お姉様、アルフォード様はあなたが憎くて婚約を破棄したわけではありませんよ
戯 一樹
第1話
「セシリア! 君との婚約を破棄する!」
城内に高らかと響き渡る声。
その声に、セシリアお姉様は愕然とした面持ちで立ち尽くしていました。
「わたしとの婚約を破棄……? アルフォード様、それは一体なんのご冗談で……?」
「冗談などではない」
お姉様の問いかけに、シュヴァルツ王家第一王子でもあるアルフォード様が、厳粛な声音で言葉を返します。
「僕は本気だ。君との関係はこれまでだ」
「なぜですかアルフォード様! 急にそんな事を言われても納得できません!」
と、大声で問い詰めるセシリアお姉様。
その必死な表情に、周りにいた貴族の方々が困惑した様子で見つめていました。
今日はアルフォード様の誕生祭。
本来なら十八歳となられたアルフォード様を祝うパーティーだったはずなのに、突然の婚約破棄宣言に、大広間にいる誰もが戸惑いを露わにしていました。
「なぜ? なぜかって? 君はなぜ自分が婚約を破棄されたのか、本当にわかっていないのかい?」
「ど、どういう意味で──」
「セシリア──君の異能が何の役にも立たないからだよ」
異能。
それはこの国の貴族ならだれもが持つ特殊な力。
たとえば、火や水を生み出したり、物体を宙に浮かすといった、およそ科学では説明できない不可思議な力の事を言います。
高名な貴族であればあるほど、その異能は強力になるとも言われています。
ただ、お姉様の場合は──
「あのクロスベル公爵家の令嬢ともあろうものが、植物の成長を少し早めるくらいの異能しか持たないなんて、この僕には相応しくない異能だ。君はシュヴァルツ王家に必要ない人間なんだよ」
「そんな! だって子供の頃は『ステキな異能だね』って褒めてくれたじゃないですか! それに『異能とか出自とか関係なく君が好き』だとも──」
「子供の頃の話だ。今とは違う」
にべもなく応えるアルフォード様。その瞳は終始冷徹で、対面に立つセシリアお姉様を見下ろしていました。
「それに、僕にはもう相応しい人がいる」
「相応しい人? それは一体……!」
「わたくしです、お姉様」
アルフォード様が背後にある扉へと視線を向けたと同時に、私はその扉の陰からスッと姿を現しました。
「フィーネ!? どうしてあなたが!? だってあなたはお父様とお母様と一緒に会食に行っているはずでしょう!?」
「実は、わたくしもアルフォード様の誕生祭にお招きいただいていたのです」
アルフォード様の横に立って、私は口を開きます。
「今日は大事な知らせがあると、アルフォード様から聞かされておりましたので」
「アルフォード様が……?」
当惑した顔でセシリアお姉様がアルフォード様に向き直ります。
「どういう事ですか? 今日はアルフォード様の誕生を祝う日でもあり、そしてわたしとの婚礼の儀を改めて発表する日だったのでは!?」
「先ほど婚約破棄したんだ。婚礼の儀なんてやるわけがないだろう」
それに、とアルフォード様は語を継きながら、おもむろに私の腰へ手を回しました。
「僕にはもう、フィーネがいる」
ざわっ、と賓客の方々が皆一様にしてどよめきました。
それはセシリアお姉様も例外ではなく、茫然自失とした面持ちでアルフォード様を見つめていました。
「フィーネが……? アルフォード様、一体何を言っておられるのですか?」
「言葉通りだ。僕はフィーネと婚約する。彼女の遠方を見渡す異能──『千里眼』はとても有益だ。それにフィーネは君と違って清廉で、なおかつ、とても可憐で聡明だ。彼女ほど僕に相応しい女性はいない」
「待ってくださいアルフォード様! フィーネはまだ十四歳です! まだ婚姻が認められる年齢ではありません!」
「それがどうした? 彼女が成人になる十六歳まで待てばいいだけの話だ」
「本気、なのですか……?」
「本気だよ」
間髪入れず返答するアルフォード様に、お姉様はショックを受けたように目を見開いていました。
それから、少し時間を置いて。
「……フィーネは? フィーネは、アルフォード様の事をどう思っているの? 二人して、ずっと前からわたしを裏切っていたと言うの……?」
「お姉様、アルフォード様は──」
と、一瞬喉奥まで出かかった言葉をとっさに呑み込みます。
そうして、決意を固めるようにアルフォード様の胸に顔を
「申しわけございません、お姉様。わたくしは、アルフォード様を心から愛しております……」
瞬間、セシリアお姉様の顔が悲痛に歪みました。
今にも泣き出しそうに、目尻に涙を溜めながら。
「さあ、もういいだろう」
そう言って、アルフォード様は片腕を上げました。
「君はここから去れ!」
直後、アルフォード様の手から猛烈な風が放たれました。
アルフォード様の異能、風を自在に操る力。
その異能で作り出された突風によって、セシリアお姉様が「きゃ!」と転倒しました。
しん、と水を打ったように静まり返る城内。
ややあって、アルフォード様の仕打ちがよほどショックだったのでしょう──すぐに立ちあがろうとはしないセシリアお姉様に、
「君の顔は金輪際見たくもない。今すぐ帰るといい」
と、容赦のない一言を発しました。
この時のセシリアお姉様の悲痛なお顔を、私は一生忘れる事はないでしょう。
アルフォード様に心ない言葉をぶつけられたセシリアお姉様は、顔を両手で覆いながら、出入り口である大扉の方へと走り去ってしまいました。
その後ろ姿を見送ったあと、賓客の方々が時を取り戻したかのように再びざわつき始めました。
あんな顛末を見せられたのだから、無理はありませんが。
そんな騒然とする大広間の中で、私はそっと隣に立つアルフォード様の横顔を覗き込みます。
アルフォード様は、今にも泣きそうな顔でセシリアお姉様が走り去っていった大扉の方を見つめていました。
ともすれば、今にも追いかけたいと言わんばかりの哀切な眼差しで。
「アルフォード様、大丈夫ですか……?」
「……うん。大丈夫だよ」
私の問いに、アルフォード様は弱々しく頷きます。
「ずっと前から、覚悟していた事だからね」
切なげに微笑みかけてくれるアルフォード様に、私は何も言えなくなって俯いてしまいました。
──お姉様、アルフォード様はあなたの事が憎くて婚約を破棄したわけではありませんよ。
──アルフォード様はあなたを心から愛しているからこそ、お姉様との婚約を破棄したのです。
お姉様から質問された際に漏れかけた心の内を、再度胸中で繰り返します。
どうして心から愛しているはずのセシリアお姉様との婚約を破棄したのか。
それにまず、アルフォード様の事情から語る必要があります。
◆◇◆◇◆◇
誕生祭が終わって、しばらく経ったあと。
私とアルフォード様は、シュヴァルツ城内にある庭園で、二人隣り合う形で佇んでいました。
「今日はすまなかったねフィーネ。とても辛い役を君にやらせてしまった……」
「いいえ。私も覚悟の上でしたから」
気遣うように優しい言葉を掛けてくださるアルフォード様に、私は
「それに、本当にお辛いのはアルフォード様とセシリアお姉様の方だと思いますから……」
「僕なんて、セシリアに比べたら……」
言いながら、アルフォード様はお辛そうに目元を伏せました。
「きっと、今ごろ馬車の中で泣いているんだろうね。本当は今すぐにでもその涙を拭ってあげたいけれど、僕にはもう、そんな資格はないから……」
「アルフォード様……」
「泣かせたくなんてなかった……子供の頃からずっと好きで、セシリアと許嫁になったと知った時は飛び跳ねるほど嬉しかったのに。絶対に彼女を幸せにしてみせると心に誓っていたのに……!」
力強く握り締めた拳を、アルフォード様は罰を与えるように自身の額に打ち付けました。
「僕は、僕はなんて無力で不甲斐ないんだ……っ!」
「……アルフォード様、そんなに自分を責めないでください」
まだ自分の額を打ち付けようとするアルフォード様の拳に手を添えて、私は言います。
「お姉様のためを想っての事なのでしょう? 事情はよくわかりませんが、アルフォード様が今でもお姉様の事を心から愛しているのは、私がよくわかっています。だって幼い頃からずっと見ていましたから」
それこそ、公爵家の令嬢である私とお姉様の家に、アルフォード様が従者と護衛の方々と共に来訪してきた時から。
最初は政略結婚のための許嫁との顔合わせだと、お父様から聞かされました。
そして私もいずれは、アルフォード様とセシリアお姉様のように、どこか高名な貴族か、王族の方の元へ嫁ぐ事になるだろうとも。
でも私が見ている限り、アルフォード様もセシリアお姉様も、互いに想い合っているようにしか見えませんでした。
そんな二人が別れてしまったのです。
アルフォード様がどれだけの覚悟を持ってお姉様との婚約を破棄したか、近くで見ていた私だからこそ、よくわかっているつもりです。
「ですから、今はお姉様の幸福を祈りましょう。大丈夫です。お姉様はとてもお強い方ですから」
「……フィーネはすごいね」
「えっ。私が、ですか?」
思わずキョトンとしてしまいました。
私のどこが一体すごいと言うのでしょう?
「あんな衆目の前で新しい婚約者だと名乗らせて、今後は家族からの叱責だけでなく、周りから好奇な眼差しを向けられるかもしれないというのに」
「お父様とお母様にはすでに説明してあります。アルフォード様の話をしたら、二人とも理解を示してくださいました。それがセシリアお姉様のためになるのだったら、と」
「そっか……」
「周りの反応に関しては、先ほども言いましたように覚悟の上です。たとえ蔑視されようと陰で泥棒猫と囁かれようとも、私はアルフォード様の元から離れるつもりはありません。今の私はアルフォード様の婚約者ですから」
「君は、どうしてそこまで……。ろくに事情を話していないというのに……セシリアに大きな災いが降りかかるかもしれないとしか話していないのに、なぜここまで……」
「それも先ほど返答いたしましたよ? あれほどお姉様を愛しているアルフォード様が、お姉様を救うために一芝居を打ってほしいと仰るのです。そのためならば、いくらでも婚約者の振りをしましょう。喜んで泥を被りましょう。それがアルフォード様とお姉様の幸せに繋がるのなら」
──嘘です。
本当は、私はすべてを知っているのです。
実はアルフォード様が、もうひとつの異能の力で死に戻りしているという事を。
異能は基本的に一人にひとつだけ、というのが常識となっています。
ですがごく稀に、複数の異能を生まれ持った方もいらっしゃると聞きます。
それがアルフォード様の場合、『風』の異能と『死に戻り』の異能のふたつ持ちだったというわけです。
アルフォード様自身は、隠したがっているようですが。
──というのも、『死に戻り』の話を誰かに明かしてしまうと、異能の『制約』によって命を落としてしまうからなのです。
ここで言う『制約』とは、いわゆる異能を使う際のルールのようなもので、これを破ると異能を使った本人か、あるいは周囲に悪影響を及ぼしてしまう場合があります。
それこそ、遠く離れた人が特定のワードを発してしまっただけで、異能の『制約』に触れてしまう場合もあるくらいに。
アルフォード様の場合ですと、誰かに『死に戻り』の話をしただけで命を落としてしまう『制約』に縛られているという事になります。
ですので、基本的に『制約』の詳細をみだりに吹聴するような人は滅多におられないのですが、中でもアルフォード様の『制約』はかなり厳しいものであると言えるでしょう。
ではなぜ、そのアルフォード様の秘密にしている事を知っているのかと言うと、私の『千里眼』に関係してきます。
私の異能である『千里眼』は、遠くを見渡せる力だけと思われていますが、実は触れた人の過去を読み取る『過去視』の力も持っているのです。
お父様からは「それは人の過去を暴く危険な力でもあるから、私以外に話してはいけないよ」と言われているので、私とお父様以外は誰も知らないのですが、その『過去視』で偶然知ってしまったのです。
アルフォード様が死に戻りしている事を。
それも一度や二度じゃなく、もう百は数えるほど死んでは過去に戻っているという事を。
その幾多の過去の世界を見て、私は知ってしまいました。
どの過去の世界においても、数日後か数週間後にセシリアお姉様が亡くなられてしまうという事を。
轢死、失血死、溺死と死因は様々ですが、お姉様は必ずと言っていいほど、事故や他殺などによって命を落とす未来を歩んでしまうのです。
それも、どれもアルフォード様との婚礼の儀を済ませたあとに。
短くて三日、長くて二週間といったところでしょうか。長さこそバラつきはありますが、お姉様はあたかも運命のように死へと誘われてしまうのです。
だから、アルフォード様はセシリアお姉様との婚約を破棄したのでしょう。
お姉様と婚約すると、必ず死ぬ未来が待っているから。
もちろん、何度もアルフォードがお姉様の死を回避しようと、どの過去でも奮闘されていました。
それこそ、決死の思いで。
ですがどの世界においても、お姉様を助ける事はできませんでした。
その時のアルフォード様の絶叫が、悲壮が、絶望の果てに自死を選ぶ姿が、今も瞼を閉じれば脳裏に焼き付くように覚えています。
できれば、アルフォード様もこんな酷な形で婚約破棄なんてしたくなかったでしょう。
まして、あんな公の場で。
ですがアルフォード様には、ああしなければならない理由があったのです。
なぜなら普通に婚約を破棄しただけでは、セシリアお姉様がアルフォード様をどこまでも追いかけてしまうから。
だからこそ、あのような大々的な場で──それもまるで私と蜜月の仲であるような振る舞いをする事によって、お姉様が完全にアルフォード様への想いを断ち切れるように婚約の破棄を告げられたのです。
あの時のお姉様の顔は、一生忘れられません。
あんな胸が張り裂けそうなほどの悲しみに満ちた火を見るのは初めてです。
……叶うのでならば、お姉様にアルフォード様が死に戻りされている事を教えてさしあげたい。
どれだけアルフォード様がお姉様の事を愛しているのか、千の言葉を並べて伝えてあげたい。
ですが、それはしてはならないのです。
もしも私が『死に戻り』の話を誰かにしてしまったら、『制約』に触れてアルフォードが亡くなられてしまうから。
実際、私は『過去視』で見てしまったのです。
アルフォード様が死に戻りした世界のひとつで、私が『死に戻り』の件をお姉様にしてしまったために、アルフォード様が命を落とされた瞬間を。
ですので、どうあっても『死に戻り』の話をしてはならないのです。
──いえ。
この際なので正直に言いましょう。
心のどこかで、この状況に安堵している自分がいるという事を。
なぜならば、お姉様の代わりにずっとアルフォード様のそばにいられるから。
あの時──セシリアお姉様に問いかけられた際。
アルフォード様を心から愛していると口にしたあの時の言葉。
アルフォード様はきっと演技だと思われているでしょうが、実は私の本心だったのです。
お姉様にもアルフォード様にも、周りにいる人達にも秘密にしていたのですが、幼い頃からずっとアルフォード様を慕っておりました。
お姉様とアルフォード様の婚約が決まった時も、ずっと、ずっと、ずっと──。
……私は、本当に嫌な人間です。
セシリアお姉様を心配する一方で、こうしてアルフォード様のおそばにいられる事に喜びを感じているのですから……。
「本当にすまない、フィーネ。君の幸せを奪うような真似をしてしまって……。君にも好きな者と一緒に歩む未来があったはずなのに……」
「アルフォード様、そんないつ来るとも知れない未来まで憂慮する必要はありませんよ。それに、私は望んであなたの嘘の婚約者を演じているのですから」
「……ありがとうフィーネ。君は本当に優しいね」
「優しいのはアルフォード様の方ですよ。さあ祈りましょう。お姉様の幸福を」
「うん。そうだね」
と、弱々しく微笑むアルフォード様に、私も精一杯の笑顔を返します。
そう──これは嘘の関係。
この先、本当に私とアルフォード様が婚姻したとしても。
その心の中に、私は確実にいない事でしょう。
いつだってアルフォード様の瞳の中には、セシリアお姉様しか映っておられないのですから。
それでもいいのです。
せめて、この方の心の傷を少しでも癒せるのなら。
お姉様の代わりになれなくても、おそばで支える事ができるのであれば。
私はそれだけで、充分に幸せなのです──。
「セシリア──どうか君が幸せになれますように。その涙を、いつか誰かが拭ってくれるような優しい人に出逢えますように──」
天上に祈りを捧げるように両手を組むアルフォード様の顔を、私も同じように両手を組みながら、そっと横目で見つめます。
胸にチクリと痛みを覚えながらも。
たとえ報われない想いを知っていながらも。
その切なげで、寂しげで、悲哀に満ちたその愛しい横顔を、いつまでもずっと見つめていました。
お姉様、アルフォード様はあなたが憎くて婚約を破棄したわけではありませんよ 戯 一樹 @1603
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