第68話 始業式
2学期の始業式が始まり、とうとう夏休みは終わってしまった。この湘東学園では休み明けにテストがあり、夏休みの宿題から問題が出る。相変わらず優紀ちゃんが数学で苦戦しているようだけど、今回は8割を埋められたと言っていたので、心配はしなくても良いかな。
始業式と次の日はテストがあるので、今日の練習は軽めになる。そして今日から、新しく野球部に入って来た子がいる。
「よろしくお願いします!1年4組の相馬(そうま) 益美(ますみ)です!マネージャー希望です」
「この子はこの前の試合にも観戦に来とった子やから勧誘しといたで。今は1人でも部員が多い方がええやろ」
「御影監督は、その口調で続けるんですか?」
「もう、慣れてもうたからな。堪忍してくれ」
同じ1年生の、相馬さんだ。腰まで伸びる長い髪の毛が特徴的で、やせ細っていて運動向きの身体では無い。どうやら秋の地区予選の試合に応援として来ていたようで、その時に御影監督が声をかけて捕まえたらしい。この積極性は、見習わないといけないな。
相馬さんともう1人、仲の良い子が野球部のマネージャーとして入ってくれるそうなのだけど、今日は風邪でお休みらしい。名前は水澤(みずさわ) 知代(ちよ)さんで、相馬さんと同じく1年4組だ。これで、野球部は11人になったので怪我をした時点で勝負が決着することは無くなった。
試しに相馬さんにバットを持って貰って、110キロのピッチングマシンの球を打たせてみると腰が引けている。いやまあ、野球経験が無いならスイングするのも難しいことは理解しているし、同じ初心者でも真凡ちゃんと智賀ちゃんが異常だっただけか。
その後は130キロの設定にしたピッチングマシンを3台並べて、9人の部員が順番に打つ。マネージャー志望の相馬さんは球を込める役割をしてくれたので、これがマネージャーとしての初仕事にもなる。球が無くなるまで打ち込んだ後は、全員で球拾いだ。
「設備は、思っていた以上にええな。ああ、秋大は地区予選の時と打順や守備位置は弄らへんから、安心してくれて良いで」
「もうメンバー表は提出したんですか?」
「しとる。マネージャー達は後で追加登録するから安心せい」
御影監督は、その練習を見守っていた。初日から主張とかはしないようで、それでも久美ちゃんに対しては熱心にアドバイスをしていた。
「御影監督から、何て言われたの?」
「成長している分、元のスイングをしようとすればするほど、スイングが駄目になると言われました。新しい自分に合ったスイングをしろとも」
「矢城コーチと、言っていることは似てるね。私も新しいスタイルを見つけることには賛成だし、まだ2回戦の日まで時間はあるから、新しいスイングを見つけないとね」
「それと、フォームもですね。やっぱり身長が伸びている分、コントロールや腕の振り方にも影響は出ていたみたいです」
久美ちゃんは、復活させる考え方よりも、進化させる考え方の方が良いという認識かな。もちろん、フォーム改造というのは野球を長く続けて来た人ほど抵抗感が大きい。久美ちゃんはリトルの頃から野球をしているから、どう転ぶかは分からない。
私も、調子を落とすことは多々ある。その度に、少しずつフォームを新しいものにしている。ちょっとバットを寝かせるとか、立ち方を変えるだけでもスランプ脱出の鍵にはなる。
真凡ちゃんが調子づいているのは、常にフォームをぶっ壊しながら成長を続けているからだ。教えられたフォームを参考にして、自分で考えながらバットを振っている。私のアドバイスや矢城コーチの指導を踏み台にしているから、それが急成長にも繋がっているはずだ。
「水澤知代です。夏の大会の試合は、応援に行ってました。マネージャーとして、力になれるように色々と益美と勉強をしてきているので、よろしくお願いします」
「キャプテンのカノンだよ。水澤さん、よろしくね」
次の日には水澤さんも来たし、テストも終わったので本格的な練習に入る。相変わらず内野陣のノックは矢城コーチが打っているけど、ギリギリの打球に追い付く鳥本姉妹は連携も良い。
「それじゃあ智賀ちゃん、ノッカーよろしくね」
「はい!今日は手前に落とせるよう、頑張ります」
外野陣のノッカーは私か智賀ちゃんが、交代で行なっている。今日は私がサードでノックを受ける日なので、智賀ちゃんに任せた。ノッカーを行なうことで、見えて来る視点や、感覚というものがあるから、それを智賀ちゃんに感じて欲しい。
時々、智賀ちゃんの様子を確認しながらもサードでノックを受ける。優紀ちゃんと交互に打球を受けるから私にとっては楽だけど、優紀ちゃんはどんどんと疲弊していく。時々、優紀ちゃんが捕れなくてボールは後ろを転がっていくので、回収作業は大変だ。
「球際に強くなるには一歩目を早くする必要があるけど、優紀ちゃんは二歩目が遅いよね」
「そう、なのかな?」
「たぶん一歩目を素早く出そうと意識し過ぎて、二歩目で修正しないといけなくなっているから、一歩目を正しく踏み出す意識は持っていた方が良いよ」
時々気付いたことをお互いに言い合いながら、矢城コーチのノックを受けて、本城さんへ送球する。一塁手として本城さんが慣れて来たお陰で、内野の守備はかなり安定した気がする。やっぱり、野球センスがある人はどこを守ってもすぐに一定以上はこなせるね。
私の場合は、元々どこも守れない器用貧乏だった。外野手としての守備に慣れるまで、平凡な外野フライを捕球出来るまでには1年以上の時がかかったし、素直に才能がある智賀ちゃんや真凡ちゃん、本城さんは羨ましい。
3日後には、秋季神奈川県大会の組み合わせ抽選会がある。今回は私と智賀ちゃん、真凡ちゃんが会場まで行くつもりだ。出来れば部員全員に抽選会の雰囲気を味わって貰いたいけど、練習もあるから入れ替わりで行くことになりそうかな。あの独特な雰囲気は、味わって損はしないだろうし。
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