第18話 悪夢は微笑む(6)
小鹿神狩は旧校舎の屋上から、新棟の火事を見ていた。
十数台の消防車が幾条もの水を新棟へ放つが、炎は御狩の顔を熱し続けている。
御狩はファインダーを覗いた。
メモリーには新棟での一部始終が記録されていた。
真朱が殺された瞬間も、そのあと血の池から立ち上がり走っていく姿も、さらに死んだはずの中務白月の姿も御狩は撮っていた。
なのに御狩は目の当たりにした現実を、拒絶しようとしていた。
どれもこれもありえないことだったからだ。
神狩はファインダーから目を離し、首をふる。
「何なんだ、これ……」
「それ。私にも見せてくれない?」
御狩が背後から声をかけられた。
カメラを落としそうになりながら振り返ると、そこにいた女を見て悲鳴を上げそうになった。
血まみれの瀬田真朱が、火事の光に照らされて立っていた。
神狩はゆっくり息を吐ききってから、真朱に相対す。
「どうして……ここに?」
「小鹿くんに会いたかったから」
「……」
「ねぇ、その写真、見せてくれない?」
真朱がすっとカメラに手をのばす。
神狩は無意識にカメラを脇に隠す。
「何が写っているかご存知なんですか?」
「私でしょ?」
真朱は、血がこびりついた顔に、親しげな笑顔をつくる。
その笑顔に、神狩は軽く目眩しながらも、メガネのレンズでバリアを張るようにして体制を整える。
「お見せできません」
「どうして?」
「見てはいけない物が写っているからです」
真朱は吹き出した。
「ええ?なにそれ。心霊写真でも写ってるの?」
だが神狩は真面目な顔でなずく。
「そうです。
これにはあってはならないことが写っています。
見れば必ず不幸が起きます」
最新のデジカメを手に、神狩は占い師のように断言する。
真朱は親しげな笑顔を保ったまま聞く。
「心霊写真なんてトリックでしょ?作り物で不幸は起きないと思うけど」
「カメラは嘘をつけません。
トリックがあるなら、カメラはそのこと自体を暴露します。
ですがこの写真にトリックはありません」
「ふぅん」
真朱の顔から親しみが消えた。
真朱はじっと神狩を見つめながら、おもむろにブラウスのボタンを外し始めた。
ブラウスの前が完全にはだけると、ブラを取り去り、スカートが音もなく足元に落ちた。
「なにをしてるんですか!?」
神狩は悲鳴を上げて顔をそらす。
火事の赤い光の中、真朱の半裸が揺らめいている。
真朱はステージでストリップをするように、神狩を見つめながら、しなやかに近づいていく。
「ねえ。写真の私と、この私。どっちがキレイ?」
「お、同じですよ!それより服を着てください!!」
神狩は顔をそむけて後ずさる。
「ウソ」
「嘘じゃありません!どちらも同じ真朱さんなんですから両方キレイですよ!!」
「じゃあなんで小鹿くんは、私は見てくれないの?」
「服を着てないからですよ!」
「裸の私が怖い?」
「怖いとかそういうことじゃ……」
「じゃあ見てよ。触ってもいいのよ」
真朱は神狩を屋上の柵に追い詰め、息が肌をくすぐるほどに迫る。
「写真の私と、生身の私、どっちが怖い?」
真朱が耳元でささやく。
真朱の甘い匂いと、吐息と、血の匂いと校舎が焼ける匂いで、御狩の頭は爆発寸前だ。
もう真朱の胸が神狩の胸が触れる、そのとき、神狩がカメラを突き出した。
「お見せします!お見せしますからこういうことはやめてください!!」
神狩は顔を背け、目をつむり、力の限りで腕を突っ張っていた。
真朱はカメラを受け取ると、神狩の耳もとで、濃い色香を含んだ声で「ありがとう」と囁く。
神狩は腰砕けになり、へたりこんでしまう。
真朱はすばやくカメラを操作して、自分が刺された時の写真を見つけた。
そして「どうして……」と声を漏す。
それは神狩の言う通り、真朱を不幸にする写真だった。
真朱は顔をあげると、カメラをそっと地面に置き、悠然と歩き出した。
脱ぎ捨てたスカートとブラをさっと拾い上げ、屋上のドアの前まで来ると、まだへたりこんでいる神狩にウインクして、屋上から降りていく。
神狩の視線が届かないところまで来ると、真朱は急いで服を身に着け、階段を駆け下た。
そして赤く燃える新棟を横目に見ながら走って校門を飛び出していった。
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