはっは、カノンなんて恐れぬに足らず。ガンガン打って、カノンを引きずり出すわよ」

「キャプテン、恐れるに足らずです。恐れぬに足らずって、真逆の意味になりますよ」


向こうのベンチから、栗林さんの高笑いが聞こえて来た気がする。……あのキャプテンの傍にいる子、何処かで見覚えがあるな。


「……チノちゃん、ベンチに入ったんだ」

「あれ、詩野ちゃんの知り合い?」

「うん。横浜ガールズで、バッテリーを組んでいたから詳しいよ」


そう思っていたら、詩野ちゃんとバッテリーを組んでいた千野(ちの)さんということを詩野ちゃんから教えられる。まだ秋の大会で試合には出てないみたいだけど、良い投手のようだしこの試合で投げさせるかも。


まあ、まずは守備だ。智賀ちゃんの力が、どれだけ相手打線に通じるか。そこがこの試合の焦点でもあるし、まずは守備で貢献していくしかない。



湘東学園 スターティングメンバー


1番 左翼手 伊藤真凡

2番 捕手  梅村詩野

3番 右翼手 実松奏音

4番 一塁手 本城友樹

5番 投手  江渕智賀

6番 中堅手 春谷久美

7番 二塁手 鳥本奈織

8番 遊撃手 鳥本美織

9番 三塁手 西野優紀



打順は特に変わらず、守備位置は智賀ちゃんが投手をするために私がライトへ入る。1回表、先頭バッターの栗林さんが左打席に入って試合が始まった。




(江渕智賀……全くのノーデータでは無いけど、ほとんど知らないに等しい。身長が高いから、その分タイミングが重要になるかしら。アッパー気味のスイングも、良いかもしれないわね)


初回、向中高校は春谷を先発させて来ると予想していたが、その予想が外れた上にノーデータだった江渕が先発のため、先頭バッターの栗林は探りを入れるしか無くなった。そして初球、115キロのストレートをファールにした時、栗林は早くも違和感を覚える。


(……重い、だけじゃないわね。あの身長で、高い地点からリリースしているから、角度が付き過ぎてる。これは、予想以上に厄介な伏兵ね)


江渕の体格の良さは、奏音が認めるほどだ。その身長の高さで、オーバースローから放たれる速球は非常に角度のある球になっている。バッターはバットを横に振るため、球筋の角度はあればあるほど打ち辛くはなる。角度のある球は線ではなく、点で捉えるしかないからだ。


江渕は秋の地区予選で、四死球が4に被安打が4という成績で失点は4だったが、その被安打はどれも単打止まりで、どちらかと言えば江渕の自滅に近かった。その前の練習試合でも、四球絡みの失点は多い。


だから、早打ち傾向でボール気味の球でも振って来る向中高校は江渕にとって相性が良かった。


(今日の智賀ちゃんは、良い感じに荒れてるかな。決め球は、温存しても意味無いから最初から使おう)


栗林を追い込んでから、梅村は決め球であるカーブを要求した。このカーブは2学期に入ってから御影監督による指導が入ったカーブであり、今までの江渕のカーブよりも速く鋭く曲がる。


それは落差もあるため、決め球として使えるほどだ。江渕は梅村のサインに従い、内角を狙ってカーブを投げた。偶然にも外角の良いコースへ放り投げられたカーブに、栗林のバットは回る。


(なに!?今の!?

あんなカーブを持っているのに、何で今まで投げさせてないのよ!)


初回、強打の高校の先頭バッターの出鼻を挫かせたことは、投手の江渕にとって初めての成功体験となる。続くバッターもゴロで打ち取り、1回表の向中高校の攻撃を江渕は三者凡退で抑えた。




「ナイスピッチ。今日はよくコースに決まってたね」

「そ、そんな、たまたまですよ。今日の投球の8割ぐらいは、逆球です」

「それでも抑えられたのは、智賀ちゃんが成長したからだよ。ね、詩野ちゃん」

「……うん。成長はしてるよ。8割方要求したコースの逆だから、もう逆球が来ると思ってリードしてるし」


1回表の守備が終わって、智賀ちゃんに声をかけたら謙遜していた。逆球前提でサインを出しているという詩野ちゃんの言葉もあったので、ストレートとカーブの球種だけで組み立てて、抑えている状態なのだと思う。


それでも相手打線を躱している辺り、カーブのキレはいつもより増している。ただのカーブというよりは、パワーカーブと言った方が良いかな。空振りを誘えるカーブを投げられるようになったことで、三振も取れたし。今日の智賀ちゃんなら、3回までは0点で抑えられるかもしれない。

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