第36話 観光客、女神を屈服させる


「はああああああああああっ!」


 拳を振り上げ、ばちゃばちゃと水しぶきを立てて胸を揺らしながらこちらへ向かってくる女神。


 そこに覇気や威厳といったものは一切感じられない。


(どうやらぁ……降臨したばかりの女神様には人並みの力しかないみたいですぅ……叩くなら今ですよマシロ様ぁ……!)


 俺が一人で暴走する女神をぼーっと眺めたまま湯に浸かっていると、ディーネが脳内に直接そんなアドバイスをしてきた。


「ああ、そうだ」


 ――彼女の言う通り、条件を満たすことでこの世界に降臨した神は、時間が経過するごとに従来の強さや能力を取り戻していくという仕組みになっている。


 よって、最初の戦闘では楽に勝つことが出来るだろう。


 基本的に不老不死であるためHPをゼロにしても殺すことはできないが、倒せばこちらの力を認めて様々なレアアイテムを渡してくれる。


 そのため、定期的に襲撃されるようになるという点に目をつぶれば、神を敵に回すのは悪いことばかりではないのだ。


「やれやれ……俺は静かに観光したいだけなんだがな……」


 仕方なく立ち上がり、向かってくる女神の相手をしようとしたその時――


「ご主人様に攻撃しようとするなら……例え女神様であっても許しませんっ!」

「温泉で暴れちゃだめなのよ! ますたーが言っていたわっ!」


 俺より先にベルとリースが飛び出し、女神に組み付き始めた。


「ひあぁあっ?! な、なんですかあなたたちはっ!」


 じたばたと暴れる女神だったが、あっという間にベルとリースに抑え込まれ、なんやかんやで姦しい感じになっている。


「私がご主人様を守りますっ!」

「早くこうさんって言いなさいっ!」

「あっ……やっ、やめなさいっ……しょこはぁ……はぁんっ!」


 二人に全身をまさぐられ、どんどんと弱々しく縮こまっていく女神。


「私はぁっ、偉大なっ……神しゃまなのにいいぃぃっ!」


 俺は一体何を見せられているのだろうか。


(なんだか、羨ましいですぅ……今からでも……混ざっていいでしょうかぁ……?)

「ダメだ。これ以上ややこしい状況にしようとするんじゃない」


 俺は指をくわえて三人を見つめているディーネのことを制止した。


「こっ、こうしゃんですっ! こうさんしますっ!」

「いきなり出てきて襲いかかるなんて、どうかしてるわよ!」

「ひっぐ……ごめんなさいいぃぃっ……」


 二人に組み付かれてあっさりと負けを認めたようだが、まあ初戦闘ではこんなものだろう。


 しかし今後は強くなっていくので、女神が降臨した際の対策も考えておかないといけないな。


「ふん! もう二度と暴れちゃだめなんだからね!」

「……ぐすっ。はい……」


 魔物の少女に説教され、うなだれる女神。信者が見たら卒倒してしまいそうな光景がそこにはあった。


「お詫びのしるしに……こちらを差し上げます……」


 そう言うと、女神はリースに光る宝玉のようなものを手渡す。


「なによこれ……?」


 それを眺めまわしながら首を傾げるリースだが、女神からの返答は特にない。


 ……代わりに説明しておくと、あれは天に向かって振りかざすことで味方全員のHPを全回復させることができる『治癒の宝玉』だ。


 一日に一回しか使用することができないが、持っていればパーティの生存率が大幅に上昇することは間違いないだろう。


「マシロ……! いずれ……絶対にあなたをぎゃふんと言わせます……! 今日は負けましたが……覚えておいてくださいね……っ!」


 かくして、女神は捨て台詞を吐きながら天へと昇っていくのだった。


 あんたが宝玉で強化してくれたおかげで、次の襲撃もどうにかなりそうだがな。


「やれやれ……面倒な相手に目を付けられてしまったようだ」


 ――その後、女神が降臨したせいで無駄に長く温泉へ浸かることとなった俺たちは、全員のぼせ上がってしまった。


 女神、許すまじ。





 *ステータス*


【女神】(降臨一回目)

 種族:神 性別:女 職業:なし

 Lv.1

 HP:100/100 MP:145/145

 腕力:15 耐久:20 知力:25 精神:30 器用:15

 スキル:治癒の加護

 魔法:フルヒール

 耐性:なし

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