第37話 観光客、温泉街を散策する
温泉で女神を返り討ちにした翌日、俺は一人でのんびりとルーノスの散策をしながら、とある目的地へと向かっていた。
「久々に一人だな。これはこれで気が楽だ」
ちなみに、ベルとリースの面倒は宿屋の主人が見てくれている。おそらく、今ごろは三人で温泉巡りを楽しんでいるところだ。
……何故そうなったのか疑問に思うかもしれないが、宿屋の主人曰く「女神を温泉に降臨させてくれたお礼」らしい。
何でも、女神が降臨した年は商売が大繁盛するという伝説があの宿屋にはあるのだそうだ。
俺たちの他に宿泊客がいない様子だったったからな……おそらく経営が厳しいのだろう。
本人も「お客さんが少なくて暇なのよ~」と、のん気に話していた。
あんな威厳のかけらもない女神に縋らないといけないだなんて……悲しすぎて涙が出てきそうだ。
それもこれも全て、魔王が手下の魔物たちを好き放題暴れさせているせいである。許すまじ魔王。
――だから、どうか頑張ってくれ勇者アツト。俺は陰ながら応援しているぞ。
お前ならきっと、一万分の一くらいの確率で魔王を倒せるはずだ。
観光客である俺が本気を出すのは、アツトと愉快な仲間たちが無様に負けて全滅した後でいい。
……俺の予想では『魔窟』の三十五階層辺りで限界が訪れると考えている。
いくら初見とはいえ、余程の馬鹿でもない限り上級職で固めたパーティが低層で全滅することはないだろうからな。
当分は観光を楽しみ、奴らの訃報が俺の耳に届いたら本腰を入れて魔王討伐の準備を始めるとしよう。
俺としては、この世界で転移者が死んだら復活出来るのかどうかという情報が欲しいのだ。
それ次第で立ち回りも変わってくる。
俺が安全にダンジョンを攻略するための犠牲になってくれ、アツト。
「クックックッ!」
――もっとも、ヤツが本当に魔王を倒してくれるのが一番楽で良いんだがな……。
「マシロ様ぁ、何か楽しいことでもありましたかぁ……?」
俺が一人でほくそ笑みながら歩いていると、唐突に背後でディーネの声がした。
呼んでもいないのに出てくるとは……つくづく自由な奴だ。
「……何を言ってるんだディーネ。観光は楽しんでするものだろう」
俺はディーネの問いかけにそう答えてやる。
「……はぁ……それは何よりですぅ……」
するといまいち分かっていないような反応をされた。
「ところで、お前はどうしてベルやリースと一緒に行かなかったんだ? 俺は隠れていたお前のことも呼び出したはずなんだが……応えなかったよな?」
「だってぇ……いつでも力を貸せるようにぃ、マシロ様と共にあることが私の役目ですしぃ……」
俺の右腕に両手を絡ませながら、そんなことを言うディーネ。
「今のところ力を貸してもらった記憶がないんだが」
「あうぅ……ありがとうございますぅ……!」
「何故そこで礼を言うんだ」
俺は顔を赤らめてもじもじとしながら感謝してくるディーネを見て、段々と得体の知れない恐怖を感じるようになってきていた。
「やれやれ……」
どうやら、とんでもない存在を押し付けられてしまったようだ。
「あっ、そうだぁ……私の聖水を飲みますかぁ……? いつでも……出す準備は整っていますけどぉ……」
「断る。生憎だが喉は乾いていない」
「うぅ……お役に立てるかと思ったのに、残念ですぅ……」
――しかし、聖水とは飲んでもいいものなのだろうか。
女神を煽って返り討ちにした俺が言うのもなんだが、かなり冒涜的な感じがするぞ。
「マシロ様は……焦らすのがお好きなんですねぇ……っ! はぁ、はぁ……っ!」
何故このタイミングでそんな言葉が出てくるのか理解できなかったので、ディーネの呟きは受け流すことにした。
「精霊の化身がどうやって聖水を生み出すのか……知りたくはありませんかぁ……?」
「別に知りたくない」
「ひうぅっ……」
「……無駄話は終わりだ。目的地に着いたぞ」
俺は温泉の町の中でも異彩を放つ武骨な建物――冒険者ギルドの前で立ち止まる。
「観光と言いながら……お仕事をするのですねぇ……もしやマシロ様も縛り付けられる方がお好きなのですかぁ……?」
「イベントは早い者勝ちみたいだからな。出来るうちに済ませておきたいだけだ。変な勘違いをするな」
「…………。失礼しましたぁ……」
かくして、俺とディーネは冒険者ギルドへと入っていくのだった。
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