第19話 未来への希望
全員の発表が終わった。いま、五人の数学者たちと国王が、別室で誰を合格にするか話し合っている。
俺達はそのまま部屋で待機していた。
……。
はっきり言って、めちゃくちゃ気まずい。
俺達の目には、誰が合格するか明らかだった。
イリハと美法だ。
だが、魔王討伐隊に最大何人選ばれるのかはわからない。
一人かもしれないし、ここにいる全員かもしれない。
その中に、俺は入っているだろうか。
入っていないと、困る。討伐隊に選ばれないと、俺は元の世界に帰れないのだ。
俺は思わず祈った。頼む、選ばれていてくれ、と。
だが、いったい誰に祈っているのだろう? あの女神か?
無言で居ずまいを正していると、ようやく扉が開いた。国王達が入ってくる。俺たちは全員、背筋を伸ばした。
「お待たせしたね。これより、討伐隊の選抜者を発表しよう」
国王は、こちらが心の準備を整える時間などくれなかった。
俺達の前に立つと、すぐに言った。
「一人目は、イリハ・アブサード氏だ」
「は、はいっ」
急に呼ばれてイリハもびっくりしたのか、声を裏返しながら立ち上がった。
「貴君は、数学能力が極めて高い。この国の中でも上位に入るほどだろう。その点を評価し、選抜した」
「ありがとうございます」
イリハは頭を下げた。
「続いて二人目は、ミノリ・オオホコ氏だ」
「はい」
美法は落ち着いて返事をすると、イリハにならって立ち上がった。
「貴君は、魔法能力が極めて高く、数学能力も申し分ない。魔王封印のための新しい魔法の開発の面からこれ以上の適任はないと判断した」
「ありがとうございます」
数学はともかく、魔法の方は神の特例措置を得ているのだから、そりゃぁ極めて高いだろう。あの女神が俺にもチートをくれれば、俺も同じ評価を受けたのだろうに。
それはともかく、問題はここからだ。三人目は誰が選ばれるのか? 俺か、モルダカか、他の誰かか……。
国王は言った。
「選抜者は以上だ」
「……えっ!」
俺とモルダカの声がハモった。国王は俺達五人に向けて言った。
「誠にすまない。十分な検討を重ねた結果につき、了承してもらいたい。それに魔王討伐は危険な任務だ。前線に赴く兵士たちの安全のため、極めて高い能力を有する者だけを採用させてもらうことにした」
それは、その通りだ。
その通りなのだが。
それじゃ俺、元の世界に帰れねえじゃん!!
***
それから、イリハと美法は別室に呼び出され、残りの俺達は執事たちに城の外へと案内された。
……俺が落選したのは、ある意味、自業自得と言える。背理法を使ったから、ではない。
前の課題で、俺は美法の答案をカンニングした。後の課題では、俺は停止性問題という、俺達の世界では常識になっている内容を発表した。
どちらも俺の実力ではない。
俺は数学が好きだが、実力はあまりないのかもしれない。イリハほど数学に真剣でもないし、あの数学者たちのように誠実でもないのかもしれない。
それを見抜かれていたのだとしたら、俺の自業自得だ。
とぼとぼ歩いていると、前方に、とぼとぼ歩くモルダカの姿が目に入った。
俺が落ちたのは自業自得かもしれないが、モルダカは違う。あいつの実力は本物だ。ただ、ほんの少し、伝え方が悪かっただけだ。あるいは、この世界が。
俺は思わず、モルダカに声をかけた。
「なぁ、モルダカ」
「なんだよ」
モルダカは不機嫌そうに振り返った。
「お前、あの計算機、どうするつもりだ?」
「あん?」
モルダカは俺をにらみつけたあと、背を向けた。
「さぁな。別にこのために作っていたわけじゃないが、なんか萎えた。しばらくは開発休止だな」
「中止じゃなくて休止なんだな? いつか再開するんだな?」
「わからねぇよ、そんなの」
「いいか、絶対に再開しろよ! お前のあの計算機は、いつか世界を変える。モルダカがあれを開発し続ければ、お前の名前は歴史に残る!」
振り返ったモルダカは、不審そうな表情をしていた。
「お前、何を言っているんだ?」
「本当のことだ。あの計算機はいずれ、魔法が使えない人間にも、魔法みたいなことを可能にさせる」
「計算魔法のことか?」
「違う。遠く離れた人間に一瞬で手紙を送れたり、物体の温度を制御したりできるようになるんだ」
「手紙? 制御? そんなこと、できないに決まって…………いや」
モルダカが考え始める。いいぞ、その調子だ。
「手紙はよくわからないが、制御なら……」
「手紙だって簡単だ。あの計算機二台の間で、文字列をやり取りさせるんだ」
「無理だ。転送魔法は複雑すぎて、物体に付与できない」
「魔力があるかないかだけなら、通信できないか? 全ての文字を、二進数に変換して送るんだ」
「呼び鈴みたいなことをすればいいのか。それなら……」
ふと我に返ったように、モルダカは俺をにらんだ。
「……お前、何者だ? 聞いたこともない言葉を話して、意味不明な論理を使って。俺すら思いつかなかった計算機の応用を、なぜそんなに思いつく?」
顔を近付け、俺の顔を下からじろじろとにらむ。
「お前、未来人なのか?」
突拍子もない仮説が出てきたな。しかし、当たらずとも遠からずだ。
「似たようなものだ」
俺は真剣な表情で答えた。
俺達の世界は、数学ではこの世界に後れを取っているが、文明は先に進んでいる。どうしてそんな不均衡が起こっているのかわからないが、とにかくそうだ。
モルダカは、俺の真意を読み取ろうと、しばらく無表情で俺の顔を眺めていた。
だが、俺が本気で言っているとわかると、不意に笑顔を浮かべた。
「さっきも言ったが、キティラはこの課題のために作ったわけじゃない。開発は続けるに決まってる」
「本当か!?」
「ああ。そして今度は変な論理をひねり出さないようにするさ」
そこはそのままでもいいと思うけどな。
モルダカはそれ以上何も言わず、軽快な足取りで去っていった。
一人残された俺は、イリハと美法を待つことにした。
城門を見上げながら、今後のことについて考える。
俺は、魔王を倒さなければ、元の世界に帰れない。そのために討伐隊に入りたかったのだが、その目論見は潰えた。
だが、まだ希望はある。何も討伐隊に入らなければ魔王を倒せないわけじゃない。俺が勝手に魔王を倒してしまったっていいのだ。
幸い、イリハと美法は討伐隊に入れた。二人から情報をもらって、先回りして倒しに行けばいい。
これで行こう。いや、これしかない。
こんなことが可能かどうか、全くわからない。だが今の俺には、これしか希望が見いだせない。
俺はこのかすかな希望にすがって、自分を奮起させた。
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