初めまして、星の子。おやすみなさい。
一色まなる
前編
今日の理科の宿題は全く持って理不尽だった。なんせ、こんな寒い真冬の日に天体観測をさせるのだから。しかも、方角だけ決めてあとはスケッチしろ、なんて無責任にもほどがある。
「まぁまぁ、小型ストーブとランタンとキャンピングチェアを出してあげるから頑張ってくるんだよ」
そう父さんが言ってくれたのはうれしいけれど、ガサガサの皮膚に乾燥した冬の空気は大敵だ。僕が不満そうな顔で頬を掻くものだから、台所から母さんが顔を出した。
「肌が乾いてかゆい? まぁ、たいへん。この保湿クリームを塗っていきなさいな」
そういって、母さんが頬に塗ってくれたのは、大手の製薬会社から発売されているロングセラーの保湿クリームだ。聞けば僕のおばあちゃんが赤ちゃんのころにはすでにあったらしい。
ってことは軽く3桁は昔の話というわけだ。洗い物を終えた後の手で触ってくるものだから、とても冷たい。その上保湿クリームは、薬草のにおいをごまかすように花のにおいをつけているのだから始末に負えない。
頑張っておいで、なんて言われたら行くしかない。目指す先は町はずれの高台の公園。ここが一番星が見えるところだと思ったから。着いた時間とそこから一時間後の星空の様子をスケッチして休み明けに提出だ。
今は何でもデジタルで記録する時代に、個人の技量が表れるスケッチなんて時代遅れにもほどがある。
「さ~~~~~~~む~~~~~~」
冷たい風の中、僕は町を歩いていく。背負ったリュックサックにはストーブとランタンと、キャンピングチェアと記録用のスケッチブックと筆記用具、それから母さんが入れてくれたスープとお茶の入った水筒ふたつ。それらがガチャガチャと音を立てるから、そこまでさみしくはない。
防寒用のグローブをこすりながら、足を進める。夏なら明るい時間だというのに、冬になるとすっかり暗い。町ゆく人たちはコートに体を包んで足早に去っていく。歩いている人より、車に乗っている人の方が多い。その車も、どこからくっつけてきたのか、雪をかぶって走っている。
店も徐々に明かりを落としていく。まだ夕ご飯時だけれど、こんなに寒い日に店を開いても誰も来ないから、早めに店じまいをするんだろう。
「何もこんな日に観察しなくていいじゃないか、先生のばかぁ」
なんてつぶやいたところで、宿題なのだから仕方ない。昨日は雪が降って、あちこちに溶け残った雪が見えた。雪が降った後の夜は星がよく見えるのだ、と先生は言っていた。雪が空気中の要らないものをくっつけて落ちてくるからだそうだ。
そんなこと、寒い中観察する理由にするのはひどいと思う。風が強くなくて良かったと思う。この寒い中、風まで強かったら風邪をひいてしまう。それすら先生の計算のうちだと思うとちょっと腹が立ってくる。
でも、こんな時間に外を歩いても怒られないのはちょっとうれしい。いつもなら、夕方のメロディーが流れた後に家の外に出ようものなら、母さんの雷が直撃するからだ。宿題というたいぎめいぶんを得た今、僕に怖いものはない。
「この交差点を右に曲がって、花屋さんとコンビニの間を通って……」
高台の公園はあまり行かないので、記憶をたどりながら進んでいく。溶け残った雪に時々足を取られそうになるけれど、何とかついた。
「確か、この階段の上だ」
そういって、僕は石段をゆっくり上がっていく。凍り付いた階段で足を滑らせ、転んだら大ごとだ。そうならないように、急斜面にとってつけたような階段を手すりを頼りに上っていく。
公園の頂上につくと、まだ誰も居ないようだった。この辺りに住んでいるのは僕だけなので、仕方ないと言えばそうかもしれない。独り占めできる喜びと、一人ぼっちの落胆で僕はしばらく腕を組んでうなっていた。
「確か、北の空って言ってたな」
リュックのポケットに入れていたタブレットで方角を表示させ、北を向く。丁度電波塔が見える位置だったのでわかりやすかった。
「まずは腹ごしらえだ。母さん何を入れてくれたかな」
キャンピングチェアを広げて、その上に湯たんぽ入りの座布団。足元に小型ストーブを置いてスイッチを入れる。温まるまで、チェアに座りひざ掛けを乗せる。リュックをあさって水筒を探した。広い口の方がスープだ。きゅ、きゅとまわすと鶏ガラのほんわりとした匂いがした。一緒に入れてくれたスプーンでかき混ぜてみると、大小の豆が入っていた。一番小さいのがグリーンピース、中くらいがヒヨコ豆。そして、大きな黒豆。
ゴロゴロとした触感を楽しみながら僕は空を見上げた。街灯があるからプラネタリウムみたいなはっきりした星は少なかったけれど、いつも見上げる星空とは少し違っていた。
「観察しようっと」
タブレットで一時間後にタイマーが鳴るように設定して、僕はスケッチブックを広げた。まずは黒く全部塗りつぶし、そこから白いインクで星を描き足していく。手を抜くと怒られてしまうので、できるだけ多く、正確に。
「これで、いい……かな」
ふぅ、とお茶を飲んで僕はつぶやいた。あと一時間もここにいるのはちょっと堪える。星を見る以外やることがない。
なんだっけ、ぼんやりすることが脳にとっていいことらしい。そういわれても、まだ子どもの僕には分からない。
そもそも、星を見上げることに何の意味があるんだろう。あの星の名前だって、ずいぶん昔の科学者が望遠鏡で見つけて名前を付けた。今も多くの星に名前がついている。名前のついていない星なんてあるのだろうか。見えている星だって、遠すぎて見に行くことすらできないじゃないか。
キラリ。
「あれ……なんだ?」
ふと、目に飛び込んできたのは小さな星の軌跡だった。流れ星だ、と思ったころにはこっちにやって来ていた。僕は慌ててチェアから飛び上がって走りだした。
なるべく遠くへ。流れ星が落ちるのは珍しくはないけれど、隕石だったら警報が鳴るはずだ。危なくはない大きさだろうけれど、いきなり目の前に光る物体が飛び込んできたら恐怖だろう。
「ちょっと!!? なんで!?」
その軌跡は僕がさっきまで座っていたチェアのすぐ後ろで途切れた。ドスン、という大きな音とともに、流れ星らしき物体は沈黙した。
「これ……先生に言う? それとも、警察?」
どうするかはともかく、流れ星が落ちるところを見れるなんてラッキーだ。うまくいけば新聞紙に載って町の有名人になるかもしれない。そわそわしながらゆっくりと近づいてみると、僕はがっかりした。
「何だぁ……ただの人工衛星かよ」
人工衛星なら、落ちてきてもそこまで有名になるわけじゃない。がっかりした気持ちのまま僕は人工衛星に近づいた。大小のパラボラに角ばった本体。それが長い三脚に支えられている。けれども、それらは長い稼働と落下したショックでバラバラに散らばっていた。
「ええっと、流れ星かと思ったらただの人工衛星でした……と」
スケッチのほかに出されたレポート用紙に書き込んでいく。外見と、大きさと、そして———へんてこな金色の円盤があった。大きさは座布団にできるくらい。持ってみるとずっしり重い。
「何だこれ……飾り、にしては大きすぎるし、なんか変な模様」
キラキラと黄金に輝く円盤の表面には何かでひっかいたような模様があった。放射線状の物もあれば、ダンベルのような模様もある。ジグザグの芋虫のようなものもある。列車のおもちゃのような模様まであって、何のことか全くわからなかった。
「これを作った人のメモかな?」
困った僕はピカピカに輝く円盤を写真に撮ると、家で待つ母さんたちに送った。
——— そして私は”夢”と出会った。
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