不透明

廉堂文

幸せ


中学生になった日、私は一人だった。

入学式の一週間前に親の仕事の関係で隣町から引っ越してきた私には、当然中学校に小学生時代からの友人は一人もいない。入学するまでの一週間は、とても憂鬱なものだったのをはっきりと覚えている。

実際に中学校生活が始まっても、周りと切り離されて、まるで壁越しに生活しているかのような寂しい気持ちが募るばかりで、まったく楽しくなかった。かと言って、私は内向的で寂しい性格なもので、自分から友達を作るようなこともすることは無かった。そんな中、一人の女子が私に話しかけてきたのだ。

それから私の世界は一気に塗り替えられた。

三宅幸という名前の彼女は、私の世界を変えたのだ。

可愛らしい顔をしていて、性格も大変穏やかで、何故私に話しかけたのか全く理解できないくらい輝いていた子だった。私以外にも多くの友人がいたようだ。だが、そんな多くの友人らにも無かった幸との共通点を私は持っていた。

入っていた部活が一緒。家もそう遠くない位置。誕生日が一緒。

たったそれだけの共通点だったが、私達が仲良くなるのには十分だった。

放課後、何回も二人きりで遊んだ。お互いの家に訪問しあったりもした。

幸となら何でもできる気がするくらい、私達は仲が良くなった。


あれは中学生二年目の夏の日。蒸し暑く、ジメジメとしていた日。

汗の匂いが教室中に充満していたような気もする。

私は、幸に芽吹き出した恋を知った。

クラスメイトのチャラチャラとした明るい男だった。

私はソレに嫌悪感を抱いた。何故そんな選択をするのか。

理解できない。信じられない。気持ち悪い。

だけどソレは彼女のモノで、私のモノでは無くて。

私じゃどうしようもできないモノ。

その瞬間から幸の目を直視できなくなった。

彼女に対してこんな思いを抱いたのは初めてだったし、何よりも私が何故こんな思いを抱いたのか訳が分からなくて、とても焦った。

何故なのか。私は誰よりも幸の幸せを願っていたのに。彼女は私の親友なのに。

彼女の幸せを願うのなら、最善策はその恋を応援することなのに。


この嫌悪感は私の幸への恋心が原因だと気付いたのは、早かった。


彼女の恋を、私は壊そうと思った。

幸と私は女子同士。こんな恋が存在していいモノなのか、当時の私には判断できなかったけれど、彼女が誰かに盗られることだけは許せなかった。

つくづく陰湿で暗い性格だと思う。

自分は一歩も踏み出せない癖に、他人の一歩は妨害しようとする。最低だと思う。だけどそれが私の選んだ一歩だった。


「幸、◾️◾️の事好きなんでしょ。知ってるよ、親友だもん。隠さなくてもいいって。私、幸の恋を応援したいだけ。絶対に幸の恋を実らせてあげる。」


絶対に幸の恋が実りませんように。


◾️◾️に幸の悪印象を持たせる。

そのために、我ながら最低だと思うがクラスメイトの「いじり」を利用しようと思った。クラスメイトからの幸の印象は良かったため、「いじり」に持っていくのはとても大変だった。女子のペンケースを幸の鞄に入れたり、花瓶を幸の机に置いたり、幸の制服を鋏で刻んだり。典型的で、単純で、残酷。こんなので成功するものかと思っていたが、案外上手くいった。他人の物を盗んだように見せたのが良かったのかも知れない。幸は仕返しとばかりにいじめられ始めた。

それはそれはとても酷いものだった。いじめに私は加担しなかったが、見ているだけ。

どれもこれも全部、恋を実らせないためだから。


幸はいじめが始まってから、私にも近づかないようになった。何処かで勘づいているのかも、と不安になったが、話しかければ普通に話してくれるから大丈夫だと思った。

悩み事、私にも話してくれないんだ。


幸は諦めることはなかった。

幸は学校を1日たりとも休まなかったし、いじめのことは誰にも話さなかった。

私は幸の強さに惚れ惚れした。

だがいじめを止めることは無かった。

私の手を取ればいいのに。


いじめはエスカレートしていく。幸に暴力を振るう輩も出てきた。だけど幸は諦めない。私の手を取らない。

何で?

何で私の手を何で取ってくれないの?私いじめてないよ、大丈夫だから、私にだけは話していいんだよ。だから早く私の手を取って。


もう幸の◾️◾️への恋心なんてどうでも良くなってた。

ただただ私の手を取って欲しいと願っているだけ。そう願いながら自分が始めたいじめを眺めてるだけ。

早く手を取って。

早く。辛いんでしょ?

何で。


何で私のこと好きになってくれないの。




それは中学二年生最後の日だった。

暖かくなり始めた三月中旬。

幸は死んだ。

自殺だって。

度重なる同級生からのいじめが原因だって。

何だよ。

馬鹿だな。

私の手を取れば良かったのに。

ねぇ、私、幸がいないとどうにもならないよ。

戻ってきてよ。

幸がいないで、誰に告白すればいいの。

「好き」って、言えないじゃん。

ずっとこのまんまだよ。

誰に、















ねぇ、私気付いてたんだよ。

清花が私のこと好きだったって。

私にいじめの矛先を向けたのも清花だってこと。

私が清花の手を取ることを、清花自身がずっと待ち望んでいたってことも。

清花が陰湿で暗い性格だってこと、私の恋が実らないよう祈ってたことも。

全部全部、気付いてた。


でもね、言わなかったの。

あえて言わないで死んでやった。


仕返し。

ずっとずっと、清花はこのまま私のこと引きずって歩いていけばいいんだ。

清花のこと大嫌いだし、最低だと思うよ。清花のせいで死んだから。辛かったから。

だからずっと仕返しし続ける。

清花が生きてる限り。

存分に苦しんだら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不透明 廉堂文 @hihuwokezuru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ