ファーストタウン図書館三階 とある本から一部抜粋

 その男が産まれた時、外は雨が降っていた。強さに強弱はあれど、産まれた直後から止むことのない雨。最初こそ、変な天候だと思っていた母は、段々と違和感を覚えるようになった。何故なら、子供が産まれた時から太陽と月を見た事がないからだった。

 気味が悪くなった母は、子供を捨てた。捨てられた子供は、施設を渡り歩く事になる。その子供がいるだけで、常に雨が降り続けるからだった。

 子供は、太陽を知らない。月を知らない。暖かさを知らない。愛情を知らない。何も知らない。学校でも爪弾きもの。当然だろう。いるだけで、天候は雨で確定しているのだから。

 男が裏社会に落ちるのも、必然だったのかもしれない。男は、努力した。ありとあらゆる武芸を身に着け、どんな状況でも対応出来るようにした。そうして完成したのが、裏社会で恐れられる殺し屋だった。

 どんな状況下でも対象を殺害する。男が殺す時には、常に雨が降っている事からレインマンと呼ばれるようになった。

 男は、殺し続けた。無感情に。無慈悲に。冷酷に。無情に。一切の命乞いは通じない。裏社会に生きる者は、ゲリラ豪雨を恐れるようになる。

 そんな男にも、転機が訪れる。一人の女性と恋に落ちたのだ。女性は、男と出会う日が、全て雨でも気にしない。それどころか、雨の音が好きだと笑っていた。

 初めて受けた愛情に、男は虜になった。ずっと一緒にいたいと思えるようになった。男が裏社会から足を洗うのは時間の問題だった。レインマンがいなくなる事を良しとしない者もいたが、男は裏社会から足を洗う事が出来た。

 裏での経験から、普通の職に就き、女性と幸せに暮らす。やがて、二人の愛の結晶が出来る。これに、男は喜びと同時に不安に襲われた。それは、産まれてくる子供が、自分のようにならないかという事だった。女性のおかげで、雨を嫌悪する事自体減ったが、子供にとってはどうなのだろうか。普通の子供は、太陽の下で元気に育つべきなのでは、自分が一緒にいては幸せになれないのでは。そんな考えばかりが頭を過ぎる。

 そんな男を、女性は優しく叱る。天気なんてどうでも良いと。あなたと私、そして子供が一緒に幸せになる事が、一番なのだと。その日、物心付いてから、一度も流れなかった涙が流れる。何も知らなかった男は、日に日に暖かさを知る。

 そして、子供が産まれた日。男は、奇跡を目の当たりにする。男が一度も見た事のない光が降り注いできたからだ。まるで、天国への梯子。雲の切れ間から差し込んできた光は、離れていても男の心を照らしていた。男の目から、また涙が流れる。

 女性は、赤ちゃんよりも泣き虫ねと笑う。それを聞いて、男も自然と笑った。

 男と女性の子供は、男の呪いを打ち消す程の奇跡を纏っていた。子供がいるだけで、空は晴れる。いつまでも太陽が地を照らし、月が闇を晴らしてくれる。男は幸せだった。

 その幸せが、男を絶望に落とすための階段だった。

 ある日。いつも通り家に帰ってきた男は、違和感を覚える。何故なら、いつまで経っても雨が止まないからだった。子供と女性が出かけているのかと思いながら家に入った男は、言葉を失う。家の中にあったのは、冷たくなり穴が空いた子供と女性だった。

 男の過去が、二人を殺めた。男は、再び光を失った。深き闇に落ちた男は、復讐を遂げる。全てに絶望した男は、世界を歩きながら、世界に広がる闇の一端を消していく。

 そんな男は、ある荒野で行き倒れる。死が近づく男から、涙は流れない。そんなものはとうの昔に枯れ果てた。雨に打たれながら、男は息絶える。深い絶望の中息絶えた男を、世界は解放してはくれなかった。死にながら生きるアンデットとして、再び絶望の中を立ち尽くし、獲物を待つ。男の絶望は、呪いを広げていった。絶望は、同じく絶望に支配された者を呼び寄せる。

 全ての絶望を流し続ける男の身体は、雨の中にいても枯れ果てたように乾ききっていた。

 それは、絶望の証なのか。あるいは、最後に残った彼の希望の欠片なのかもしれない。

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