人類滅亡の日【短編小説】

Unknown

人類滅亡の日

 真夜中の3時、アパートのベランダに出ると冬の寒気が俺を刺した。俺はライターでアメリカンスピリットに火をつける。煙を肺まで到達させて、薄く開けた唇からゆっくり吐き出す。すると脳が確かな快楽を得た。やっぱりアメスピが1番好き。

 空には星が無数に浮かんでいるが、俺は特に何とも思わない。

「星がある」としか言えない。

 やがて、ベランダの窓が開かれる音がした。


「──私にも1本ちょうだい」


 俺の横で声がした。同棲中の彼女である“佐藤伊織”だ。さっきまで伊織はベッドで横になってスマホをいじっていた。


「うん」


 俺は伊織にタバコとライターを手渡す。

 伊織は慣れた手つきで火を灯して、口から煙を吐き出した。

 俺と伊織が出会ったのは精神科病院での入院中の事だった。お互いに患者として出会い、色々あって仲良くなり、今に至る。ちなみに俺は大野勇輝という名前だ。

 明日(もう既に今日)は俺も伊織も仕事が休み。だから深夜3時過ぎまで夜更かししている。

 伊織が俺の横で「ふぅ」と煙を吐く。その姿はとても様になっている。微風が吹いて、伊織の吐いた副流煙が俺の鼻に入った。

 伊織がタバコを吸っている様子は、真夜中にとても映える。真っ黒のスウェットの上下。さらさらでめっちゃ長い黒髪は真夜中の風景によく溶け込んでおり、闇や影を湛えているようにも見える。そして大きな瞳は黒い月のようで綺麗だと思った。めっちゃかわいい。大好き。常に愛している。俺は、一生涯を掛けて伊織を幸せに──


「──ねえ勇輝」

「ん」

「もし今日で世界が終わるとしたら、何がしたい?」

「うーん、なんだろう……」

「なんでもいいよ」

「とりあえず焼肉が食べたい」

「じゃあ今日は一緒に焼肉食べに行こう」

「え、今日で世界終わるん?」

「うん。終わる。さっきツイッターで見たんだけどね、なんか今日の昼、めっちゃでかい隕石が地球に落ちてくるんだって。その隕石、地球と同じくらいの大きさらしいよ」

「嘘だー。そんないきなり隕石降ってくるわけないよ」

「ほんとだよ。ツイッターとかネット掲示板が超盛り上がってるもん」

「まじで?」

「まじ」


 俺はそんなはずないと思いながらスマホをスウェットのポケットから取り出して、ツイッター(現X)を開いた。

 そしてトレンドの欄を見る。

 するとトレンド1位に「隕石」というワードがあった。ちなみにトレンド2位は「人類滅亡」だった。


「あ、ほんとだ。“隕石”がトレンド1位になってる」

「見て。これNASAが投稿してる動画だよ」


 そう言って、伊織はタバコを吸いながら俺にスマホの画面を見せてきた。

 25秒のその動画は、光を放ちながら宇宙を流れるクソでかい隕石らしきものだった。伊織が言うにはこの隕石は地球以上のサイズらしいから、画面全体が隕石(?)に覆われていて、全容が分からない。人工衛星から撮影しているのだろうか。

 とりあえず俺は、タバコの煙を吐きながら、


「へえ、やばいじゃん」


 と平坦な声で呟いた。

 すると伊織は笑って、


「ほんとに今日で世界が滅亡するのかな。なんか、わくわくするね。こういうの!」


 と言った。声は少し上擦っていて、テンションの高さが伝わる。


「伊織は怖くないん?」

「なにが?」

「死ぬこと」

「全然怖くない。私、中学生の頃から躁鬱病でずっと死にたかったもん。それに勇輝と一緒に死ねるなら何も怖くないよ。むしろ嬉しいかも。勇輝はどう? 死ぬの怖い?」

「俺も伊織と同じ。全然怖くないよ。今日で世界が終わるとしても、びっくりするくらい何とも思ってない。俺もずっと精神病とか発達障害で死にたかったから。伊織と死ねるなら幸せだ」

「だよね」


 と伊織がタバコを吸って笑う。

 俺もタバコを吸って笑う。

 元々、伊織は喫煙者ではなかったが、俺の影響でタバコを吸うようになった。

 ちなみに伊織は現在30歳。俺は27歳だ。

 もう俺達も、いい大人だ。


「そういえば伊織は、今日なにしたい?」

「私は特にやりたい事は無い。死ぬまで勇輝と一緒にいたい」

「銀行強盗でもする?」

「だめだよ。捕まっちゃうじゃん」

「でも今日で世界滅亡するんでしょ? だったら捕まっても良くね?」

「もし滅亡しなかった場合どうすんの。私たちテレビのニュースに出ちゃうよ。2人とも仕事クビになるよ。やばいよ」

「そっか……じゃあ犯罪はやめとこう」

「うん。犯罪はだめ」

「そうだね」

「あ、そうだ。私、死ぬ前に“あの花畑”に行きたい」

「12月の中旬って花咲いてるんかな」

「別に何も咲いてなくていいよ。あの花畑は勇輝と私が初めてデートした場所だから、私あそこで死にたい」


 ──数年前。伊織が精神科から退院した翌日、俺と伊織は、一緒に大きな花畑を見に行った。ちなみに俺が誘った。いろんな種類の花が一面に咲いていて綺麗だった。あの時の伊織の笑顔は今も忘れられない。


「俺も最期にあの花畑に行きたいな」

「多分ね、パンジーは咲いてるよ。パンジーは寒さに強いから。でも他の花は枯れちゃって、今は土を耕して肥料撒いたりして、春に向けての準備してると思う。まぁ春なんて来ないけどね」

「うん」

「本当に今日で世界が終わるのかな?」

「どうだろう。もし終わらなかったら、いつもみたいに俺らは月曜から仕事に行くだけだな」

「うわ、めんど」

「俺もめんどくせえ。大谷翔平が羨ましい」

「あ、私昨日ツイッターで見た。10年契約で1015億円だっけ? ドジャースと」

「うん。年収100億だよ。しかもグッズとかスポンサー料とか広告とかも合わせたらとんでもない額になる。やばくね? そんな金どうやって使うんだろ。ちょっと俺にも分けてほしい」

「そういえば勇輝って高校まで野球部だったんでしょ?」

「うん」

「じゃあ今からまた野球始めて年収100億になって私のこと養ってよ。大谷より稼いで。勇輝もドジャースに入って」

「無理だよ。俺野球ヘタクソだもん」

「最初から諦めてたらどんな夢も叶わないよ」

「じゃあ頑張るよ」


 俺は笑った。

 その瞬間、この真夜中の世界がパッと少しだけ明るくなった気がした。


「あ、見て勇輝! 隕石! 超でかい!」


 伊織が指を差した方角を見ると、そこには月より強い光を放ちながら流れているクソでかい隕石があった。現時点では月と同じくらいのサイズに見える。


「おお、すげえ。ガチで隕石だ」


 と俺はテンション低めで呟いて、タバコの煙を吐いた。


「本当に今日で人類滅亡するんだね」


 と伊織。


「うん。少し、しんみりするね」

「私、勇輝に出会えてよかった。勇輝と一緒に死ねてよかった」

「俺も伊織に出会えて本当によかった。超幸せだったよ、俺は」

「……」

「……」


 夏祭りの花火みたいに煌びやかに発光しながら流れていく隕石をバックに、俺と伊織は見つめ合った。

 伊織の背丈は、171センチの俺より10センチ以上低い。

 やがて伊織はタバコを近くの鉄バケツに捨てて、目を閉じた。俺もタバコを鉄バケツに捨てる。

 そして俺はゆっくり伊織と唇を重ねた。

 その後、伊織は目を開けて、笑ってこう言った。


「めっちゃタバコの味がする!」


 俺もめっちゃタバコの味がした。

 2人ともタバコ吸ってたらこうなる。


 ◆


 その後、伊織と俺はアパートの室内へと戻った。

 テレビをつけると、どの放送局も隕石に関する緊急のニュースを生で放映していた。

 内閣総理大臣のK氏が国民に向けて緊急の会見をしている。テレビには、もはや「避難をしてください」的なテロップさえ表示されていなかった。K総理大臣は涙を流しながら喋っている。

 やがて画面は切り替わり、国際連合のトップの会見の様子が映った。

 その会見によると隕石の軌道は確実に地球を通過するようだ。人類滅亡は不可避。もはや成す術は無いとの事。

 ──だめだこりゃ。


「ねえ勇輝。せっかくだからさ、今からパーティーしようよ。パーティーっていうか、宅飲み」

「いいね」

「今、お酒ってあったっけ」


 と言って伊織が冷蔵庫を開ける。


「あー、1本も入ってないや」

「じゃあ俺がコンビニでいっぱい買ってくるよ」

「私も行く」


 とりあえず酒を求めて2人でコンビニに行くことになった。

 おそらくこれが最期の宅飲みになるだろう。


 ◆


 徒歩3分程度の場所にコンビニがある。

 この辺りは田舎だし、時刻も夜の3時半くらいだから、人も車も見かけない。

 俺と伊織は手を繋ぎながら歩いた。

 こうして歩くのも最期かもしれないと思うと、少し湿っぽくなってくる。

 俺は言った。


「伊織のこと大好きだよ。愛してる」

「ありがとう」

「うん」

「でも、私のこと愛してるなら普段からもっと言ってほしかったな」

「恥ずかしくて言えなかった。ごめん」

「良いよ」


 人類の滅亡が迫っている今、コンビニなんて営業してるのだろうかと懐疑的だったが、コンビニは普通に電気がついていて、営業していた。

 伊織と俺が入店すると、


「いらっしゃいませ」

 

 と覇気の無い若い男性の声がした。この店員さんも隕石が今日の昼に降ってくる事は知ってるはずだ。それでも夜勤をしている。俺だったら出勤しないかもしれない。

 俺はカゴを持って、まず酒のコーナーに向かった。伊織が冷蔵庫を開けて、500mlの缶チューハイや缶ビールをぽんぽんカゴに入れていく。

 

「とりあえず2人合わせて20本くらい飲もうよ」


 と伊織。


「20本はさすがに多すぎねえか? 伊織あんまり酒強くないじゃん」

「今日は特別。地球も人類も滅亡するんだから、がんがん飲むよ。わかった?」

「わかった」


 次にお菓子のコーナーに向かって、伊織が好きなお菓子をカゴの中に入れまくった。俺は酒に合うおつまみが欲しくなって、適当に6Pチーズをカゴに入れた。酒とチーズはよく合う。

 俺は6Pチーズを手に持ちながら、冷静に言った。


「見て、伊織。“6P”チーズだって」

「それがなに?」

「めっちゃエロい」

「くだらな。中学生かよ」


 伊織は俺の腕を軽く叩いた。

 俺は笑った。伊織は呆れたように笑った。


 ◆


 やがて会計を済ませて、伊織と俺はコンビニを後にした。

 空を眺めると、隕石はさっきよりも大きく見えた。刻一刻と人類滅亡のタイムリミットは迫っている。


 ◆


 俺たちが住んでるアパートは3階建てだ。俺たちの部屋は2階の真ん中あたりの部屋。

 伊織が鍵を開けて、中に入り、俺も続いて中に入った。

 帰宅した俺たちは、横並びでコタツに入って、缶チューハイで乾杯して飲み始めた。とりあえずテレビをつけた。テレビでは隕石に関するニュース速報しか流れていない。

 やがて、ニュースキャスターがこう言った。


『──この隕石が地球に衝突する予想時刻は、今日の午後1時4分と発表されています』


 それを聞いていた伊織は、酒を飲みながら、


「1時かー、焼肉屋が開くのって11時半とかだよね」

「うん」

「焼肉食べてたら、あの花畑に行く時間が無くなっちゃうね」

「じゃあ焼肉屋は行かなくていいや。とりあえず朝までいっぱい飲んで、そのあと車で花畑まで行こう」

「飲酒運転になっちゃう。まぁ、いいか」

「うん。どうせ今日は公共交通機関は機能しないから、車で行くのがいい」

「そうだね」


 その後、俺と伊織は酒を飲み、お菓子を食い、タバコを吸い、喋りまくった。俺は酒に強いし顔も全く赤くならないのだが、伊織は酒に弱くて、すぐ顔が真っ赤になるし、すぐ酔っ払う。そして最後は記憶を無くしてしまうか、気絶するように眠ってしまう。

 飲み始めて30分くらい経つと、伊織は真っ赤になっていて、既にベロベロに酔っていた。


「私、酔っちゃった」

「大丈夫? 気持ち悪くない?」

「うん。大丈夫。でも吐いたらごめんね」

「吐いてもいいよ。でもあんまり無理しないで」

「わかった。いいなー、勇輝は酒に強くて」

「すぐ酔える方がコスパが良いよ」

「……酔った勢いで本当のこと言うね」

「うん」

「私、まだほんとは死にたくないの。まだ生きたい」

「……」


 俺は伊織の目を見た。

 その目は、赤くなっていて、涙が溜まっていた。

 伊織は俯きながら言う。


「本当はまだ死にたくない。だって中学生の時からずっと病気で苦しんできて、あの病院で勇輝に出会えてやっと人生が楽しくなってきたところなのに、なんでここで死ななきゃいけないの? こんなのおかしいよ……。私まだ死にたくない。勇輝と生きたい」


 やがてその大きな目から、涙がボロボロ流れ始めた。堰が切れてしまったダムのように。やがて伊織は鼻水を流し始めた。

 俺はテーブルの上に置いてあったティッシュ箱から何枚か取り出して、伊織の鼻水をそっと拭いた。

 そして俺は横にいる伊織を抱きしめた。

 すると伊織は俺を強く抱いて、俺の胸に顔を埋めた。暖かい涙が俺のスウェットに吸収され、そのまま俺の心に染み込んだ。


「まだ死にたくないよ……」


 俺の胸の中で聞いた本当の声に、俺は涙が出そうになって、視界がぼやける。


「ごめんね。泣いちゃった」


 と伊織が嗚咽しながら涙声で呟いた。


「泣いてもいいよ」


 俺はほんの一瞬だけ涙を流して、そう言った。


 ◆


 それからしばらく時間が経つと、伊織は泣き止んで、赤い目のまま笑った。


「暗い時間はこれで終わり! 楽しい話がしたい」

「うん」

「なんか面白いこと喋って」

「面白いこと? うーん。思いつかない。面白いことじゃなくてもいい?」

「別に良いよ。どんな話でもいい」

「そうだなあ。じゃあ昔の話でもするか。これは俺が中学3年生の頃の話。当時の俺は頭がおかしかった。朝、学校に登校した俺は、教室の後ろに置いてあった画鋲のケースを持って廊下に行って、100個くらい入ってた画鋲を全部ぶちまけた。そして先生にクソ怒られた」

「えっ。やばい人じゃん」

「頭おかしかったんだ。でも学校の成績は良かったよ。ちなみに高校の時も頭おかしかったし、不登校にもなった。大人になって、やっと少しはまともになった。まあ、大人になったらなったで、メンヘラ拗らせたり引きこもりになったり大変だった。自殺未遂もよくしてた。伊織に会ったのは、そんな時だった」

「私に会った時はだいぶまともになってた時だったんだね」

「そうだね」

「じゃあ私も昔の話するね」

「うん」

「今まで話したことなかったけど、私、中学の時にいじめられてたの」

「うん」

「それがきっかけで躁鬱になって、中学に行けなくなった。朝、起きたら涙が出てきて、ベッドから体が起こせなかった。制服を着ようとするといつも吐き気がした。制服着るのが嫌いだった」

「うん」

「高校は通信制に行った。これは勇輝に喋ったことあるけど、高校の時に摂食障害になった。当時付き合ってた彼氏に見た目の事で色々ひどいこと言われて、ダイエット頑張ってたら、いつの間にか」

「うん」

「その頃から、精神も更にどんどんおかしくなった。躁状態の時に援交とかするようになった。お金が欲しいのもあったけど、それ以上に自傷の意味もあった。当時は、私みたいな人間には価値なんて1ミリもないと思ってたから。だから援助交際して自分を汚した。当時はパパ活なんて言葉なかったよね。高校も中退して、リスカとか自殺未遂も頻繁にするようになって、精神科にちょくちょく入院するようになった」

「うん」

「そしたらいつの間にか大人になってた。それで私が26の時に入院してた病院で勇輝に会った。あの時、勇輝は23だったね」

「入院中、最初に話しかけてくれたのは伊織からだった。なんで話しかけてくれたの?」

「いつも1人で寂しそうだったから。あとは見た目がタイプだったから」


 と言って伊織は少し笑って、缶チューハイを飲んだ。


「まあ俺は圧倒的なイケメンだからな……」


 冗談でそう言って俺はかっこつけながらタバコに火をつける。


「自分で言うんだ」

「うん」

「そっか。私は顔どうこうよりも、一緒にいて落ち着ける人の方が好き」

「価値観を共有できる人じゃないと長続きしないよね」

「勇輝は、顔がめちゃくちゃ可愛くて性格が死ぬほど悪い子と、顔がめちゃくちゃブスで性格が超良い子だったら、どっちと付き合う?」

「うーん……」


 俺は煙を吐きながら、こう言った。


「俺は今まで、かわいくて性格が良い子としか付き合ったことないから、よく分からない」

「私、かわいくないし性格も良くないよ」

「そうなんだ」

「うん」


 伊織はタバコに火をつけた。


 ◆


 それからもずっと喋ってたらあっという間に数時間が経って、朝の7時になった。人類滅亡まであと6時間。窓からは朝の光が差し込んでいる。

 ベランダに出てみると、隕石はかなり近づいていた。大体、月の4倍か5倍くらいの大きさに見える。

 部屋に戻ると、伊織はあくびをしながら、コタツに入ってタバコを吸っていた。

 連鎖するように俺もあくびをして、なんとなくテレビを見た。

 国際連合の偉い人が喋っていて、それを日本人女性が同時通訳している。


『──我々はこの隕石への対抗策を見つけた。それは、この地球の全ての核保有国が核兵器を隕石に向かって発射し、隕石を迎撃、及び破壊することだ』


(なに言ってんだ?)と俺は思った。伊織もテレビの音を聞いていたのか、「え?」と呟いた。


『──アメリカ、ロシア、フランス、イギリス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮。全ての核保有国の首脳がこの案に賛成した。核兵器を発射すれば放射線による地球の汚染や人体への被害は避けられない。だが、隕石の接近を看過すれば人類は1人残らず滅ぶ事になる。今こそ人類は1つになり、核兵器の力を以って隕石に対抗するべきだ』


 俺はそれを聞いて、言った。


「伊織、なんかよく分からないけど、すごい事になってるよ」

「もしかして、私たちは助かるってこと?」

「分からない。もしかしたら死ななくて済むかも」

「でも、核兵器で迎撃したら、地球はもう住めない場所になるかもね。まぁ隕石が降ってくるのを黙って見てるよりかはマシだけど」

「とりあえず、放射線を浴びないように室内にいた方がいいね」

「じゃあ、早めに花畑に行っておこうよ。もし今日地球が核で汚染されるんだとしたら、あそこに行っておかないと私は後悔する」

「そうだね。今行こう」


 そして俺たちはすぐにアパートを出て、駐車場に停めてある俺の軽自動車に乗り込んだ。

 伊織が助手席に乗ってシートベルトをしたのを確認して、俺はハンドルを強く握った。


「よっしゃ。アクセル全開で行くぜ! 伊織、しっかり掴まってろよ!!!!!!」

「うん!!!!!!!」


 ここから花畑までは車で約30分。光の速さで突っ走れ! ドラマチックに!

 俺はサイドブレーキを思いきり下ろし、ギアをPからDに入れてアクセルを踏んで、アパートの敷地から抜け出した。

 そして、めっちゃ安全運転を心がけて走った。今は酒が入ってるから。


 ◆


 もう朝の7時を回っているのに、車の通りはほとんど無かった。核兵器で隕石を迎撃するというニュースを見て、みんな家に篭っているのだろう。

 だらだら車を走らせていると、伊織が呟いた。


「ねえ勇輝」

「ん?」

「人って死んだらどうなるんだろうね。やっぱり“無”なのかな。永遠に」

「意識は無になるかもしれない。でも、空気とか自然の一部として循環していくから、そういう意味では人間は死なない。例えば、アメリカのシアトルだと“堆肥葬”っていうのがある」

「それって、人間を肥料にするの?」

「うん。死んだ人を土に還して肥料にする事で、自然や生き物の養分になって新しい命として循環する」

「なんかいいね。それ」

「いいよね」

「天国ってあるの?」

「俺たちはまだ死んだ事が無いから、死んでみないと分からない。もしかしたら天国的な場所もあるかもしれない」

「もし天国があったら、また付き合おうね」

「うん。付き合いたい」

「私、思うんだけど、別に死ぬのは悪い事じゃないよね。だって、死んだらもう2度と辛い事が起きないんだもん」

「そうだね。終わらない痛みは無い。どんな痛みも絶対いつか終わるよ」

「どんなに幸せな人でも、生きてたら絶対嫌なことって沢山あるし、死んでた方がいい」

「俺は思うんだ。そもそも人間って、“生きてる状態が異常で、死んでる状態が正常”なんだよ」

「あ、それ私も同じこと思ってた!」


 やがて信号機が見えた。信号は赤だったので、俺はブレーキを踏んで、停止線の前でゆっくり停止した。


 ◆


 市街地から、だんだんと山の中へと入っていく。

 車で山道を登っていくと、やがて小高い丘のような土の駐車場が見えてきた。このそばに花畑がある。

 花畑は駐車場から道路を隔てた丘にある。

 暖かい時期は、丘の一面に鮮やかな花々が咲き誇っているが、今は12月の中旬。果たして花はどのくらい咲いているだろうか?

 駐車場に車を停めて、俺たちは外に出た。


「寒い」

「さむ」


 ほぼ同時に呟く。

 そして、車道を跨いで、大きな花畑を見た。

 花畑は緩やかな傾斜になっている為、ここから全体を一望することができる。

 花畑には俺と伊織以外の人はいないようだ。


「見て勇輝、やっぱりパンジーはいっぱい咲いてる!」

「ほんとだ。綺麗」


 花畑のごく一部のエリアで、黄色や紫やオレンジやピンクや白のパンジーがたくさん咲いていた。花が咲いていてよかった。

 伊織はスマホを取り出して、パンジーの群れに近付いて写真をパシャパシャ撮影し始めた。

 俺もスマホを取り出して、パンジーを撮り始めた。ついでに、パンジーを撮ってる伊織の姿も撮った。


「勇輝、こっち来て。一緒に写真撮ろうよ」

「うん」


 伊織と俺は顔を近付ける。伊織がスマホを持つ手を空に向かって伸ばして、パンジーをバックに内カメラで写真を撮った。伊織も俺もピースした。もしかしたらこれが2人で映る最後の写真になるかもしれない。

 直後、伊織はスマホを操作して、ラインで俺に写真を送ってくれた。俺はそれをすぐ保存した。


「ねえ勇輝。一輪か二輪、記念にパンジー持ち帰ってもいいと思う?」

「いいと思う。今日は特別」

「じゃあ持ち帰る。私、ピンクにしよ」

「じゃあ俺は黄色」


 俺たちは花畑から、それぞれ好きな色のパンジーを引っこ抜いた。


「……」


 俺は黄色いパンジーを見ながら、伊織と初めてここに来た日の事を思い出していた。

 あの日は春で、本当に多くの花が咲いていた。そしてよく晴れていた。

 俺たちは春の優しい陽気に包まれつつ、花を眺めながら、同じベンチに座って、たわいの無い会話をずっとしていたっけ。


「──ここに来られてよかった。私にとって1番大事な場所だから」


 ふいに冷たい風が吹いた。

 寒がりな伊織は背中を小さく丸めた。


「うー、寒い!」

「そろそろ、帰ろうか」

「帰ろ」


 俺は最後にこの花畑を目に焼き付けるように、しっかり眺めた。


 ◆


 2人でアパートに帰宅した頃には、時刻は9時前になっていた。あと4時間で超巨大隕石が地球に衝突する。

 俺は部屋の暖房をつけた。

 伊織はテレビをつけた。

 K総理大臣が、自宅や建物への避難を国民に呼びかけている。やっぱり隕石を核で迎撃するというのは本気みたいだ。

 これまでずっと敵対していた全ての国が手を取り合って、核兵器の力で隕石を破壊する。まさかそんな日が来るなんて思ってなかった。

 この部屋には伊織の好きな花を差してある花瓶がある。その中に2人のパンジーを差した。ピンクと黄色が一緒に並んでいる。


「ふぅ」


 伊織はタバコに火をつけて、吸い始めた。タバコのペースがいつもよりかなり早い。伊織は内心、かなり怖がっているのだ。だからタバコで誤魔化している。


「伊織、眠くない?」

「全然眠くないよ」

「俺も」

「とりあえずお酒飲もうよ」

「うん」


 俺たちはコタツに入って、再び酒を飲み始めた。

 お菓子やおつまみもテーブルの上にいっぱいある。

 俺は6Pチーズの丸い箱を開けて、俺と伊織の間に置いた。

 すると伊織はチーズを手に取って、包装を剥がして、チーズを口の中に入れた。


「おいしい。チーズ」


 そう言って、伊織はタバコの煙を薄く開けた口から吐いた。

 それから、コタツでくっ付きながら2人で酒をしばらく飲んでいると、再び伊織は赤くなって酔い始めた。


「勇輝」

「なに」

「大好き」


 そのうち伊織は俺に抱きついてきた。

 伊織の体温と匂いを感じる。胸が当たっている。


「どうしよう。私、眠くなってきちゃった……」

「寝てもいいよ。だって怖いでしょ。隕石が降ってくるの」

「怖い。でも起きてる。ここで寝たら、もう2度と目覚めないかもしれないから」

「そっか。そうだね」


 ◆


 とりあえず、今は待つしかない。

 核兵器が隕石を破壊してくれることを祈るしかない。

 そして時刻が正午の12時を過ぎた時、スマホをいじりながらテレビをチラチラ眺めていた伊織が、こう言った。


「あ、見て勇輝。“9ヶ国が同時に核兵器を宇宙に向けて発射”だって」

「ほんとだ」


 速報のテロップがテレビの画面上に映っている。

 なんとなく伊織と目が合って、しばらく見つめ合った。


「──私、シャワー浴びてくる」

「分かった」


 もしかしたらこれが最期になるかもしれない。

 こんな話を聞いた事がある。死期が迫った人間は生殖本能が増すらしい。


 ◆


 ◆


 全てを終えた後、俺と伊織は裸のまま布団をかけてベッドに横になっていた。

 もし今日死ぬとしても後悔は無い。

 全てが終わってもよかった。

 抱きしめてると、もう死んでもいいやと思う事がある。

「愛してる」だとか、そんな言葉はもうどうでもいい。言葉なんてすぐに褪せるから。ただあなたを見ていたい。笑った顔を見ていたい。

 俺はあなたの全てを胸に刻んで生きてきた。

 そのうち伊織が俺の手を握った。


「私、このまま手繋ぎながら死にたい。眠い」

「俺も眠い」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


 それから10分くらい経つと、伊織の小さい寝息が規則正しく聞こえてきた。

 それを聞きながら目を閉じてたら、俺も眠くなってきて、いつの間にか寝ていた。


 ◆


「──勇輝、ねえ起きて、勇輝」

「……」


 俺は、伊織の声で目が覚めた。ゆっくり体を起こして、呟いた。


「……あれ、生きてる。……今何時?」

「夜の7時40分だよ」

「え、もうそんな時間?」

「うん。私もさっき起きて、テレビ見たとこ」


 伊織は笑っている。

 俺はその笑顔で一気に眠気が取れた。俺たちは助かったのか……?

 部屋は電気がついていて、窓の外は真っ暗だ。


「隕石はどうなったの?」

「いろんな国が協力して核兵器めっちゃ当てたら、隕石がバラバラになって軌道も逸れて、地球にはあんまり当たらなかったよ。滅亡はしなかった。でもアメリカとかカナダの辺には隕石の破片が落ちまくって、めっちゃ人が死んだみたい。日本にも落ちて、かなり人が死んだ。西側諸国はだいぶ人が死んだっぽい」

「そっか……。でもよかったじゃん! 伊織も俺も生きてて!!!!!」

「うん! よかった!!!!! 2人とも生きてて本当によかった!!!!!!!」


 伊織は黒の上下のスウェットを着ている。

 全裸で寝てた俺は、とりあえずベッドから出て、下着やTシャツを着て、灰色の上下のスウェットを着た。


「勇輝、さっきテレビで言ってたけど、しばらくは外に出ない方がいいってさ。放射能の問題があるから、外出禁止令が政府から出た」

「えっ、じゃあ明日は伊織も俺も、仕事行かなくていいって事?」

「そういう事! しばらく仕事行かなくて済むよ!」

「やったー!」

「まだいっぱいお酒あるから、今日はパーティーだね!」

「そういえば冷蔵庫にいっぱい肉があったよね。スーパーで買ったやつ」

「うん」

「じゃあ今日はホットプレートで焼肉しようよ」

「いいね!」

「伊織」

「なに」

「愛してる。肋骨折れるくらい強く抱きしめていいか?」

「いいよ」


 そう言って伊織は両腕を広げた。

 俺は彼女を強く抱きしめた。すると彼女も俺の背中に手を回して、俺を強く抱きしめた。


「世界が終わるまでずっと一緒にいよう」

「うん」


 伊織の体温は暖かかった。伊織にとっても、俺の体温は暖かいだろうか?


 ◆


 小さなホットプレートをコタツの上に置いて、俺たちはスーパーの肉を焼き始めた。定価は高い肉だが、たしか30か40%割引になっていて安くなっていた肉だ。

 じゅーじゅーと良い音を立てて光沢を放つ肉を眺めていると、伊織がぽつんと呟いた。


「それにしても、すごいよね」

「なにが?」

「普段は敵対しまくってる核保有国みんなが手を取り合って、超でかい隕石を破壊したんだよ」

「たしかに。これは人類の勝利だ。すごいと思った。いざという時は人間って一つになれるんだな」

「みんな戦争なんかしないで、普段から仲良くすればいいのにね」

「そうだね」


 長い菜箸で肉を焼いていた伊織は、やがて笑って言った。

 

「あ、ここら辺の肉、もう焼けたよ!」








 〜終わり〜








【あとがき】


最近、俺がよく聴いてるのはThe Pinballsの「片目のウィリー」って曲。サビが超かっこいい!! 聴いたら元気出る。歌詞も好きだ。恋人同士の逃避行って感じがする。


俺はロックンロールが大好き。大谷翔平も大好き。仕事は嫌い。

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