第10話 投手の適性

春谷さんから投手もやれ、と言われたので、素直にマウンドに上がってボールを投げる。先に智賀ちゃんが投げてハードルが下がっているからか、周りからは凄い凄いと言われるけど、何球も続けて投げていたら恥ずかしくなってきた。


十数球ほど投げると、梅村さんが首を傾げた。どうしたのだろうと思っていると、梅村さんが突然立ち上がって、こちらに駆け寄ってくる。


「何で、全力で投げないの?」

「え?全力だよ?」

「……うーん、バックホームの時みたいに、全身を使って投げてみてくれる?」


どうやら、私の球速はこんなものでは無いと言いたかったらしい。私自身、投手には興味が無かったから見よう見まねのフォームだったけど、バックホームの時みたいに、か。


グッとボールを握って、プレートに当てている右足が反動で浮いてしまうぐらい、全体重を乗せて投げる。すると、今までよりか明らかに違う音がキャッチャーミットから響いた。


「……軸足は残す方が良いから、そこは意識しておいて。下半身の負担にもなるし」

「うん、分かった」


その後は、梅村さんのアドバイスを受けながら投球練習を行なう。投球練習はお遊びでしかやったことが無かったけど、ちゃんと投げると疲れるな。




(速い!!しかも、構えた所に正確に投げ込んで来る……)


奏音がマウンドに立ち、梅村がボールを受ける。どこで投球指導を受けたのか、奏音の全力で投げる球は綺麗なバックスピンのかかったストレートだった。


(和泉大川越との試合の時に刺殺した時も凄かったから、そんな予感はしてたけど……カノンさんは投手でもやっていけるかな)


内角と外角、その低めに丁寧に投げる奏音のストレートは力強く、ノビがある。少し投げ込めば大槻さんのストレートにも負けないだろう、と梅村が思った時、違和感を感じた。


10球、20球と投げている内に、球威が下がっていくのだ。スピードも投げる度に遅くなっていき、40球を超える頃には最初の棒球に戻っていた。


「はあ、はあ……ピッチャーって、結構疲れるね」


奏音は、投手としてのスタミナが少なかった。




40球ぐらい投げた所で春谷さんにお疲れ様です、と言われてタオルを渡された。その後、リリーフエースの称号を渡される。


万が一の時に1回だけ抑える、という役割だ。自分自身、投手としてのスタミナが無い事は把握できた。梅村さんからは全力投球の弊害だ、とも言われた。いや、梅村さんが全力で投げ込めって言ったような気が……。


全力で投げないとただの棒球らしいので、全力で投げるしかないわけだけど、全力投球がここまで疲れるものだとは思わなかった。そりゃ、プロの抑えも30球ぐらいしかスタミナが持たないわけだ。


智賀ちゃんの方は一から先発として育てることになっているけど、上背が私以上にあるから打ち辛そうではある。とりあえず私と智賀ちゃんは、スタミナを付けるためにこれまで以上の走り込みが必要だ。


私と智賀ちゃんが投球練習している姿を見て、西野さんも尻に火が付いたのか今まで以上に鬼気迫る勢いで投げ込んでいた。別に智賀ちゃんも私も西野さんを脅かすような存在では無いはずだけど、西野さんも球速アップを目標にして努力を続けている。




合宿では、内野陣の先輩方がぶっ倒れるぐらいにノックを受け続けていた。大野先輩も投げない時はファーストに入るから内野組だし、西野さんも途中から内野組に入っている。


その全員が疲れ果てるほど、強い打球でノックを打ち続けられるということは、やっぱり矢城先生もただ者では無い。後でこっそりと教えて貰ったが、甲子園に出場した経験もある模様。


練習が終わった後は、柔軟を行なう。練習開始前にも柔軟や体操はしているけど、練習終わりにも行なうことで代謝が促進されるから、疲労回復とかの効果もある。


「カノンちゃんって、身体が柔らかいよね」

「まあ、ね。柔軟は毎日欠かさずして来たから……前後開脚も出来る」


西野さんが話しかけて来たので、休憩がてらに柔軟性を披露。すると近くにしゃがみ込み、耳元で囁いて来た。


「久美ちゃん、ガールズの元エースで県大会優勝まで導いたんだって。でも、事情があって投げられないみたい」

「それ、私が聞いても良かったの?県大会優勝ってことは、全国大会で私と対戦しているかもしれないし」

「うん。だからカノンちゃんに相談したんだけど。詩野ちゃんは放置するみたいだけど、ピッチャーが足りないんでしょ?」

「足りないことは無いけど……でも、もし春谷さんが凄い実力を持つ投手だったら、優紀ちゃんはエースになれないよ?」


内容は、春谷さんが全国大会で私と戦っているかもしれない、ということ。経験者であることは間違いないし、否定もしてなかったけど、ピッチャーだったのか。


そしてもしも春谷さんがピッチャーとして復帰したら、西野さんはエースになれないかもしれないという可能性を示唆すると、露骨に西野さんは不機嫌になった。


「……私、そこまで馬鹿じゃないからね。チームが勝つために、私がサードをした方が良いなら、サードをするよ」

「……ごめん、今のは私の心が醜かったね」

「あはは、別に気にしてないよ。どこまでも純真に野球をしてるって感じなのに、そういうことをカノンちゃんが考えるのは意外だっただけ」

「純真に野球をプレーできるよう、努力はしているけどね。どうしてもそういう発想は出て来てしまうんだ」


今日は少し、西野さんの本性が見えたのと同時に、私の本性が露呈してしまった。それにしても西野さんは他人と距離を詰めるのが上手いというか、手際が鮮やかだ。


……春谷さんと私が、対戦しているかもしれないというのは貴重な情報だ。もう一度、対戦したことのある投手について調べておこう。

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