第18話 異世界に行ったら計算機があった

「け、計算機!?!?」


 モルダカは俺の顔を見て、勝ち誇ったように笑った。


「その通り、計算する機械だ」

「バカな……」


 この世界には電気がない。だから当然、コンピュータも計算機もないものだと思っていた。いや、事実なかったのだ。モルダカは、それを、作った? どうやって?


「この装置の名は、キティラ。装置の製作に最も貢献してくれた、ジェロノ家お付きの魔法使いの名を冠しました。もっとも彼は、自分が何を作っているのか、あまり理解していないようでしたが」


 魔法で作った? 計算機を?

 たしかに、簡単な魔法なら物に付与することもできると、美法に教えてもらった。家電なんかは全部そうやって動いている。

 しかし、計算機は存在しなかった。計算魔法は複雑な魔法だからだ。


「計算魔法は高等魔法です。『計算するより暗算した方が速い』などと言われるように、人間なら暗算でできることも、魔法にやらせようとすると大変です。あるレベルを超えると魔法の方がマシになりますが、そのレベルの魔法を物体に付与するのは、歴代最高峰の魔法使いでも不可能でしょう」


 モルダカは“研究背景”をすらすらと喋った。スライドの類は使っていない。意外にも弁舌の立つ奴だった。


「しかし、俺は気が付きました。計算というのは、実はもっと単純な仕組みで可能なのではないかと。そう、二進数を使えば」


 ……お?

 なんだか聞いたことのある導入だった。元の世界で、この話を聞いたことがある。コンピュータが好きなたかしが似たことを話していた。まさか、モルダカも……。


「八進法では1+1=2となりますが、二進法では1+1=10となります。この計算は計算魔法でもできますが、実はもっと単純な魔法――魔力検知魔法と、移動魔法だけで可能なんです」


 俺達の世界に魔法はないので、ここから先の説明は俺も聞いたことがない。だが、という意味では、全く同じ説明だったと言っていい。


「こんなイメージをしてください。1と0は、ボールに魔力が付与されているかいないかで置き換えます。ボールに魔力があれば1です。既に魔力がかかったボールに新たに魔力を与える行為が、1+1。魔力検知魔法を使えば、この状況を検知できます。検知したら、ボールの魔力を隣のボールへ移動させる。すると、魔力のかかったボールと魔力のないボールが並ぶ。この状況が10を表します。こうして、1+1=10が計算できるのです」


 モルダカは意気揚々と説明を続ける。数学者たちも、興味深そうに話を聞いていた。

 コンピュータの仕組みは、数学者にとっても面白いものだ。いや、俺は数学者ではないからわからないが、少なくとも俺は面白く感じた。

 俺達は普段何気なく「計算」をしているが、その仕組みをちゃんと理解しているわけではない。コンピュータを作るには、計算の仕組みを分解し、その本質を理解して、機械(ここでは魔法)にできるように組み直す必要がある。その過程が面白いのだ。


「ではいよいよ、この装置に計算させてみましょう」


 モルダカはそう言って、また紙を出した。そこには、一回目の課題として出題された計算問題が書かれている。モルダカはそれを、装置に空いた穴に入れた。


 装置の中から、何かが動く音が聞こえだした。説明を聞く限り、この装置は魔法とからくり仕掛けの融合だ。いわば「物理コンピュータ」の魔法版である。

 コンピュータといえば、半導体で作られた機械を想像するが、それ以外のもので作ることもできる。ビリヤードボール・コンピュータといって、電流の代わりにビリヤードのボールを使ったコンピュータが知られている。他にも、マインクラフトとかスーパーマリオメーカーとかでも、コンピュータを作ることができる。

 要は、0と1を表す状況が作れて、それらを検知する仕組みと繰り上がり処理する仕組みが作れれば、コンピュータになるのだ。


 しばらくして、装置の穴から紙が一枚出力された。そこには1と0の羅列が書いてある。


「これが計算結果です。二進数で表されていますが、正確に計算できています。ご確認ください」


 数学者たちに紙を渡す。みんな感心していた。


「俺の発表は以上です。ご清聴ありがとうございました」


 これは、心をつかまれる発表だった。この世界にコンピュータが生まれた瞬間を目撃したのだ。


「質問です。人間が暗算するよりも速く計算できるんですか?」

「内容によります。今のように複雑な行列計算などはこちらの方が速いですが、単純な足し算などは人間の方が速いです」

「どんな計算も可能なんですか?」

「理論上は。ただ現実的には、装置のサイズにより制限がかかります。もしこの装置が発展したら、いずれは家ほどの大きさの装置で、複雑な計算をするようになるでしょう」


 質問も活発だった。イリハの発表よりも熱のこもった質問だったかもしれない。これまでこの世界になかった全く新しい装置の誕生に、彼らも何かのパラダイムシフトの予感を抱いているのかもしれない。

 しかし、二つの質問が、その流れを大きく変えた。


「だがその装置を使わずとも、計算魔法を使えばいいのではないか?」


 ごもっともな意見だ。それを聞いた他の数学者たちは、虚を突かれたような表情になった。

 モルダカは、その質問を想定していたらしい。落ち着いて答えた。


「もちろんその通りです。しかしこの装置の本領は、誰にでも使えるという点にあります。計算魔法が使えない人でも、この装置で計算できるのです」

「しかし計算魔法を使えない人間が、その装置が必要なほど複雑な計算をしようと思うかね?」

「この装置が普及すれば、やがて誰もが複雑な計算をするようになるでしょう。今はやれないからやらないだけで、やれるのであれば、やるのです」


 たしかに、そういう面はある。俺達の世界でだって、コンピュータが開発されたとき、それが一家に一台、一人に一台に普及すると、誰が予想しただろう?

 そして二つ目の質問が飛んできた。


「君はいま、一回目の課題をその装置で解いてみせましたが、実際に一回目の課題もその装置でクリアしたのですか?」

「はい。どのような手段を用いてもよいと聞いていたので」

「あの課題には証明問題もありましたが、それもその装置でやったのですか?」

「この装置だけでは証明まではできません。しかし、人間が証明するのを手助けすることはできます。この装置は論理演算も可能ですから。俺はこの装置の助けを借りて、課題を解きました」


 モルダカはこの質問も想定していたようだ。数学者たちは感心して聞いている。


「この装置はちょっとした論理パズルくらいなら、作ったり解いたりできます。俺は既に、この装置に何度も論理パズルを作ってもらいました」


 例えばこれです、とモルダカは紙を取り出して数学者たちに見せた。


 ……ん? 論理パズル?

 あっ、もしかして、俺とこいつが初めて出会ったときに出題してきた論理パズルは、これだったのか!?


「ふむ、三人いて、一人は常に真実を、もう一人は常に嘘を……」


 数学者たちが呟いている内容から察するに、あのとき俺が出題された問題そのもののようだ。


 そういえば、俺はあれを背理法で解いたが、この世界の人間はどうやって解くのだろう? あのときはまだ、この世界に背理法がないなどとは知らなかったから、疑問にすら思わなかった。


 数学者たちが問題を見ている間に、モルダカはまた紙を出した。


「その問題を、この装置に入力しましょう。その程度の問題なら、この装置は自力で解くことができます」


 再びからくり仕掛けが駆動する音が聞こえた。やがて穴から解答用紙が吐き出される。


「どうぞ、ご覧ください」


 数学者たちは、問題用紙と解答用紙を見比べて、内容を吟味し始めた。


 だが。


「これはいったい、どういうことでしょう?」


 困惑した表情で、数学者たちは顔を上げた。


「なんだか、証明ですが……」


 え!?

 そのフレーズは、さっき聞いた。まさかあの計算機、背理法を使ったのか!?


「ちょっと見てみたまえ」


 モルダカは解答用紙を受け取ると、内容をしげしげと確かめた。

 やがて、彼の手がわなわなと震え出した。顔も紅潮している。

 そして、俺の前に歩いてきて、乱暴に紙を突き付けた。


「お前、これが読めるか?」


 渡された解答を読んでみる。

 そこには、俺がイリハに説明したのとほとんど同じ説明が書かれていた。

 つまり、背理法だ。


「ああ、読める。これは背理法だ」

「そんなバカな! いったい、どうして!」


 どうしてだろう? これは本当に、俺にもわからない。

 可能性があるとすれば……。


「論理演算をするときに、魔力を検出できれば真、できなければ偽としたんじゃないか?」

「……なに?」

「二進数で計算していると言ったな? この装置は、1か0でしか考えられないんだ。したがって、1でなければ0だと結論するんだよ。それって、排中律だろ?」


 この装置の詳しい設計は、モルダカしか知らない。だから俺の推論の正しさも、モルダカにしかわからない。

 だが、モルダカの表情を見る限り、どうやら正しそうだ。


「そうだとすると」

 数学者のひとりが言った。

「我々には少し使いづらいかもしれませんね」


 モルダカの発表時間は、それで終わった。

 ……前半の好印象は、最後の最後で覆ってしまった。

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