名前呼び?顔見知り?お茶会? 貴方たちはどこまでできるのかしら?
宇水涼麻
短編
「ローナ様! ひどいですぅ。無視しないでくださいよぉ」
セブクン王国の貴族学園では一学期の終業式が終わり、教師も退席し、生徒たちが講堂から出ようとしているときであった。
甘ったれた裏声が聞こえて、肩までの水色の髪をハーフアップにして金色の瞳をウルウルさせた少女に周りの者たちも眉を顰める。その騒ぎの集団を取り囲むように人垣ができる。
「わたくしは貴女に名前を呼ぶことを許しておりませんわ」
艶めく銀色の髪と紫の瞳の少女ローナは公爵令嬢である。
「そうやって身分を笠に着ているのだな。リリアナの名も呼ばぬとは」
紺色の髪を後ろに纏めた青年は水色の目を細めた。
「テリアド殿下。名乗られてもいない者の名を呼ぶことはできませんわ」
テリアドと公爵令嬢ローナは婚約している。
「白々しい。二年以上ここで学んでリリアナを知らないわけがないでしょう!?」
薄い色金髪に緑の瞳、体躯の華奢な青年が眼鏡を上げた。
「ジリル様。それは随分な言い分ですこと。その方はわたくしたちのクラスではお見かけしたことはありませんが、大層なご身分でいらっしゃいますの?」
赤金の髪漆黒の瞳の少女がローナの右脇に並んだ。
「アイーシャ。おバカさんはこれだから困る。リリアナは男爵令嬢だ。それが身分を笠に着ていると言われる態度だとわからないのか?」
ジリルが口角をひしゃげて笑う。公爵令嬢アイーシャは公爵子息ジリルの婚約者だ。
「茶会にも誘わないそうではないか」
濃い茶髪を短くして切れ長の真紅のひとみをこれでもかと細くした長身の男が前に出た。
「ビルゾール様。その方はマナーはご理解いただいておりますの?」
オレンジの瞳を三日月にさせた少女は長い金髪を手で後ろに流しながらローナの左脇に立つ。
「メルベッタ。戯言を吐かすな。貴様が教えれば済む話だ」
ビルゾール侯爵子息とメルベッタ侯爵令嬢も婚約している。
三人の少女はにっこりと笑った。
「「「だ、そうですわ。みなさん」」」
「まじで!? テリアド! 俺の名前も呼び捨てでいいからさっ! 仲良くしてくれよ。俺、男爵家の三男だけど、いいよな?!」
一人の男子生徒が自分を指さしながら前に出てくるとわらわらと数人の男子生徒が前に出てきた。
「ジリル。僕の名前を知っているよね。物理を一緒に専攻しているんだから。これまで子爵家だから遠慮していたけど、話ができるなんて嬉しいよ」
「それなら、私は語学をテリアドと同じ時間に専攻している。テリアドなら私を知っているはずだ。この前はグループが同じだったものなっ!」
「おいおい。俺は何度もビルゾールと剣を交えたぞ。ビルゾール! またいつでも誘ってくれ! 手紙、待ってるぞ。男爵を継いだ兄も連れていっていいよな?」
「僕は昨日、ジリルの隣で食事をした。ジリルは頭がいいのだから、僕を覚えていてくれているでしょう?」
「そんなことより、茶会だよ。俺、公爵家に呼ばれるなんて初めてだから緊張するなぁ」
ジリルは公爵子息だ。
「俺は侯爵家の鍛錬場に行きたい! ビルゾール! 長期休暇中、行くからさっ! よろしくな」
ビルゾールは侯爵子息である。
「おいおい、お前たちは王宮に招待されたことあるのかよ? 俺はないっ!
テリアド! いつ招待してくれるんだ? 長期休暇だもんなっ! 何回でも行けるぞ」
「「「ええーー!! それならわたくしも行きたいですわぁ」」」
とうとう女子生徒まで声をあげた。前に出て来ないまでも、みなで、三人のうちの誰の茶会へ行くかと相談を始めている。
あまりの話の大きさに三人は狼狽えた。
「テリアド殿下。みなさまから呼び捨てされて、大変人気者ですのね。きっとお茶会も大盛況ですわ」
「ジリル様。おバカさんではありませんもの。みなさんのお名前とお顔をご存知でいらっしゃいますでしょう? その方―近くの男子生徒―のお名前教えていただけます?」
「ビルゾール様。茶会や鍛錬会を主催なさるのですわよね? みなさまに、マナーや武術を教えて差し上げてくださいね」
リリアナは周りの騒ぎに不安な顔でキョロキョロしている。
「お話したこともない方に親しげに名前を呼ばれるなど、わたくしには無理ですわ」
ローナが眉を下げる。
「同じ授業もとっていない方のお名前とお顔を知っていることなど、わたくしには不可能ですわ」
アイーシャが首を振る。
「お友達でもない方をお茶会に招待したり、授業で習っていることもできない方にお教えすることはわたくしにはできませんわ」
メルベッタが小首を傾げて困り顔をする。
「本日までのことは父に報告させていただきますわ。明日には父が王宮へ伺うと思います。明日から二ヶ月の長期休暇ですもの。テリアド殿下も両陛下とごゆっくりご相談なさってくださいませね」
「「わたくしも家族に報告させていただきますわ」」
「あ、その前に、生徒の皆様とお茶会のご相談をゆっくりなさって、ね」
「「「お先に失礼いたしますわ」」」
ローナとアイーシャとメルベッタは美しいカーテシーを見せると踵を返した。
三人がテリアドたちの前からいなくなるのを見計らったように、テリアドたちに生徒が押し寄せた。ローナたちの姿はあっという間にテリアドたちからは見えなくなり、引き止めることもできない。
いつの間にか誰かに爪弾きにされたリリアナは尻もちをついてその集団を啞然と見上げていた。
〰️ 〰️ 〰️
翌日、三組の婚約解消が成った。ローナたちはこれまで何度も親に相談しており、親も相手に苦情を入れていた。そして、次に問題を起こしたら即婚約解消という約定がされていたのだった。
テリアドたちは自分たちの親から無理矢理茶会の開催をさせられ、それはそれは酷い有様だった。高位貴族の茶会のマナーを知らない者たちを集めれば当然の結果だ。
茶会もまともに纏められないでは後継にできないと、長期休暇中は家から一歩も出してもらえず勉強三昧である。それでも合格をもらえず後継者になることは保留となった。
そして、三人は両親と約束する。
『身分に合わない女性を恋人や婚約者に選ぶのなら、自分の身分を捨てる覚悟を持つこと』
新学期を迎えると、自分たちからリリアナに話しかけることはせず、リリアナが話しかけても苦笑いで躱して逃げるようになった。
テリアドたちに見捨てられたリリアナは学園に居場所がなくなり、残り半年を待たずに領地へ逃げ帰った。学園での騒動を知ったリリアナの親である男爵はリリアナが帰っきてすぐに商家に嫁に出した。二十も年上の三回ほど離婚歴のある男だ。八方美人で商売が上手いからモテるのだが、飽きっぽい。リリアナがいつ飽きられるかはわからないが、男爵は離婚しても受け入れないと宣言した。
あの騒ぎをしておいてリリアナを捨てた男三人にもよい縁談など来ることはないだろう。縁談が来なければ後継者にはなりえない。
〰️ 〰️ 〰️
「お二人は何人ほど仕込みましたの?」
「一人ですわ」
「わたくしも一人です」
「では、三人のエキストラ男子生徒以外は野次馬からの乱入者ですのね」
ローナたちは寄子の男爵子息に何かあったら話を合わせるようにと言っておいた。それが三人の男子生徒である。
きっかけがあれば王族や高位貴族と繋がりを持ちたいと皆が思っているのだ。隙きをみせればすぐに食われる。
秩序もマナーも爵位も無視することなど無理な話なのだ。
「常識知らずなお方と婚約解消できてよかったですわ」
「「ええ。本当に」」
ローナ、アイーシャ、メルベッタは優雅に笑った。
〜 fin 〜
名前呼び?顔見知り?お茶会? 貴方たちはどこまでできるのかしら? 宇水涼麻 @usuiryoma
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